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七の王国  作者: 毎留
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第九章 イギスの過去(1)

 数日後、ラックたちはレッディードの南に位置し、イエローサとの国境に近いランデルマードの町へと来ていた。

 フュードから教えてもらった比較的容易な山越えルートを進む道中で、二組の家族とすれ違った。彼らの姿はみすぼらしく、生活苦に耐えかねてレッディードからイエローサへと逃げる経済難民だったのかもしれない。昨今のレッディード王国は高い税金を国民に課し、それを軍事力に注ぎ込んでいるともっぱらの噂である。

「何だか元気のない町ですね」

 ルサンヌがすれ違う人々の姿を見ながら小声でつぶやいた。

 ようやくたどり着いたランデルマードの町は、修繕のおぼつかない痛んだ家屋が多く、町行く人々も質素な身なりで、活力が感じられなかった。どことなく陰鬱いんうつな雰囲気さえ漂っている。

 さらに先へと進んでいくと、町の中央には円形の大きな広場があり、その中央には高さ10プース(3メートル)ほどの台座の上で剣を振るう等身大の人物像があった。像は南を向いており、その視線の先にはイエローサ王国との国境をなす山脈がある。剣先からはドラゴンが生まれ、今まさに山脈のほうへと飛びかかろうとする躍動的なものだった。台座には王国の初代国王リューネ・ディルマーの名前が刻まれており、フレイム・ドラゴンを放つリューネ王をモチーフにしたものだという。しかし両手で剣を構えるその姿は、ラックがフレイム・ドラゴンを放つ姿勢とは明らかに異なっていた。

「なんだよ、これ」

 目を丸くするラックに、シーナが小声で説明する。

「レッディード王国では、初代国王リューネ・ディルマーはフレイム・ドラゴンの使い手であったとされているの。剣士カシウスのデルタイを継ぐ正統な後継者ということね。でもグリンピア側にはそのような記録はまったく残っていなくて、リューネ王が国を統治するために広めた嘘だと言われているわ」

「なるほどね」

 ラックがうなずいた。少なくとも彼には、この姿勢からフレイム・ドラゴンを放つことはできない。その少し不思議な体勢からフレイム・ドラゴンを放つリューネ王の像は黄金色に輝いていた。

「ところでこれは金でできているのか?」

 何気ないラックの疑問に、シーナが答える。

「いいえ、たぶんこれは真鍮しんちゅうね。本物の金の輝きとは違うわ」

 グリンピアの王室で育ち、純金の輝きを見慣れた人間の言葉である。まず間違いはないだろう。

 フュードはオリハルコンのことを銅と亜鉛の中間の金属だと言っていた。しかし銅と亜鉛の合金である黄色い真鍮と、赤い炎のようなオリハルコンの輝きとは、明らかに別物だった。

「ねえ、皆さん、ここで少し休憩しませんか?」

 ルサンヌはロバに姿を変えたナノの背中に乗せたカバンから水筒と干しブドウを取り出し、近くの石に腰を下ろした。

「そうだな」

 皆もその場に腰を下ろし、道行く人々を眺めたり、水筒の水を飲んだりと思い思いの行動を始めた。

「これ、皆さんも食べてください」

 ルサンヌが干しブドウの入った小袋を差し出したとき、不意に近づいてきた一人の少女がそれをひったくって逃げ出した。

「あ、ちょっと待ちなさい」

 ルサンヌが少女を追いかけようと立ち上がる。だが、やせぎすな少女は思いのほか足が速く、追いつけそうにない。少女はだいぶ離れたところでこちらを振り返り、警戒の目を向けながらそれを食べ始めた。

「腹が減っていたんじゃないか? 大目に見てやろうぜ」

 ジールがルサンヌをなだめるように言った。

「そうですね、仕方ありません」

 ルサンヌも、警戒心をむき出しにして干しブドウをむさぼり食う少女を見て、諦めたようだった。

「この国では人前で何かを食べるのはやめたほうがよさそうだな。今日の宿を決めて、そこで食べようぜ」

 ラックが立ち上がり、みんなの顔を見渡した。

 と、その時突然、後ろから何者かがぶつかってきた。ラックは少し体勢を崩したが何とか踏みとどまり、すぐに振り返る。彼にぶつかってきたのは十五歳くらいの少年だった。少年はすぐさま全速力で逃げ始める。

「おい、待てよ!」

 呼び止めようとするラックの顔は青ざめてた。少年の手に、オリハルコンのペンダントが握られていたからだ。

「まずい、ペンダントを盗まれた」

 その言葉に、他の四人もことの重大性をすぐ認識した。

「プロテクト・ウィル!」

 ルサンヌが立ち上がり、少年に向けて両手を伸ばす。同時に少年の前に空気の壁が立ちふさがるが、少年はそれに気付かないまま全力で激突し、後方へと倒れこんだ。プロテクト・ウィルとは、守ることを目的として空気の壁を作り出すルサンヌのデルタイに、彼女自身がつけた名前である。

「グラビティ・クラッシュ!」

 ノクトが右手を伸ばした。少年の周辺が一瞬暗くなったかと思うと、そこに強い重力が襲いかかった。ノクトもだいぶこのデルタイに慣れ、相手の動きを封じる程度に加減することも意のままにできるようになっていた。

 腹をすかせて干しブドウをひったくるのは見逃したとしても、オリハルコンのペンダントを盗まれるわけにはいかない。

「ちくしょう、お前ら一体何をしやがった?」

 悔しそうに睨みつけてくる少年に、ラックが静かに、そして威圧的に言った。

「どうしてそれを盗んだ?」

 少年は諦めた様子で、ラックにペンダントを投げつけた。そのままふてくされたようにそっぽを向き、質問に答えようとしない。だが、その粗末な衣装と痩せ細った体を見れば、おおよその見当はついた。ラックは自分の手とポケットの中に合計で三個のペンダントがあることを確認すると、一枚の銅貨を取り出し、わざと地面に落とした。少年はそれをひったくるかのように拾い上げ、一目散に逃げていく。

 ラックは仲間たちを振り返り、少年の逃げる先を指さしながら、行かせてやれとゼスチャーで伝えた。

 この国に来ていきなり後味の悪い思いをしてしまった。何となく気分が重くなり、大きくため息をつきながら、手にしたペンダントを目の前にかざしてみた。

 その時、後ろから声がかかる。

「喧嘩か、お前たち?」

 振り返ると、そこには赤い甲冑に身を固めた二人の兵士が立っていた。

 厄介な相手に見られた、とラックは心の中で舌打ちした。何しろシーナは、元々この国のリューネ・ディルマー国王と結婚するはずで行方不明になっているティーナ姫と同一人物である。ラックはフレイム・ドラゴンの使い手として赤いトラのイギス・ダンサンに狙われているし、彼の持っているペンダントも聖剣復活の鍵として、やはり赤いトラに狙われている。できることなら、レッディード王国の王都パルタスに着くまでは、レッディード兵の目につくことは避けたかった。

 しかしこうして声をかけられた以上、黙って逃げたら余計に怪しまれてしまうだろう。

「持ち物をスリに取られました。でもすぐ捕まえて取り返したから大丈夫です」

 ラックは下手に出ながら、努めて平静に答えた。だがその視線が泳いでいるのを、兵士は見逃さない。

「何を盗まれたんだ?」

「いえ、何も盗まれていません」

「さっきの少年がお前に投げ返したものを見せてみろ」

 最初はしらを切るつもりであったが、兵士の言葉に観念して、ラックはポケットからペンダントを一つ取り出した。その手の中でオリハルコンが炎のように燦然とした輝きを放つ。

「これはもしかして? おい、コラウニー殿を呼んできてくれ」

 一人の兵士がもう一人の兵士に声をかけるのと同時に、少し離れた場所から声が聞こえた。

「私を呼んだか?」

 ラックが声の主を目で追うと、そこにはきらびやかな馬具を着けた白馬にまたがり、いくつもの勲章が輝く赤い甲冑をまとった兵士の姿があった。身なりから察するに、この男は目の前の二人よりもかなり高位の兵士に違いない。どうやらますます状況は悪くなってしまったようである。

 レッディード軍は聖剣の復活に必要な七個のペンダントを集めることに執念を燃やし、これまでにもグリンピア王国の首都カシウスやノキリの村、イエローサ王国のハプスの村を襲っていた。その高位の兵士であれば、これと同じものを目にしたことがあるかもしれないし、そうでなくても不思議な宝石だと思うだろう。

 もし何らかの因縁をつけて没収されそうになったら、この兵士にフレイム・ドラゴンを放ってやろう。

 ラックは覚悟を決め、馬に乗ったまま近づいてくる兵士の出方をうかがった。だが、その反応は彼がまったく予期せぬものであった。

「テラノム・サーサスール」

 そう、兵士は言ったのである。

「え?」

 ラックは驚いて、馬上の兵士の顔を見上げた。兵士は兵士で、ラックの反応に意外そうな顔をしている。

「なんだ、合言葉を知らないのか? お前はそれをどこで手に入れた?」

「テラノム・サーサスール?」

 ラックは兵士の言葉を反芻した。それは「我々は仲間だ」という意味の言葉である。そしてカシウスとその仲間たちの子孫同士がめぐり合ったとき、それを合言葉にペンダントを見せあってお互いが本物かを確かめることになっていたはずだ。

 ということは、目の前にいるこの兵士がカシウスと共に戦った仲間の子孫であり、残り一個のペンダントを所有しているのだろうか? 

「もしかして、あなたもこれと同じものを持っているのですか?」

 ラックの問いかけに、兵士の顔色が変わった。

「そうか、やはり君もこの合言葉の意図を知っているのか。どうやらこの人通りの中ではお互いに話しにくいことも多いだろう。よければ我が家に来ないか? この近くにあるのだが」

 レッディード兵がラックを自宅へと招いてきた。何かの罠かもしれないが、もしかしたらこの人物が七個目のペンダントを持っているのかもしれない。ここは危険を承知で相手の誘いに乗るしかない、とラックは覚悟を決めた。

「向こうにいる四人も俺の仲間で、そのうちの一人が元々このペンダントの所有者です。彼らも一緒に行っても良いですか?」

 ラックが振り返る先には、ジール、シーナ、ルサンヌ、ノクトの四人がいる。その姿を確認してから、レッディード兵がうなずいた。

「よかろう。五人とも歓迎しよう」

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