第四章 ノキリの村(4)
村の中央にある集会所で、ラック、ジール、シーナ、ノクトの四人がうつむき加減に座っていた。それを取り囲む村人たちはみな、疲れと苛立ちの表情を浮かべている。
「ノクト、これは一体どういうことか説明してくれ」
「奴らが狙っていたペンダントって何のこと?」
「あのよそ者たちが来たから、この村は襲われたのか?」
「なぜあんだがよそ者と同じものを持っていたのさ?」
その言葉の端々からは、ノクトへの不信感とラックたちへの敵意が感じられた。先ほどイギスたちにもう一つのペンダントをラックが持っていることを公言してしまったし、これ以上この村に留まれば、再び奴らに襲われて村人たちを巻き込んでしまうことも分かっていた。
「こんなことに巻き込まれるなんて思ってもいなかったけど、これ以上いても迷惑をかけるだけだな。俺はもう行くことにするよ」
ラックが立ち上がった。それを見たジールも腰を上げる。
二人がここを立ち去ることにはなんの問題もなかったが、シーナのことが心残りだった。元々は故郷であるこの村でひっそりと暮らしていくつもりだったが、両親もこの村の出身ではなく、しかも災いを持ち込んだよそ者の一味として敵意を抱かれている。とてもこの村に置いてもらえる状況ではなかった。
「二人とも、これからどうするの?」
シーナもまた不穏な空気を感じ取り、心配そうな瞳でラックとジールを交互に見つめた。その視線を断ち切るかのように、ラックは窓の外に見える空と山の稜線を仰ぐ。
「俺はレッディード王国を目指そうと思う」
「え?」
「今日村を襲ってきたのは、レッディード軍の最精鋭部隊だ。中でもさっき俺たちと戦った隊長のイギス・ダンサンはとてつもなく強い。俺の親父は六年前、奴に真剣勝負を挑み、敗れて死んだ」
ラックが唇を噛みしめた。シーナがはっとして、その横顔を見つめる。
「その時に覚醒したデルタイがフレイム・ドラゴンなんだ。その結果、俺はあいつに危険視されてしまい、狙われることになったけどな。俺はいつかあいつに負けないくらい強くなるために、修行をしながら旅を続けようと思う。そしてできることなら、六年前に奪われた聖剣を取り戻したいんだ」
「俺もラックにつき合うぜ」ジールが相槌を打つ。
「あの、私も連れて行ってくれないかしら」
シーナが遠慮がちに言った。だがその瞳はまっすぐにラックたちを見つめている。
「私の居場所はもう、どこにもないの」
短い沈黙が訪れた。危険な旅にシーナを巻きこみたくないという気持ちはあったが、シーナにとって他に選択肢がないことも分かっていた。
「シーナさえ良ければ歓迎するよ。なあ、ジール?」ラックが微笑んだ。
「もちろんだ」
「ありがとう、二人とも。できるだけ足手まといにならないようにするから」
シーナも安堵して表情をほころばせる。
「なあ、俺も連れて行ってくれないかな?」
そう言ったのはノクトだった。
「あの不思議な技を使えると、レッディードの奴らに狙われるんだろ? さっき俺が無意識に使った技もきっとそうだ。だったら俺がこの村にいるより、ラックたちと一緒のほうが安全だと思う。頼むよ」
「そうだな。ゼイリーさんさえ良ければ……」とラックが言いかけるのを、ジールが遮った。
「俺は少し不安だな。こいつは怒りで我を忘れると暴走しそうだ」
「ごめんよ。さっきは突然のことで、自分でも何が起きたのかまだ分かっていなかったんだ」
「まあ、反省できるなら大丈夫だろ。俺もフレイム・ドラゴンに目覚めたときは、頭に血が上って無我夢中だったからな。俺はゼイリーさんさえ良ければ、ノクトを連れて行ってもいいと思うぜ」
ラックがゼイリーの顔を見た。
「そうじゃな、わしからも頼むよ。この子は幼くして両親を病で亡くしてしまった。祖父のわしとずっと二人で暮らしてきたが、このままではいつかわしが死んだとき、村の外のことをまったく知らないまま一人ぼっちになってしまう。それが心配だったんじゃ。それに今、この子の安全を考えれば、お前さんたちと一緒のほうが心強い」
「じいちゃん、ありがとう。俺、レッディードから狙われることがなくなったらまた戻ってくるから、それまで元気でいてくれよ」
「うむ、待っているぞ」
ゼイリーは笑顔で答えてから、ラックたちに向き直った。
「ノクトをよろしく頼みます。ただ、あまり危ないことはしないでもらいたいのじゃが……」
「ええ、約束します。シーナもいるし、そんなに無茶はできないから」
村人たちにとっても、素性の知れないよそ者が自ら村を出て行くのは、安心できることだったに違いない。誰も文句を言わなかった。
「あ、そうだ。ゼイリーさん。一つだけお願いを聞いてください」
シーナが何かを思い出したように言う。
「何じゃ?」
「近日中に、首都カシウスから私を探してこの村に来る人がいると思うんです。その人に今から書く手紙を渡してください」
「そんなことならお安いご用じゃ」
シーナはペンと便箋をもらうと、何やら手紙を書き始めた。それを封筒に入れて封をし、ゼイリーに手渡す。
「それでは、これを」
「うむ、分かった」
「じゃあ、そろそろ出発しようか」
ラックがジール、シーナ、ノクトの三人に声をかけた。
「ああ、そうだな」
「行きましょう、しばらくは私がナノを抱いて歩くわ」
「俺、村から出るのは初めてだ。楽しみだな」
こうして新しい仲間、伝説の剣士カシウスの子孫であるノクトを加え、四人はノキリの村を後にした。
首都カシウスから、第二旅団の副団長ガイル・シモリスが王宮の使者としてノキリの村にやってきたのは、その翌日のことだった。ガイルはゼイリーからシーナの手紙を受け取り、それをタイラー王に届けた。
そこにはこう記されていた。
国王陛下、王妃様、ダン王子へ
お久しぶりです。お元気ですか?
私はノキリの村で、実の父と母のことを知りました。
二人ともこの国の生まれではなかったようです。
今日、私たちは村人たちを危険な目にあわせてしまいました。
これ以上村の人たちに迷惑をかけたくないので、ここを発ちます。
でも私は大丈夫です。
あの日、国王陛下とお別れした後、私に初めて人間の友達ができました。
王宮を出て初めて見る世界はとても楽しくて美しく、驚きに満ちあふれています。
一度は死を覚悟した身ですが、今では陛下に助けていただいたことを心より感謝しています。
私の素性がばれて王国にご迷惑をおかけすることはしないと誓います。
最後に一言だけ言わせてください。
お父様、お母様、これまで育ててくれて本当にありがとうございました。
あなた方の娘 シーナより