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七の王国  作者: 毎留
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第八章 私たちは仲間だ(5)

 翌日、五人はハプスの村を去って行った。フュードは彼らのためにありったけの食料を分け与え、国境警備のない山越えルートについても詳細しょうさいに教えてくれた。

 ここ数年はレッディード王国の国境警備が厳しくなる一方、そこから逃げ出してくる人々の数も多くなっている。フュードはイエローサへと逃げてきた彼らをかくまう一方で、レッディード王国の現状と比較的安全な国境越えルートについて聞き出していた。

 ラックたちを見送るフュードの心中を、さまざまな思いがよぎっていく。五百年の永きにわたる一族の使命を果たし終えた開放感、レッディード王国からやってきたディンツ・アスロイムという男を信用したばかりに事件を引き起こしてしまったことへの悔恨かいこん、そしてレッディードへと乗りこむラックたちの前途への不安。

 一人には慣れていたが、その日ばかりは語り合う相手が欲しかった。

「久しぶりにあいつのところへ行くか」

 フュードは自宅に戻り、雑多な荷物の中から古い酒のビンを持ち出すと、村のはずれへと向かった。

 もうすぐ冬がやってくる。人気のない低木に囲まれた空き地に、冷たい風が吹きつけていた。フュードはそこに立ち並ぶ墓石のうち、小さく粗末な一つの前で立ち止まった。そこにはディンツ・アスロイムの名が刻まれている。

「ディンツ、私はやっと一族の使命を終えることができた。できれば君とも酒を飲み交わしてこの日を喜びたかったな」

 フュードはディンツの墓に持ってきた酒をかけた。その脳裏に在りし日のディンツの笑顔が、そして十五年前の出来事が浮かんだ。



 それはハプスの村を襲ったあの惨劇から一ヶ月ほどが経った日のことだった。

 多くの村人が命を落とし、生き残った人々もレッディードによる突然の襲撃におびえ、村を去っていった。焼け落ちた家屋が残る村に残ったのはフュードただ一人である。他の村人たちから一緒にこの地を離れようと声をかけられたが、彼はそれをこばみ続けた。

 先祖代々の言い伝えがいつどんな形で成就するのか、フュードにも分からなかったが、この村に残り、誰かを待ち続けることが自分の使命だと信じていた。そして二個のペンダントのうち片方を聖都バイシャに向かうリューイに託し、もう片方を安全な場所に隠し、あの惨劇で亡くなった人たちをここでとむらい続けるつもりだった。レッディード王国の赤いトラがいつまた襲ってくるかもしれないが、それで命を落とすことになっても構わないという、どこか投げやりな思いもあった。

 その日は午後からひどい雨が降っていた。深い霧が立ちこめており、1プレトロン(29.8メートル)先も見えない。近くの川から水の流れる激しい音が聞こえていた。

 フュードは家の中で麦わらからひもを編みながら、ぼんやりと窓の外を見ていた。霧の中から馬にまたがった赤い甲冑姿の男が現れ、次第に近づいてくる。

「まさかこんな日にやって来るとはな」

 豪雨と霧の中をやってきたレッディード兵に対するフュードの感情は、恐れではなくあきれだった。

 ペンダントのことを聞かれても、とぼけてやろう。そんなことを考えながら、フュードは雨具をまとって家の外に出た。だが相手がたった一人でここに現れたことに違和感を覚える。襲撃であれば、最低でも数人で来そうなものだ。

「何の用だ? ここはイエローサ王国にあるハプスの村だぞ」

 フュードが声をかけたが、相手が応じる気配はない。よく見ると男の背中には数本の矢が刺さり、アブミから赤い血がしたたっていた。

「怪我をしているのか?」

 状況から察するに、この兵士はレッディード軍から一人で逃走を図り、後ろから襲われたようである。

「まずは馬から降りろ」

 フュードが手を貸して、男を馬上から降ろした。赤い兜を外すと見知った顔が現れる。

「ディンツ!」

「フュードさん、無事でよかった。すみません、僕はあなたを裏切ってしまいました」

 ディンツが嗚咽おえつをあげながら、血糊ちのりのついた右手でフュードの左袖ひだりそでをつかんだ。その部分が血で赤くなり、激しい雨に打たれてじんわりと広がっていく。

「一体、何があった?」

「僕はだまされていたんです。レッディード王国にいるペンダントの伝承者は、本当は僕ではなく別の人物です。彼から漆黒の破壊神がいつか蘇るという情報を得て、レッディードはペンダントと聖剣を集めることを計画しました。この村にもペンダントの伝承者がいるという情報を得て、僕が諜報ちょうほうのために送り込まれたのが半年前のことです。僕はレッディードが国を挙げて、漆黒の破壊神と戦うのだと思っていました。でも本当の目的は違いました。漆黒の破壊神が復活するのを阻止させないため、聖剣とペンダントを葬りさることだったのです」

「それは本当か?」

 フュードの問いかけにディンツは力なくうなずいた。その唇が紫色になり震えている。

「まずは家の中に入れ」

「もう、赤いトラがここを襲ってくることはないと思います。カシウスの仲間の子孫は、イエローサ王国の聖都バイシャに向かった。そう情報を流しておきましたから」

「分かった。もうしゃべるな」

 フュードはディンツを屋内へと運んで看病をはじめた。しかし傷口の化膿と肺炎による呼吸不全が次第に悪化し、彼はその五日後に帰らぬ人となった。

 レッディード王国赤いトラ隊員、ディンツ・アスロイム。享年二十二歳であった。フュードはさまざまな想いを胸に、村の墓地の片隅にその墓石を立てた。



 そして現在。

 フュードはディンツの墓石にかけた酒の残りを口に含んだ。十五年ぶりに飲む酒の味は格別であり、ここで他の人々と暮らしていた幸せな日々を思い出させる。酔いの回った体に冷たい風が心地よい。

 ラックたちが去っていった北の方角に連なる山の峰は、すでに白い雪化粧を始めていた。

「彼らは私たちの無念を晴らしてくれるのだろうか?」

 フュードはディンツの墓石に向かって穏やかな声で語りかける。しかし思い出の中のディンツがそれに答えることはなかった。

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