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七の王国  作者: 毎留
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第四章 ノキリの村(3)

 村のはずれにある小道をのぼって丘を越えると、いくつかの墓標が見えてきた。その多くはこのあたりで伐採ばっさいされた木で作られているため、古いものは木が腐り、そこに刻まれた文字が読めなくなっている。ラックたちが近づくと、なにやら小さな動物たちが墓標の間を走って逃げていった。

 ゼイリーは墓地のはずれにある、文字のかすれかかった二つの墓標の前で立ち止まった。

『王国暦511年 ナイード・ユモイニー ここに眠る』

『王国暦511年 セセリア・ユモイニー ここに眠る』

 そこには、そう記されている。

「これが、私の本当のお父さんとお母さんなんだ」

 シーナは墓標の前でひざまずくと、両手を合わせて祈った。ラックとジールもその後ろに立ち、黙祷を捧げる。小鳥たちの鳴き声と風の音だけが聞こえていた。

 どれくらい時間が経っただろうか? 

 シーナが、涙で濡れてやや腫れぼったくなった目をラックとジールに向けた。

「ありがとう、つきあってくれて」

「いいよ、気にするな。それよりもこれからどうするんだ? まだ例の使者はこの村に来ていないみたいだけど」

「そうね、見たところ宿もなさそうだし」

 それを聞いたゼイリーが両手をぽんと叩いた。

「そう言えば、お前さんたち今晩泊まるところもなかろう。うちに泊めてやれたらよいのだが、あいにくそんなに広くない。ナイードさんとセセリアさんが住んでいた家が残っているから、そこに泊まったらどうだね?」

「ええ、そうします」シーナの表情がぱっと明るくなった。

「そこが私の生家……」

 不意にその足が止まる。

「どうした、シーナ?」ラックが声をかけた。

「あれを見て」

 シーナが指さす先には、苔むした古い石板が立っていた。そこには何やら見たことのない文字が書かれている。

「古代ネリシア王国の文字よ。どうしてこんなところに?」

 シーナは石板に近づくと、その表面にある苔や汚れを取り払った。そして最初の一文を読み、その表情が変わる。何かに取り付かれたかのように石板の汚れを落とし、熱心に解読しているようであった。

「お前さん、この文字が読めるのか?」

 ゼイリーが驚きの声でたずねる。

「はい、そういう教育を受けてきたので」

 シーナは言葉を濁したが、ラックとジールにはそれが王女としての教育のことだと分かった。

「それで、なんて書いてあるんだ?」

 ラックがシーナの背後から尋ねると、シーナはかなり戸惑った様子で振り返った。

「それが……」

「どうかしたのか?」

「ラック、あなたのことが書かれているみたいなの」

「何だって?」

「驚かないで聞いてね」

 シーナはそう前置きしてから、石板の文字を読み始めた。

「私は剣士カシウスの言葉を後世に託す者なり。王国暦248年、リファ・セイザールがイエローサ王国を建国する。王国暦419年、リューネ・ディルマーがレッディード王国を建国する。王国暦528年、ラック・ハイモンドがこの地を訪れる。汝、漆黒の破壊神の計画を阻止せよ」

「え?」ラックが絶句する。

「本当にそんなことが? これはいつからここにあるんだ?」

「それは私にも分からないわ。でもたしかにそう書かれているの」

「少なくとも、わしが子供の頃にはあったよ。内容は知らなかったが」

 ゼイリーがうなるように言った。

「カシウスはグリンピア王国が建国された当時の人物だろ? 今は王国暦528年だ。カシウスは500年以上前から、ラックが今日ここに来ることを知っていたのか?」

 ジールも動揺を隠せないようであった。

「それにイエローサとレッディードに関する記述も史実どおりよ。カシウスにとっては未来の出来事だったはずなのに」

「カシウスは予知能力を持っていたのか?」

 ラックが不思議な石板を凝視ぎょうししたまま呆然ぼうぜんとつぶやいた。

「漆黒の破壊神はカシウスとカーウィン王によって倒されたはずよね。でもその計画を阻止せよってことは、いつかまた蘇るかもしれないってこと?」

 みな、困惑の表情を浮かべていた。そこに更なる事態が起こる。

「大変だ。レッディード軍が攻めてきたぞ」

 ノクトが丘の向こうから走って来るのが見えた。



 すでに多くの村人たちは後ろ手に縛られ、村の中央にある広場へと集められていた。兵士たちが、残りの村人がいないか家屋の中を調べている。総勢二十人ほどのレッディード兵たちにとって、女子供を含めて百人たらずの小さな集落を制圧することは極めて容易だったに違いない。

 ラックたちは丘の上で息を潜めて、その様子をじっとうかがっていた。

「ここの村人が、これと同じペンダントを持っていると聞いた。隠さずに出したほうが身のためだぞ」

 真紅の鎧をまとった兵士の一人が声を張り上げた。レッディード王国最精鋭部隊、赤いトラ隊長イギス・ダンサンである。その手には、ラックが持っているのとよく似たペンダントが握られていた。

「あいつら、こんなところまで」ラックが唇をかんだ。

「きっとあれが六年前、レッディードに奪われたペンダントね」

 シーナも悔しげにイギスをにらんでいる。

「でもこの村にあるペンダントというのはラックが持っているものよね。どうしてレッディードがそれを嗅ぎつけたのかしら」

「さあ、分からん。この村でペンダントのことを知っているのはわしとノクトの二人だけじゃ。お前さんたち、どこかで他言はしていないだろうな?」

 ゼイリーが疑いの目を向けてきた。

「していません」

 ラックがかぶりを振った。厳密には嘘になるが、ペンダントのことを話題にしたのはこれまでの道中で一度きりである。あの場にいたタイラー王がレッディードに肩入れして、シーナが暮らしていくことになるこの村を襲わせることはあり得なかった。

 それならイエローサ王国の軍師リューイは?

 あの時のタイラー王との会話の中で、ラックがオリハルコンのペンダントをこの村の者からもらったことを聞かれている。ラックたちがこの村を目指すことも知られている。しかし彼はそれと似たペンダントがもともとグリンピア王室にあり、今はレッディードに奪われたことを知らないはずだ。そして何より、リューイがティーナ姫を歴史の表舞台から消したがっている以上、シーナに同行しているラックの所持品に関する情報をレッディードに流すメリットがない。そんなことをすれば、ティーナ姫の生存をレッディードに気づかれてしまうだけである。

「本当に心当たりがありません」

「そうか。じゃが実際のところ、奴らはこの村の人間がペンダントを持っていると思っている。少なくとも一つは奴らに渡すしかあるまいて」

 ゼイリーがため息をついた。

「少なくとも一つ? 俺が持っている以外にも別のペンダントがあるのですか?」

「うん、ここにあるよ」

 ノクトが服のポケットからペンダントを取り出した。

「じいちゃんから聞いたと思うけど、僕たちはカシウスの子孫なんだ。そして代々、カシウスゆかりの品として二つのペンダントが伝わっていたんだよ。六年前、じいちゃんがラックにあげたのはそのうちの一つさ」

 それは彼の一族が五百年以上にわたって隠してきた秘密だった。他の村人たちにも言わず、一族で秘密を守り抜いてきたため、国歌にも歌われるとおり、誰もカシウスの行方を知らず、ペンダントの存在に気づかれることもなかったのだろう。

 しかし今はその隠された史実に思いをはせている場合ではなかった。さしせまった問題として、レッディード軍が探しているペンダントをどうするか考えなければいけない。

 ラックは村の安全のためなら自分が持つペンダントを奴らに渡しても良いと思ったが、それを誰が持っていくのかが問題だった。

 彼自身はイギスに命を狙われているし、ここで戦っても勝ち目はない。カチェの村では目撃者が少なかったため、イギスの気まぐれで殺されずに済んだだけだ。これだけ多くの人が見ている前で遭遇すれば、イギスは獲物を逃したという汚名を着せられないために、全力でラックを仕留めに来るだろう。ジールが姿を見せても、近くにラックがいることをイギスに知らせるだけだ。シーナは行方不明になったティーナ王女として、レッディードから身を隠している。となるとゼイリーかノクトだが、事情を知らない彼らにそれを頼んだら、自分たちが卑怯な臆病者になってしまう。かといって五人揃ってこのまま隠れているわけにもいくまい。

「どうした? 隠すと、ためにならないぞ」

 イギスが大声を張り上げ、右手で他の兵士に合図をした。それを見た兵士は、手にした松明で近くの家に放火した。次第に火が燃え広がっていく。

「ああ、やめて!」

 村人の一人が悲鳴を上げたが、レッディードの兵士に蹴られて地面にいつくばる。

「あいつら」

 ラックが腰の剣を抜いて立ち上がろうとするのを、ジールが引き留めた。

「だめだ、お前はあいつらに狙われているんだぞ」

 それを聞いていたノクトが、突然立ち上がった。自分が持っていたペンダントを右手で差し出し、丘を下りていく。

「お前たちが探しているのはこれか?」

「ほう、お前が持っていたのか。名を何と言う?」イギスが尋ねた。

「ノクト・イワラームだ」

「よし、ノクト。それを我々によこせ」

「いいだろう」

 ノクトは少し離れた場所から、イギスにペンダントを投げつけた。

「だからもうこの村から立ち去れ」

「残念ながらそうはいかん。我々はこの村にペンダントが二つあると聞いたのだ」

「……それはもうない。六年前に見知らぬ人間が持ち去ったんだ!」

「くだらない嘘はつくな」

 イギスはその言葉に耳を貸さず、近くにいた村人を蹴り上げた。

「やめろ、嘘じゃない」

 ノクトが叫びながら、その右手をイギスに向けて伸ばす。

 同時にイギスの周囲が一瞬暗くなり、すさまじいばかりの重力があたりを襲った。イギスはとっさに片膝と両手を地面について耐えたが、周りの兵士二人がそれに巻き込まれ、転倒したまま動けなくなる。

「もしや貴様もデルタイの使い手か?」

 イギスがその剣を抜いた。しかしノクトは自分が何をしたのかわからず、その場に立ち尽くしていた。まるで、六年前のラックのように……。

「このままだとノクトが危ない。ジール、助太刀を頼むぞ」

 ラックが腰の剣を抜き、丘の陰から飛び出した。

「くらえ、フレイム・ドラゴン!」

 その剣先から炎のドラゴンが生まれ、イギスに襲いかかる。

「なに?」

 イギスはとっさにトルネード・ロールを放ち、それを打ち消した。

「へへ、やっぱりあいつ、強いぜ」ラックが苦笑する。

「ニャー」

 シーナの横にいたナノが突然飛び出し、チーターに化けると猛烈な速度でイギスに襲いかった。

「他にもいたのか」

 イギスはギリギリのところでナノをかわし、剣で切りつけた。ナノの腹から血が飛び散り、その場に倒れこむ。

「ナノ!」シーナが小さく声を上げた。

「貴様ら、まとめて消えてもらうぞ」

 イギスがラックたちのほうへ歩み寄るのを、ジールは見逃さなかった。村人たちを巻き込まないため、この瞬間、この角度になるのを待っていたのである。

「今だ、アース・インパルス!」

 砂ぼこりを上げながら、衝撃波が地面の上を駆け抜ける。予期せぬ攻撃の連続に、さすがのイギスも反応が遅れた。それでも直前で身をかわそうとしたが、イギスの逃げる方向に炎のドラゴンが襲いかかった。ラックが第二波を放ったのだ。

「ち!」

 イギスはとっさにトルネード・ロールを放ったが、体勢が不十分でいつもの威力はない。力負けして、その体が後方に吹き飛んだ。

「もう一度食らえ!」

 更にノクトがイギスに向けて右手を伸ばした。砂埃が早送りで下に落ち、その場に強い重力がかかったのが見て取れた。イギスがうなり声を上げる。

「お前らもくらえ!」

 ノクトが残りのレッディード兵たちに右手を向けると共に、数人の兵士が倒れこんだ。

「そこまでだ」

 まだ続けようとするノクトをラックが止める。

「どうして止めるんだよ?」

「もう勝負はついた。俺たちデルタイの使い手三人を相手にして、残りの兵士たちに勝ち目はない。これ以上むやみに相手を傷つけるような真似はやめるんだ。それよりも今は火を消すのが先決だろう」

 ラックは残りの兵士たちに向かって叫んだ。

「レッディードの奴ら、負傷した兵士を連れて立ち去れ。ここは俺たちの勝ちだ」

「なんだと」一部の兵士たちが殺気立つ。

「やめろ!」

 イギスの声が響いた。驚いたことにあれだけの攻撃を受けながら立ち上がり、歩き出している。しかしさすがにその足取りはおぼつかない。

「今回は負けを認める。まさかデルタイの使い手がこんなにいるとは思わなかった。ここはいったん引くぞ」

 その言葉にレッディードの兵士たちがしぶしぶ従い、撤退を始めた。

「この村にあったもう一つのペンダントは俺が持っている。だけど俺たちはすぐにこの村を離れるから、後でもう一度来ても無駄だぜ」

 ラックがイギスに自分の持つペンダントを見せつけた。イギスはそれを横目で確認したが、他の兵士に肩を貸されながら無言で立ち去っていく。

 解放された村人たちが家に燃え広がった火の消火活動に入り、ラックとジールもそれを手伝った。シーナはナノに駆け寄って介抱を始める。どうやら深い傷ではなさそうだ。

 平和だったノキリの村は、突然の襲撃の余韻よいんを残し、まだ人々の不安と喧騒けんそうに包まれていた。

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