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七の王国  作者: 毎留
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第七章 永い眠り(3)

 豊穣の女神マイヤに祈りを捧げるはずのミシラルド修道院に新たな女神メルネが現れ、そこの修道女たちがメルネに帰依したというニュースは翌日のうちにオアシス中に広がった。

 女神は町長の娘で修道女のリファを初代女王として指名したという。リファは聡明で正義感が強いことで知られており、その人選に表立って異を唱える者はいなかった。そしてあの横暴な兵士たちに嫌気がさしていた人々は、グリンピア王国と決別することを望んでいた。知の女神メルネとリファ・セイザールによる新王国の建国を支持する声は次第に大きくなっていった。

 その一方で、くだんの官吏は腹の虫が収まらずにいた。彼が着任して以降、ミシラルド修道院から収税するどころか、表だって女神マイヤに対する反逆を始め、新王国の建国を勝手に宣言してしまったからである。すぐに中央政府に使者を送ったが、静観するようにとの返事が返ってきた。その一方で、自分を無能呼ばわりする声も同時に聞こえてきた。

「なぜ誰よりも熱心に収税に励んだこの俺が無能呼ばわりされなければならないのだ。いい加減にしろ!」

 近くにあった物に当たってみたところで、一向に気分は晴れない。次に配下の若手兵士に適当な理由をつけて当たったところ、その翌日から兵士たち全員の態度が冷たくなった。業務上の指令は最低限こなすのだが、逆に言えば額面どおりにしかこなさなくなった。そして指令ミスによって官吏が失脚するのを待っているかのような言動さえ見せた。

「貴様、やる気はあるのか!」

 くだんの若手兵士を呼びつけて怒鳴りつけたところ、逆に兵士から首元をつかまれて凄い形相でにらまれた。

「はい、もちろんです。官吏殿、このままやってもよろしいのですか?」

 その握力は強く、官吏は呼吸できなくなる。身の危険を感じて「もういい、向こうへ行け」としゃがれた声を出すと、兵士はそのまま官吏をつき飛ばし、床に唾を吐いてから部屋を出て行った。

「畜生、どいつもこいつも……。すべてあの女のせいだ」

 あのリファ・セイザールとかいう女が独立などというたわけたことを言い出したから、こんなことになってしまったのだ。オアシス全体から税の徴収を拒まれ、中央からは無能の烙印らくいんを押され、今や配下の兵士たちからもうとまれている。すべてあの女が元凶だ。何とかして一泡吹かせてやろうと思ったが、あの女はいつも自警団によって身辺警護されており、官吏一人では近づくこともできなかった。

「さて、どうしたものか」

 策をめぐらす官吏の脳裏に、ルサンヌとかいう小娘の顔が浮かんだ。あの小娘は修道院に踏み込んだ日もリファやメルネと一緒にいたし、その後もリファと二人で話し合うところを何度か目にしている。ミシラルド修道院の直接の関係者ではなく、家に帰るときはいつも一人だ。リファに思い知らせるには格好の標的だった。

「ふふふ、やはり俺の頭は冴えているな」

 官吏はえつに入り、ルサンヌを襲う計画を立てた。だが正面から刀で切り付けるのはさすがにまずい。そんな状況では明らかな殺意に気付かれてしまうからだ。こういうものはあくまで偶発的な事故を装わなくてはいけないのだ。

 そこで官吏は一羽のウサギを用意し、弓矢を持って、ルサンヌを彼女の自宅近くで待ち構えることにした。官吏はたまたま趣味の狩猟を楽しんでいただけであり、そこを通りかかったルサンヌに矢が当たってしまうのはあくまで不慮の事故に過ぎない。

 こうして官吏が待っていると、ルサンヌの姿が見えた。とっさにウサギを放つが、ルサンヌとは逆のほうに走り去ってしまう。

「まったく、どいつもこいつも使えない奴らばかりだ」

 官吏はひとしきり毒づいてからルサンヌの前に姿を現し、弓を構えた。至近距離から心臓を狙ったはずだが照準がずれ、左の脇腹に当たる。

「ち」と舌打ちした。これでは致命傷にならない。もしこの小娘に生き延びられて、この状況を証言されたら、取り返しのつかないことになるだろう。ここは確実に仕留めるしかない。

「おい、お前、何をしている」

 官吏がもう一度矢をつがえようとすると、後ろから男の声が聞こえた。振り返るとリファの自警団の一人が目の前に立っている。男が刀を抜くのが見えた。

「バカ者、これは趣味の狩猟で……」

 と言いかけたのが、官吏の最期さいごの言葉だった。



「おい、ルサンヌ、大丈夫か、しっかりしろ」

 リファの自警団を務めるカイモン・レパードルの声がどこからか聞こえた。左の脇腹に焼けつくような痛みが走る。手で触れると、生暖かい液体が指先を濡らした。

「カイモンさん?」

 ルサンヌは狭窄した意識の中で声の主を呼んだ。

「ああ、そうだ。カイモンだ。今、お前はあの官吏に襲われたんだ。どうも最近、あの官吏は気がふれたようだという話があって、念のためルサンヌの身辺警護につくようにリファから言われていたんだ。俺がそばにいながらこんなことになってしまい、申し訳ない」

「いいえ、カイモンさんが、いなかったら、私、今ごろ、とどめを、刺されていました」

 自分でもじれったいほど声が続かなかった。ルサンヌがカイモンと話をするのは、これが初めてである。いつも自警団のリーダーとして活躍する姿を遠まきに見つめているだけだった。そこに淡い恋心があったことは否定しない。そんな相手にこうして介抱してもらっているというのに、声を出すのがとても苦しかった。

「このままだと失血死する危険もある。助けを呼んでくるから、ここでじっとしているんだぞ」

 いえ、きっと私は助からない。一人で死ぬのは嫌。お願いだからそばにいて……。

 ルサンヌの口の中で、そんな言葉が溶けていった。

「すぐ戻る」

 カイモンは抱きかかえていたルサンヌの上体をそっと砂漠に横たえ、ミシラルド修道院に向けて駆けだした。

「誰か、誰か来てくれ。ルサンヌが矢で撃たれたんだ」

 助けを求めるその声が、吹き荒れる風によってかき消される。

「おーい、誰か」

 カイモンがもう一度声を張り上げると、メーヤルの塔の最上部から背中に羽の生えた黄色い少女が飛び立つのが見えた。少女は強風をものともせず、ルサンヌのそばに降り立つ。

「あ、メルネちゃん」

 そう呼びかけるのが精いっぱいだった。口が乾き、ジャリジャリした砂の味がする。

「ルサンヌ、大丈夫……じゃないね。多分、左の腎臓を損傷している。このまま矢を引き抜いても失血死を早めるだけだし、どうしよう」

 メルネは普段の舌足らずな口調が嘘のようにはっきりと話した。険しい表情で目を閉じ、必死に何かを考えている。

「やっぱりあの方法しかないか」

「あの方法?」

「いい、ルサンヌ。時間がないからよく聞いて。今から私はあなたに傷を治すための秘法を使うよ。でもこれは本来、私たちが傷をいやすための方法であって、あなたたち地球人に使うとどうなるか分からないの」

「そんな、どうなるか分からないなんて……」

 ルサンヌは困り顔で笑って見せようとした。しかし苦痛に顔がゆがみ、思うようにいかない。

「でもね、あの時、私と友達になってくれたんだから、きっとルサンヌは助かるよ。この世界ではね、神はサイコロを振らないの。たった一つの決められた歴史、既定の過去と未来があるだけで、そこではルサンヌは助かることになっているから大丈夫だよ」

 メルネちゃん、難しいよ、意味が分からない。

 ルサンヌはそう言おうとしたが、口の中が石のように固くなってしまい、うまく伝えられない。

 口の中だけではない。全身が少しずつ石のように固くなり、白く変色していくのが分かる。

「私たちはね、白い石像のような姿になることで長い歳月をかけて傷をいやしていくの。きっとルサンヌも何百年か先に、元の元気な姿に戻れるから大丈夫だよ」

 嫌だ……何百年か先なんて、そんなの意味ないよ。メルネちゃんも、リファも、カイモンも、お母さんも、もう二度と会えないんでしょ?

 石像になりかけたルサンヌの頬をひとしずくの涙が伝った。しかしその想いはもう声にならない。

「ルサンヌ、何百年先か分からないけど、また会おうね。その時も私たちは友達だよ。そしてルサンヌにはきっと新しい友達ができているはずだから」

 またメルネちゃんに会えるの?

 私に新しい友達ができるの?

 そんなことを思った気がする。ルサンヌの意識はさらに混濁し、外界の情報が次第に薄れていった。メルネが何か語りかけてくるのが聞こえる。

 そして永い眠りが訪れた。

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