第一章 覚醒(1)
青々とした多年草が生い茂っていた。黄色い模様を抱いた蝶がひらひらと飛んでいく。その奥には赤い果実をたわわに実らせた木々が連なり、甘い香りを発していた。遠くには山の背が連なり、その反対側には市街地が広がっている。夏の暑さはとうの昔に過ぎ去り、一服の清涼剤のような心地よい風が吹いてきた。
穏やかな秋晴れの午後である。道場のかやぶき屋根が地面に落とす影は、以前よりも長くなっていた。
「はじめ」という号令が聞こえ、それに続いて無数のかけ声と金属音があたりに連鎖していく。
ここはグリンピア王国の首都カシウスからほど近い剣術道場である。防具をつけた門下生たちが激しい気合を発しながら練習用の刀剣を打ちこんでいくと、過ぎ去った夏が戻ってきたかのようにあたりの熱量が上がった。
この道場の師範であるロイズ・ハイモンドは、その精悍な顔立ちに鋭い眼光をたたえながら門下生たちの動きをチェックして回っていた。相手の斬撃を受けてよろめく門下生には剣を握る手の内を指導し、上段に構えすぎてスキのある門下生を見つけるとその構えを正してやる。
齢三十五を超え、すでに一線を退いたとはいえ、かつては王国随一と呼ばれたその腕前は現在でも十分に現役の剣士たち相手に通用するはずだ。その隙を見せない歩みが、若い門下生の前で止まる。
「どおりゃー」という獣の咆哮のような気合を発しながら剣を打ちこむと、相手の体が後方へと吹き飛び、道場の壁へと直撃した。天井からおがくずが降ってくる。
「いけねえ、やりすぎた」
首をすくめるのが見て取れた。身長は6プース(180センチ)を優にしのぎ、がっしりとした体格で小麦色に焼けた肌をしている。見るからにパワーファイターだ。今年二十歳になったばかりで、名をガイル・シモリスという。黒い髪と武骨な風貌をした道場きっての注目株であり、王国の精鋭部隊の一つである第三旅団に所属していた。
「ガイル、ほどほどにしておけよ」
ロイズは諦めとも感嘆ともつかない大きな息を吐くと、別の門下生のところに向かった。そこでは二人の少年たちが剣を打ち合っている。
やや黒みがかった金色の髪を短く切りそろえ、しなやかなバネで俊敏な動きを誇る少年の名はラック・ハイモンド。そして黒い髪を七部刈りにしたパワーを持ち味とする少年の名はジール・シモリスという。ジールの体躯は縦横ともにラックより二回りは大きい。
仲の良い十二歳の少年二人は道場のでこぼこコンビと呼ばれていた。ラックはロイズの息子であり、ジールはガイルの弟である。
この二人は本当に楽しそうに剣を打ち合う。そして良き修行相手に恵まれた。この先、どんどん伸びていくだろう。
かつて一人で地道に剣の腕を磨いてきたロイズは、その境遇にわずかばかりの羨望を覚えた。
「さあ、今日の練習はこれで終わりだ」
日時計の針を見守る門下生の一人が声を上げた。それを合図に激しい斬撃がやみ、門下生たちが一堂に会して国歌斉唱を始める。
彼は永き旅の果てに真実を知り、希望という名の力を手に入れた
炎をまとった聖剣の一振りは、漆黒の破壊神から祖国を救った
カーウィン王と共にこの地を救った伝説の剣士の名はカシウス
我らは彼の帰還を待ち望んだが、その行方を知る者はいない
我らは歌う、祖国の平和のために
我らは祈る、伝説の戦士のために
我らは思う、先人の勇気と知恵を
我らは歩む、果てしなき未来へ向けて
カシウスとは王国創世記に登場する伝説の剣士の名前であり、現在ではここグリンピア王国の首都の名前にもなっている。
彼が振るう剣の切っ先からは炎のドラゴンが飛び出して敵に襲いかかり、すべてを焼き尽くしたという。この国で剣士を目指すものであれば、一度は自分が振るう剣から炎のドラゴンが飛び出す場面を夢想したことがあるに違いない。ロイズ自身も少年時代に炎のドラゴンを出そうとして幾度となく挑んだ経験がある。今となっては、門下生たちに語ることのできない古き良き黒歴史だ。
国歌斉唱を終え、締めの言葉を求められたロイズは門下生たちを見渡した。
「皆も分かっていると思うが、明日は豊穣祭の日だ。この道場も休みになる。気を抜かないようにして、思う存分楽しんで来い」
その声を聴いた門下生たちから割れんばかりの歓声が上がった。




