第四章 ノキリの村(1)
翌日、三人はシーナが襲われた場所の近くにある交易都市ビャンマに来ていた。
ここはレッディードやイエローサとの国境にも近く、多くの人と物が行き交うグリンピア第二の都市でもある。自治の発達したこの町は、高さ30プース(9メートル)はあろうかという堅牢な外壁で取り囲まれており、首都カシウス以上に様々な衣装を着た各地の人々であふれ、国際色豊かな雰囲気を醸し出していた。
それが幸いしてか、高価なドレスを切り裂いた不自然な格好で、ラックとジールにはさまれながらうつむき気味に街を歩くシーナの姿にも、周りの人々はあまり関心を示さなかった。タイラー王からいただいた金貨があるので、しばらくのあいだは金銭面で困ることもない。
シーナはまず衣料店に入り、ノキリの村がある王国東方の民族衣装を数着購入した。麻でできたブラウスと膝上までのスカート、腰には牛革のベルトをしめ、色とりどりの石でできたネックレスを二重にまとう。ヤクの革をなめした帽子を耳が隠れるまで深くかぶり、綿を詰めた正方形の布を半分に折り、肩の上から羽織る。この格好なら東方の田舎娘にしか見えず、シーナの正体に気づかれる危険性はぐんと減るだろう。
ラックとジールは長旅に必要な装備品を整え、その足として馬を買おうとした。しかしなぜかシーナのかたくなな反対にあい、その調達をあきらめて荷車だけを購入することになった。
夜は安宿に泊まり、それぞれ桶一杯の水を用意してもらって沐浴を済ませた。シーナの沐浴には長い時間がかかり、ラックたちはその間に夕食の調達に向かうことにした。
川魚とジャガイモと香草の煮込み、マトンのスープ、ライ麦パン、野菜のピクルスを買いこんで宿に戻ると、シーナの姿が三階の屋上に見えた。松明の明かりに照らされ、上気した顔で町の眺めを楽しんでいる。
「おーい、シーナ」
ラックたちが手を振るとシーナもそれに気づき、人目を忍んで身を隠しながらも手を振り返した。
せっかくなのでラックたちも屋上に上がり、星空のもとで買ってきた料理を広げることにする。シーナは初めて見る庶民的な料理に戸惑いながらも、楽しんでいる様子が見て取れた。人は、普段自分達が食べている料理を初めての人が楽しんでいる場面に居合わせると、なんとなく嬉しくなるものだ。打ち解けたシーナとのあいだで思わず話が弾む。
空にはネコ座、スクーター座、ヒマワリ座など、数多くの星々がひっそりと輝いていた。
その翌朝。まだ夜が明けたばかりであり、交易都市ビャンマの目抜き通りは閑散としていた。前日の午後にあれだけ多くの人で溢れていたのが嘘のようだ。それでも時おり、多くの商品を載せた荷馬車がさまざまな方向に駆けていく。あまり人目につかずに町を離れられるよう、三人は眠い目をこすりながらこの時間に宿を後にしたのである。
「ナノ、町の外に出たらよろしくね」
シーナに背中をなでられ、黒猫のナノが甘えたような鳴き声をあげた。
「猫に何を頼むんだよ?」
三人分の荷物を載せた荷車を引くラックが呆れたように言った。
「それは城壁の外に出てからのお楽しみということで」
シーナがいたずらっぽく笑った。そしてしばらく行ったところで周りに人がいないのを確認し、何やら話しかけると、黒猫だったナノの姿がフタコブラクダに変わる。
「これ、魔法か?」
驚きの色を隠せない二人に、シーナはこともなげに言う。
「私のデルタイはナノや動物たちと会話する能力で、ナノのデルタイは変身能力なの。だから私はナノにスパイになってもらうことで、ティーナ姫暗殺計画を事前に知ることができたのよ。さあ、出発しましょう」
「いや、待ってくれよ。一人一つデルタイを持っているのが当たり前のように言われても」
「だってラックはフレイム・ドラゴン、ジールはランド・インパクトというデルタイを持っているでしょ。それなら私たちも持っていて当然じゃない?」
シーナが首を傾げた。それが、他人が持っているものは自分も持っていて当たり前という王族特有の価値観なのか、単に天然なのかは分からない。いずれにせよこれ以上は会話がかみ合わない気がして、ラックは面倒くさそうに自分の髪を右手でかき回した。
「ああ、もうそれでいいや」
それを見たシーナはくすっと笑ってから、ラクダに変身したナノの前足をなでた。ナノが前足、後ろ足の順に折り曲げ、その体を地面につけるとまたがるのにちょうどいい高さになる。
コブの合間にシーナが左向きで座り、ラックとジールはラクダが引くように取り付けられた荷車に座った。
「少し重たかったかしら?」
シーナがつぶやくと、ナノは首を横に振った。そしてゆっくりと立ち上がり、しっかりした足取りで歩き始めた。人が歩くよりは断然早いし、少し揺れるが思っていたよりは快適である。もともとラクダはイエローサ王国の砂漠地域で飼育されている家畜だが、道行く人も特に珍しがることはなかった。
ラックは今後の目的地についてシーナにたずねた。
「シーナ、ノキリの村ってどんなところか知っているか?」
「私は生まれてすぐにカシウスの孤児院に預けられたみたいで、ノキリの村のことは覚えていないの。でもレッディードの国境に近い山脈のふもと、湖畔の村だと聞いたことはあるけど」
「そこにカシウスの子孫が住んでいるかもしれないんだな」
「あなた、陛下の前でもそんなことを言っていたわね」
「そうなんだ。六年前の豊穣祭の夜、俺にこのペンダントをくれた老人がいて、自分の先祖はカシウスだと言っていたんだ」
ラックは炎のように燦然と輝くオリハルコンのはめ込まれたペンダントを目の前に吊るした。
「ところでシーナはこのオリハルコンっていう宝玉について何か知っているのか?」
「ええ、オリハルコンは古代ネリシア王国で作り出された希少性の高い金属なの。現在はその製法すら失われてしまったけど、グリンピア王室にもオリハルコンのはめこまれた二つのペンダントが代々伝わっていたのよ」
「だから陛下はこれを見てすぐにオリハルコンだと気づかれたんだな」
「そうね。でも六年前の豊穣祭の夜、レッディード軍によって聖剣とともに奪われてしまったの」
「え、まさかこれが?」
「いいえ、全体のデザインが違うから別物だと思うけど、ラックの話が本当だとしたら、よく似たペンダントが代々グリンピア王室とノキリの村の双方に伝わっていたことになるわね」
そう言われて、ラックは王国の建国伝説を思い出した。漆黒の破壊神を倒した剣士カシウスとグリンピア王国の初代カーウィン王は朋友だったとされている。二人が何らかの理由でよく似たペンダントを持っていたとしても不思議ではなかった。
「グリンピアの国歌にもなにかヒントがありそうだな」
「ええ」とシーナがうなずく。
「彼は永き旅の果てに真実を知り、希望という名の力を手に入れた。炎をまとった聖剣の一振りは、漆黒の破壊神から祖国を救った。カーウィン王と共にこの地を救った伝説の戦士の名はカシウス。我らは彼の帰還を待ち望んだが、彼の行く先を知る者はいない」
「そう、それだ。国歌ではカシウスがどこかに行き、帰ってこなかったことになっているけど、カシウスの一族は代々ノキリの村に隠れ住んでいたのかもしれない」
「でもどうして彼らは五百年以上ものあいだ、カシウスの足跡を隠していたのかしら」
「まだ俺たちの知らない秘密がたくさんあるのかもしれないな。ノキリに行けば何か分かるかもしれない」
「そうね、私の故郷はどんな場所なんだろう」
シーナが遠くの空を見上げた。ラクダの背に揺られ、栗毛色の長い髪が規則正しく揺れていた。




