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七の王国  作者: 毎留
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第六章 神々の姿(5)

「メルネ、悪戯いたずらはそのくらいにしなさい」

 マイヤはきつい口調で言い放った。両者の口ぶりからすると、マイヤのほうが立場は上のようだ。

「はぁい、マイヤ様ぁ、分かっているってぇ。ここでラック君が死んじゃったらぁ、歴史が変わって私たちの計画が破綻はたんしちゃうからねぇ。ちゃんと手加減したよぉ」

「本当にあなたって子は……。私たちの一族きっての天才少女なのに、どうしていつもそんなに自由奔放なのかしら」

「それはしっかり者のセルナがいてくれたからだよぉ。マイヤ様ぁ、今でもあの子の色の服を着てくれているんだねぇ。でも私さぁ、マイヤ様のイメージカラーの紫色も好きだよぉ」

 ラックは二人のやり取りを地上から見上げていたが、まったく話についていけなかった。ラックが死ぬと歴史が変わるとか、私たちの計画とか、あれで手加減したとか、メルネが天才少女とか、グリンピア王国の女神マイヤのイメージカラーが紫色とか、そのすべてが彼の理解を超えている。

 だが、そこで彼はある事実を思い出した。前日、リューイとともにシーナのいるミシラルド修道院を訪れた時のことである。

 礼拝所の祭壇には背中から羽の生えた五人の人物が描かれていた。中央に描かれていたのは膝上までの黄色を基調とする短いスカートをはいた少女だった。今にして思えば、これがメルネだろう。その隣、紫色のローブをまとった髪の長い女性は女神マイヤに似ていた。そして他の三人は、赤い鎧をまとった大男、白い服の少年、そして緑色の服を着た少女だった。

 赤い鎧をまとった大男がレッディード王国の守護神ソドで、緑色の服の少女が二人の会話に出てきたセルナだろう。

 だとすれば、白い服の少年は何者だろうか?

 ラックが考えこんでいる間、マイヤは上空でメルネに接近して、二人で何やら話している様子だった。やがてその話し合いが終わり、メルネがその場にいた皆に告げる。

「はぁい、みんな聞いてぇ。私とマイヤ様の話し合いが終わったよぉ。今ここで内乱を続けてイエローサの国力が衰えるのはぁ、私たちの計画の妨げになるのぉ。だから戦いはこれで終わりよぉ。反乱軍はここで解散してぇ、一切おとがめなぁし。税率は元の20%に戻してぇ、シシカは退位よぉ。娘のアジェカに女王の座を譲りなさぁい。あの子のほうがあんたよりよっぽどまともなんだからねぇ」

「そういうことよ。異論のある者は前に出なさい。私たちに敵対する者とみなします」

 マイヤの言葉に人々は凍りついた。上空からデルタイを使って一方的に攻撃するメルネの姿を見せられ、反抗できる者などいるはずもない。

 ただ一人、シシカ女王を除いては――。

「いったいどういうことなの? なぜ私が退位しないといけないのです。私はこの国をべる女王ですよ」

 不服そうに口の端から泡を飛ばすシシカに、女神マイヤが右手を向けた。

「十秒与えるから、その女王の帽子を脱いで地面にひれ伏しなさい」

「なぜ私が他国の女神に命令されないといけないのですか?」

「十、九、八、七」

 マイヤはシシカを無視してカウントを始める。

「シシカぁ、死にたくなかったらマイヤ様に従ったほうが良いよぉ」

 メルネもうながすが、シシカの胸には届かなかった。

「嫌です。私はこの国の女王……」

「ゼロ」

 そこでタイムアップだった。マイヤの右手から強烈な吹雪が生まれ、シシカめがけて襲いかかる。無数の氷の粒が日光を浴びてまばゆく輝き、次の瞬間シシカは凍てついた氷像へと変わっていた。

「ほらぁ、だから言ったのにぃ。マイヤ様は私よりよっぽど冷酷でぇ、私よりよっぽど強いんだからぁ」

 メルネが肩をすくめる。

「他にも異論のある者は前に出なさい。私たちに敵対する者とみなします」

 再度マイヤが告げた。しかしもはやこれ以上マイヤとメルネの二人に歯向かおうとする者はいない。勝ち目がないのはもちろんだが、むしろ見事な采配さいはいをしてくれたことに心の中で感謝する者すら多かった。

 皆が剣を下ろして沈黙する中、ラックは一つの疑問を抱いていた。

 グリンピア王国の守護神である豊穣の女神マイヤのデルタイが吹雪とは、どういうことだろうか?

 デルタイの種類は本人の性格や考え方の影響を受けるはずだ。そして吹雪からイメージされる性格といえば、冷酷、冷淡、冷徹もしくは冷静である。

 メルネも言っていた通り、本当にマイヤは冷酷な性格なのだろうか?

 だがその一方で、シーナからは六年前の豊穣祭で間近に見たマイヤが慈愛に満ちた優しい顔をしていたと聞いたことがある。

 それは偽りの姿だったのだろうか?

 混乱するラックをよそに、女神マイヤの声が上空から降ってきた。

「皆、聞きなさい。女王シシカはたった今、私たちへの反逆罪で処刑されました。皆で力を合わせてもう一度この国を再興しようと思う者は、武器を捨ててこの場を去りなさい」

 ラック以外の人たちも混乱しているのか、すぐに返事はない。

「どうなのぉ、リューイ、カプリー、聞こえたぁ?」

 メルネが上空から二人を交互に見下ろした。

「は、承知しました」

 二人が同時に敬礼し、自軍に撤退を命じた。両軍の兵士たちは武器をしまうと、怪我けが人を抱えて背後へと撤収を始めた。二人の女神による力づくの仲裁で、今ようやく内戦が終わったのである。

 それを見届けるメルネが突然気の抜けた声を上げた。

「ふはぁ、怖かったぁ、怖かったよぉ、マイヤ様ぁ」

「ふふふ、よく頑張ったわね、メルネ」

 マイヤは脱力したメルネを抱きかかえるようにしてゆっくり地上へと降りてきた。そして慈愛に満ちた表情でメルネの頭を優しくなでている。

 ラックの眼には、二人の女神が強大なデルタイで人々を圧倒したようにしか見えなかった。だが実際にはメルネの顔は青ざめ、その体は小さく震えている。

 マイヤはひとしきりメルネをねぎらい、メルネが落ち着いたところで、シーナとルサンヌのところへ歩み寄った。

「シーナ、ルサンヌ、二人とも久しぶりね。それからラック、ジール、ノクト、あなたたちもここに来なさい」

 マイヤに言われ、ジールとノクトが駆けていくのが見えた。ラックはその隣にいるメルネに殺されそうになったこともあり、恐る恐る近寄っていく。

「あはは、ラック君、大丈夫だよぉ。さっきのは遊び半分だからぁ、怖がらずにおいでよぉ」

 すでに明るく無邪気な少女に戻った知の女神メルネが、笑顔でラックを手招きした。

 冗談じゃない。遊び半分で殺されそうになってたまるか――と心の中で毒づくが、口に出す勇気はない。

 一方で初めて間近で見る豊穣の女神マイヤは、優しい笑みの向こうに凛とした意志の強さを感じさせた。その印象がどこかシーナと重なる。

「本当に久しぶりね。と言っても、あなたたちには記憶がないでしょうけど」

 マイヤは一同を見渡し、不可解なことを言った。

「はい、お久しぶりです」

 六年前の豊穣祭でマイヤと間近に会ったことのあるシーナが、少し戸惑いがちに頭を下げる。

「単刀直入に言うわ。さっき女王軍の砲台がメーヤルの塔を直撃したでしょう。あなたたちはあれより強大な兵器の噂を耳にしたことがないかしら?」

 マイヤの質問の意図が分からずに戸惑いながらも、全員が首を横に振った。

「そう、それなら良かった」

 マイヤが安堵の表情を浮かべる。

「ところであなたたちはグリンピア王家に伝わる聖剣の名前を知っているのかしら?」

「え、名前があるのですか? グリンピアの王室にも単に聖剣としか伝えられていなかったのに……」

 シーナの言葉に、ルサンヌが不思議そうな表情を浮かべた。

「王室? シーナさんは地方の村で生まれ育ったのでは?」

「ごめんなさい。それはまた後で話すわ」

 シーナがその質問をさえぎった。それを確認してからマイヤがおもむろに口を開く。

「聖剣の名はアトラス」

「それはもしかして、古代ネリシア語で“希望”を意味する単語ですか?」

 シーナがマイヤに質問した。

「そうね、古代ネリシア語というのは語弊ごへいがあるけど、意味はそれであっているわ。グリンピア王国の国歌にも、カシウスが希望という名の力を手に入れたとあるでしょう?」

 言われてみればその通りだった。歌詞は「彼は永き旅の果てに真実を知り、希望という名の力を手に入れた」という一文で始まっている。あの後半部分は、カシウスが聖剣を手に入れたことを意味する一文だったのだ。

 だが歌詞の前半部分が語る、彼が永き旅の果てに知った真実とは何だろうか?

「女神マイヤ様、剣士カシウスが知った真実とは一体……」

 そう言いかけたラックをマイヤがさえぎる。

「あなたたちが真実を知るのは今ではないわ。でもいつかきっと、あなたたちもカシウスと同じ真実を知ることになるでしょう。その時にあなたたちはどんな答えを出すのかしらね」

 マイヤは一同を見渡した。その表情は慈愛に満ちており、そして冷酷でもあった。

「ではいずれまた会いましょう。さあ、メルネも一緒に来なさい」

「えぇ、私、ルサンヌと話したかったのにぃ。じゃあ、またねぇ、ルサンヌ。今度会う時も私たちは友達だよぉ」

 マイヤとメルネは自らの羽で飛翔し、メーヤルの塔の最上階へと消えていった。

 すでに時は正午近い。照りつける太陽が砂漠を熱していた。ラックたちは陽炎かげろうが立ちのぼる酷暑の中で、ただ呆然ぼうぜんと立ちつくしていた。

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