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七の王国  作者: 毎留
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第八章 私たちは仲間だ(1)

 さわやかな風が吹いていた。

 メーヤルの塔からレッディード王国へと続く街道を北上するラックたちはすでに砂漠を抜け、樹木の多い地域へとさしかかっていた。幅50プース(15メートル)はあろうかという幹線道路を行き交う人々の姿は、ここ十数年の両国の関係を反映してか、まばらである。

 レッディードとの国境警備に向かうイエローサ軍の本隊はすでにかなり先に行っているらしく、砂埃の舞う街道にできた無数のひづめの跡はうっすらと消えかかっていた。道の両脇には一定の間隔で常緑の街路樹が植えられ、旅人たちに涼しげな木陰を提供している。

「わあ、ここで休んだら気持ちよさそうですね」

 ルサンヌが快活な声を上げた。メーヤルの塔が見えない場所まで遠出したのも、このような緑あふれる街道を見るのも、彼女にとって初めの経験である。

「それはまた後にしてください。私はハプスの村に住むあの人に皆さんを引きあわせたら、すぐに国境警備隊の後を追わなければならないのです。ここで休むくらいなら私は皆さんを置いていきますよ」

 リューイがやや苛立ちを含んだ声でたしなめた。国境警備に向かう屈強な兵士の一団より歩みの鈍いラックたちに同行し、すでにだいぶ後れを取っている。彼が追いつく前にレッディード軍と鉢合わせになった時のことを思うと、気が気でないのだろう。

「そうね、軍師殿には本来の任務を差し置いて私たちに付き合ってもらっているのだから、あまり時間を取らせるわけにはいかないわ」

 シーナが同調すると、ルサンヌが恐縮した様子で本音をもらした。

「でも、実は私、足が痛くてもうこれ以上はもう……」

 ふう、とラックがため息をつく。そしてシーナの腕に抱かれた黒猫のナノを見つめた。リューイにはナノのデルタイのことを秘密にしておこうと打ち合わせてあったので、ここまでナノは黒猫から姿を変えていない。ここでナノが馬に化けてルサンヌを乗せれば先を急ぐことができるが、今まで秘密にしていたせいで後れを取ったことをリューイに責められるかもしれなかった。

「それならあなたは後からくればいいでしょう」

 不意にリューイが突き放すように言った。

「何だって」とケンカ腰になるラックに、リューイがため息をつく。

「あそこに左へと曲がる小道が見えますね。その先は一本道になっていて、しばらく進めばハプスの村につきます。先を急げる人だけ私と一緒にあの村に行きましょう。それ以外の人は後からくれば済む話です」

 たしかに言われてみれば、剣士カシウスの朋友の子孫を紹介してもらう場面に必ずしも全員がそろっている必要はない。

「そうですね」とシーナが応じた。

「ペンダントを持っているラック、カシウスの子孫であるノクト、そして古代文字の読める私がいればとりあえず支障はないはずだし、ジールはルサンヌと一緒に後から来てもらえるかしら」

 その何気ない提案に、ルサンヌが素っ頓狂な声を上げた。

「だ、大丈夫ですよ。後から私ひとりで行けますから」

「そう?」とシーナが首をかしげる。「でも足を痛めたルサンヌを一人だけ取り残していくのは心配だし」

「そうだな。俺もここに残るから、ラックたちは先を急いでくれ」

「分かった。ジールたちは後からゆっくり来ればいいから」

「ジール、ルサンヌのこと、よろしくね」

 動揺するルサンヌをよそに、そんな会話が飛び交う。

「では先を急ぎましょう」

 リューイが馬を走らせると、あとを追うラックたちの姿も次第に小さくなっていった。

「さあ、俺たちは慌てず一休みだ」

 ジールが大きな体を道端にある草の上に投げ出した。陽光を浴びて、その横顔がまぶしい。

「いいところだな」

 そんなつぶやきが聞こえてくるので、ルサンヌは相槌あいづちを打とうとした。だが、かつてカイモンとまともに会話することができなかったルサンヌにとって、その生き写しであるジールと二人きりという状況はあまりにハードルが高かった。呼吸が苦しくなってくる。心臓の鼓動が早くなり、顔が火照った。

 痛いはずの両足で正座をして下をうつむいたまま、体がこわばってしまい動くことができない。

 二人のあいだを白い蝶がひらひらと飛んでいった。



 それからしばらくして、ラックたちはハプスの村に到着していた。

 このあたりの家屋は、イエローサ王国の広い地域で見られる日干し煉瓦れんがとは異なり、丸太を積み重ねて作られている。小さな川を挟んでその両脇に広がる草原地帯に作られた五十戸ほどの小さな集落は、十五年前にレッディード王国軍に襲われた時のまま、その過半数が焼け落ちて黒い炭となっていた。崩れ落ちた家屋の隙間から樹木が生え、半ば自然に飲み込まれつつある景観を呈している。

 あたりに人影は見られない。火の手が回らなかった家屋もとうの昔に見捨てられたらしく、損傷が激しかった。襲撃後、この村に留まるのは危険と考えた村人たちは、村を捨てて移住するという苦渋くじゅうの選択をしたのだろう。

「誰もいないね」とノクトがつぶやいた。

「この調子じゃ、カシウスやカーウィン王の仲間だったという人物の子孫もどこかに移り住んだのかもな」

 ラックも注意深くあたりを見渡したが、人が住んでいる形跡は見られない。

「いいえ、そんなはずはありません。彼はあなたたちを待つために命がけでここに残る決断をして、もしもの時のために私にこのペンダントを託したのですから」

 リューイが自分の持つオリハルコンのペンダントを目の前にかざした。しかしその視線はどこか遠くに向いている。

 そこから少し歩いた先で、四人は一軒の家屋の裏にある小さな畑を見つけた。畑はきれいに耕され、豆や大根、芋などの作物が植えられている。よく見ると家の壁もきれいに磨かれており、現在も人が住んでいるようである。。

「ほら、やっぱり彼が……フュードさんがここを出ていくはずはありません」

 リューイの声はどこかほっとした様子だった。馬を降り、少しためらってから家の戸を叩いた。しかし誰も出てくる様子はない。扉の鍵も閉まっている。

「留守でしょうか?」

 リューイがきびすを返したその時、後ろから声が聞こえた。

「お前たち、そこで何をしている?」

 振り返るとそこには、右頬に大きな傷のある四十歳くらいの男が立っていた。羊毛で編んだ上着と着古されたズボンを着て、右手に鎌を持ち、背中には籠を背負っている。知性的な印象を受ける反面、粗野な風貌とも言えた。その鋭い眼光がラックたちを睨みつけている。

「ああ、フュードさん。久しぶりですね。私を覚えていますか? かつてこの村にいたリューイ・レイレリールです」

 リューイが男のもとへ歩み寄った。

「リューイだと? そうだな、たしかに昔の面影がある。ところで後ろの人たちは?」

「あなたが探していた人物です」

「なんだって? それではもしかして……」

 男は値踏みするかのようにラック、シーナ、ノクトの顔を順番に見つめる。

「この中にあのペンダントを持つ者がいるというのか?」

「ということは、もしかしてこの人が剣士カシウスの仲間だった人の子孫なの?」

 ノクトがリューイを見上げた。

「さあ、私はこれで皆さんとの約束を果たしました。フュードさん、あなたが持っている二つのペンダントのうち一つを預かり、同じペンダントを持つ者と出会えばここに連れてくるというのがあなたとの約束でしたね。そしてラックさん、あなたたちをこの村に住む唯一の住人と引きあわせました。ここから先は両者で話しあってください」

 リューイは懐からオリハルコンのペンダントを取り出し、フュードと呼ばれた男に手渡す。

「これは返しておきます。本当はフュードさんともう少し話をしたいところですが、残念ながら先を急ぎますのでこれで失礼」

 そう言って馬の背にまたがり、すぐさま元来た道を戻り始めた。これから彼は国境に向かう本隊に追いつかなければならない。

「リューイさん、……ありがとう」

 少しためらってから、ラックがその背中に声をかけた。これまで色々なことがあったが、リューイと出会わなければ、ラックたちはここまでたどり着けなかっただろう。リューイが馬上で背を向けたまま、小さく手を振るのが見えた。

 その姿を見送ってから、ラックたちはフュードと無言で向かい合った。お互いに相手の出方をうかがいながら時間だけが過ぎていく。しばらくしてノクトがラックの袖を引っ張った。

「ねえ、ラックが持っているあのペンダントを少しだけ貸してくれないか?」

 もともとノクトの家系には二個のペンダントが伝えられていたが、そのうちの一つは村が襲撃された際にイギスに奪われている。

「ああ、それは構わないけど何をするつもりだ?」

 ラックが懐からペンダントを取り出すと、ノクトはそれをフュードに見せながら言った。

「今はラックが持っているけど、もともとこのペンダントは俺の家に代々伝わるものだったんだ。そして、合言葉はテラノム・サーサスール」

 それは「私たちは仲間だ」という意味の古代ネリシア語であり、互いの右腕を重ね合わせて友情を誓い合うための言葉である。しかしノクトとフュードのあいだでは何かの合言葉として使われているらしい。

「そうか、君がそのペンダントの持ち主か。そしてその合言葉。間違いない、やっと本物の末裔まつえいに出会えたようだ」

 フュードはリューイから返却されたばかりのペンダントの他に、もう一つ別のペンダントを取り出した。どちらにも炎のように燦然と輝くオリハルコンがはめられている。

「剣士カシウスとその仲間はお互いの友情の証として、それぞれがオリハルコンのはめ込まれたペンダントを手に、各地に旅立って行ったという。我が家には代々この二つのペンダントが伝わっていた。そしていつの日か、剣士カシウスの末裔がこれらと同じペンダントを持ってこの村を訪れると言い伝えられていた。我が一族は永いあいだ君が現れるのを待っていたのだ。剣士カシウスの子孫よ、歓迎するぞ。テラノム・サーサスール」

 そう言って感極まったのか、フュードは左手で目頭を押さえた。

 今から五百年以上昔、剣士カシウスとその仲間は、子孫たちが再びめぐり合うことを予言し、その日のために合言葉まで決めていたらしい。

 やはりこの村にも不思議な予言が根付いているようであった。

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