第五章 戒律の王国(3)
石造りの建物の中に、熱風が吹き込んできた。正午を少し回ったこの時間帯、照りつける太陽の下で、辺りは乾燥した灼熱地獄になっている。しかし砂漠では季節による寒暖差も昼夜の寒暖差も激しい。夜は極寒の地になるのであろう。部屋の壁には兵士達の外套がかけられていた。
ラックとシーナは兵士達にその両肩を捕まれ、リューイの待つ部屋へと連れてこられた。ハムスターに化けたナノが、シーナの懐からそっと外部をうかがっている。
「この二人からは私が直接話を聞くので、外に出ていなさい」
リューイは二人を冷ややかな眼で見つめたまま、兵士達に部屋から出るよう促した。
「はい、ですがその前に所持品の検査をします」
ラックは自分の剣を外に置いてきたが、シーナは短剣を隠し持っていた。短剣とは言え、刃渡り0.4プース(12センチ)以上ある。すぐに見つかり、没収されてしまった。ハムスターのナノはその間に部屋の片隅まで逃げたようだ。
「では我々は外で待っております」
兵士達が外に出るのを見計らい、リューイが腰の剣を抜いた。それを見たシーナの顔がこわばる。
「私との約束は、その娘がいつまでも行方不明になることだったはず。グリンピア王国の片田舎に逃れ、ひっそりと暮らしていれば良かったものを、わざわざこの国にやってきて大立ち回りをするとは、どういうつもりですか?」
リューイの声には苛立ちが感じられた。
「申し訳ない。この国の北にあるハプスという村に用があったんだ」
一方で負い目を感じたラックの語勢は弱い。だが、仮にも一度はシーナを殺害しようとした相手である。媚びを売る気はなかった。
「何の用ですか?」
「ある人物に会うつもりだった」
「それは誰ですか?」
「話すと長くなる」
「手短に話しなさい」
「彼女の本当の名前がシーナだということは知っているな?」ラックがシーナを見た。
「あの時、タイラー王からそうお聞きしました」
「シーナは元々グリンピア王国の北東にあるノキリの村の出身だ。そこにシーナを送っていった。しかしその時にたまたま村がレッディードの奴らに襲われ、危ないということで逃げ出したんだ」
「ノキリの村……たしか剣士カシウスの子孫が住んでいるという話でしたね。そこがレッディードに襲われたのですか」
「その時に村人からハプスの村にいる知人を頼るように言われ、そこへ向かう途中だった」
正確には、村人であったノクトからハプスの村にカシウスの仲間の子孫が住んでいるという話を聞いたのである。しかしその点はぼかし、シーナが謎の石板を発見したことやペンダントのことには触れなかった。
「そこに行けば、シーナさんをかくまってもらえるとでも?」
「そう思っている」
ラックがうなずいた。しかしリューイはその視線を避け、ゆっくりと下を向く。
「それは残念でしたね。あの村は今から十五年前、レッディード王国の赤いトラに襲われて滅びました」
「え?」
「驚くようなことではありませんよ。あなたたちにも心当たりがあるはずです」
リューイが顔を上げ、値踏みするような目で見つめてきた。しかしラックにはそのような心当たりなどない。
「それならあなたが持っているオリハルコンのペンダントを出しなさい」
その時、横にいたシーナが「あ!」と声を上げた。
「そちらのお嬢さんはもう気付いたようですね。レッディード軍の狙いはこれです」
リューイは懐から見覚えのあるペンダントを取り出した。形こそ違うが、そこにはラックが持っているカシウスゆかりのペンダントと同じように赤く燦然と輝くオリハルコンがはめこまれていた。
「それは!」ラックとシーナの声が重なりあう。
「カーウィン王の子孫であるグリンピア王家、カシウスの子孫であるノキリの村の住人、そしてその朋友の子孫であるハプスの村の住人。それぞれの家系にオリハルコンのはめこまれたペンダントが伝わっていたようですね。そしてどこからかその情報を手に入れたレッディード軍が、グリンピア王家の宝物庫、ノキリの村、ハプスの村を襲ってそれを集めている。そう考えるのが自然でしょう」
「それなら本当にハプスの村もレッディードに襲われて……、というか、あんたがその子孫なのか?」
「いいえ、違います。それよりあなたはもう少し口の利き方を学んだほうが良さそうですね。私はこの王国の軍師という地位にあり、国境やぶりという重罪を犯したあなたを尋問する立場にあります。そしてあなたがたが知りたがっている情報を持っているのですよ」
リューイに冷ややかな目を向けられ、ラックが思わず拳を握りしめた。しかしそれを見たシーナに袖を引っ張られ、思い留まる。シーナは右ひざをつき、胸に手を当ててリューイにひざまずいた。
「軍師殿、こちらの若者が無礼な口をきいてしまい、大変失礼しました。どうぞお許しください」
ラックは呆気にとられたが、シーナからもう一度袖を強く引っ張られ、同じようにひざまずく。
「ほら、早く謝って」
シーナから小声でせがまれ、ラックは歯ぎしりしてから謝罪した。
「すみませんでした」
「それで充分ですよ。ではお互いの立場が分かったところで取引をしませんか?」
リューイの声が頭上から降ってきた。
「それはどのような内容でしょうか?」
横から聞こえるシーナの声はややこわばっている。
「それを説明する前に、まずはわが国の現状から説明しましょう。ご存知の通り、この地にはイエローサ、グリンピア、レッディードというの三つの王国があり、互いにつばぜり合いをしています。そこにレッディードのダッセル王とグリンピアのティーナ姫の間で婚儀の話が持ち上がりました。もし両王家のあいだで婚儀が成立し、両国が同盟を結ぶことになれば、我が国にとって大きな脅威となるでしょう。しかし先日、婚儀のためレッディードに向かわれるティーナ姫が野盗の群れに襲われ、さらには土砂崩れに巻きこまれてしまいました。いまだにその消息は分かっていません。でも今日ここに行方不明のティーナ姫が現れたと知れ渡れば、私にとってもあなたたちにとっても困ったことになります。ここまではよろしいですね?」
「はい」シーナがうなずいた。
「そして私が今日ここに来ていた理由ですが、ここのところ王国南部で不作が続き、役人による税金の取り立てに不満を抱いた農民たちによる一揆が起きました。彼らの勢力は次第に大きくなり、ついには王国の反覆を目指すようになったのです。彼らの狙いは王国の守護神、知の女神メルネの住まうメーヤルの塔を勢力下におき、この国の新たな支配者としての正当性を得ることです。そのために数日後、この地域で大規模な戦闘が始まる予定です」
「それで俺たちは何をすれば?」
「ラックさん、あなたには政府軍の兵士として戦闘に加わってもらいます。剣士カシウスと同じフレイム・ドラゴンの使い手がこちら側にいるというだけで両軍の士気に大きく影響しますからね。大昔はこのあたりもグリンピア王国の辺境の地だったので、剣士カシウスの伝説は広く知られています。それと、あの場にいたあなたの連れのジールさん、彼もデルタイの使い手でしたね。彼にも戦力になってもらいましょう」
リューイはジールの存在にも気づいていたらしい。抜け目のない男だ。ノクトのことまでは知られていないのが、不幸中の幸いである。
「そしてシーナさんにはその間、人質としてこの町にあるミシラルド修道院にいてもらいます」
そう提案するリューイに、ラックが質問した。
「それで、取引というからには俺たちへの見返りもあるんだろう……ですか?」
「今回の戦闘に無事勝利すれば、私があなたたちをハプスの村へと案内しましょう。さもなければ、あなたたちだけでハプスの村に行っても無駄骨になりますよ」
「軍師殿、それはどういう意味でしょうか?」とシーナが問う。
「これはあくまで取引ですからね。今、その質問に答えてこちらの手の内を明かすことはできません」
リューイは涼しい顔ではぐらかした。軍師と呼ばれるだけあって、こういう取り引きや心理戦で主導権を握るのは得意らしい。ラックにはそれが悔しくて、わずかばかりの抵抗を試みることにした。
「もし俺がそれを断ったら?」
「こうなります」
その刹那、リューイは手にした刀をシーナに突き立てた。刀身がシーナの胸を貫通する。
「何を!」
ラックが激高して叫んだ。シーナは口を開け、表情を引きつらせている。
――だが次の瞬間、リューイは少し離れた場所で頬杖をついてラックの表情を観察していた。シーナの胸にも傷はない。
「幻でも見ましたか?」
リューイが落ち着いた声で語りかけてきた。そう、この男のデルタイは相手に幻を見せることなのだ。
「今の反応で分かりましたよ。大事な女性が刺し殺される幻を見るのは辛いことですね、ラックさん」
そう言われて、ラックは自分の抵抗が完全に裏目に出たことを悟った。シーナ本人の前で胸に秘めていた想いを暴露されてしまい、身の置きどころのない辛さを感じる。しかし黙ってうなずくことしかできない。
「では話も決まったところで、あのグリンピア王国の審査官をだます方法について打ち合わせをしましょう」
リューイが右手でパチンと音を鳴らすと、シーナの隣に一人の女性が現れた。背格好や着衣はシーナそっくりだが、顔のパーツが微妙に崩れている。よく似た別人といったところだ。リューイが作り出した幻で、あの審査官をだますつもりなのだろう。
シーナが劣化した自分のコピーを見せられて眉をひそめる。その表情すら、今のラックには自分の好意を拒まれたように思えてならなかった。




