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七の王国  作者: 毎留
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最終章 約束の大地(3)

 ホワイティア王国暦526年、首都カシウス。

 そこは、この惑星アララトに唯一存在する王国の、政治と経済の中心地である。目抜き通りには多くの人や馬車が行き交い、店先には遠い地方で作られた飾り物、タペストリー、サトウキビから作られたこの地方特有の甘いお菓子、新鮮な肉や野菜、チーズ、パンなど、さまざまな品物が並んでいた。

 あたりにはヤギの乳から作られたチーズの独特な臭いがたちこめ、親に買ってもらったお菓子を手にした子供たちが楽しそうに駆けていく。

 その賑やかな大通りを二人の少年が歩いていた。一人はやや黒みがかった金色の髪に深い紺色の瞳をしており、もう一人は大柄で、黒い髪を短く刈りあげている。

 ――そう、ラックとジールである。彼らはこの歴史でも生を受けていた。

「あーあ、いよいよ来週か。気が重いな」

 十六歳のラックは両腕を頭の後ろに組みながら口を尖らせた。それを見ていたジールが笑う。

「お前はイギスさんのこと、苦手だからな」

「あの人、教え方が厳しいんだ」

 イギスとは、「北方のバラ」と異名をとる美しい文化都市、パルタスに住む剣士の名前である。ラックの父ロイズの弟子であり、ラックにとっては師匠のような存在だった。そのイギスが来週、秋の豊穣祭にあわせて、およそ半年振りにカシウスを訪れる予定になっていた。

「まあ、みっちりしごいてもらえ」

 ジールはやたら嬉しそうにラックの肩を小突いてくる。

「ちぇ、他人事だと思って」

 ラックは顔をしかめてから、ふと足を止めた。

 いつの間にか二人は王宮前広場に差しかかっていた。広場の東側には高さ20プース(6メートル)はあろうかという王宮の外壁がそびえ、北側には大理石で作られた幅の広い階段があり、小高い山の上に作られた神殿までまっすぐに伸びていた。乾いた山肌の頂上にたたずむ白亜の神殿は、雲ひとつない青空をバックに神々しい輝きを放っている。

 王国の開祖カーウィン王の時代に建てられたとされるその神殿は、「テラノム・サーサスール」という名前で呼ばれていた。現在、その内部はまったくの空洞だが、いつの日かそこに異世界からの使者が訪れるであろうとの言い伝えがある。ただその日のためだけに、神殿は何百年もの間、この場所に存在し続けてきたのである。

 だがそれがいつどのような形で実現するのか、ラックには知るよしもなかった。



 首都カシウスから2000スタディオン(360キロ)離れたところに、ノキリという小さな村がある。

 村の北側には美しい水を湛える湖面が広がり、その彼方にそびえる山脈の倒立像を映し出していた。村には木材を組み合わせて作られた小さく質素な家屋が点在し、その軒先には冬の到来に備えて様々な野菜が干されている。

 秋も深まり、すでにこの地方の風は冷たい。

 十六歳のシーナ・ユモイニーは、母親から頼まれた水汲みをするために、大きな桶を持って湖畔へと来ていた。彼女の父ナイード・ユモイニーは、パルタスに住む貧しい家の出の剣士であり、一方の母親は南西の砂漠地帯に生まれた貴族の娘であった。お互いの両親に結婚を反対された二人は、駆け落ち同然でこの村に移り住み、その二年後にシーナが生まれたのである。しつけに厳しい父とおっとりとした母、シーナはこの二人が大好きだった。

「ふう、冷たい」

 シーナがかじかむ両手に息を吐きかけながら水をんでいると、後ろのほうで人の気配がした。まだ朝も早いこの時間、彼女とここで出会う人物といえば、近くの家に住む十歳の少年しかいない。

「おはよう、ノクト」

 シーナが振り返った。だがそこに立っていたのはノクトではなく、真っ黒なローブを着た見知らぬ女性だった。その胸元には炎のように燦然さんぜんと輝く不思議なペンダントが光り、腕には黒い猫が抱かれている。

「あ、ごめんなさい。人違いだったみたい」

 シーナは慌てて訂正してから、首をかしげた。

「でも、あなたはどうしてこんな辺鄙へんぴな村に来たの?」

「昔、ある人とここで再会する約束をしたからよ」

 女性が微笑んだ。とても優しそうな人である。

「この村の人と?」

「私もよく知らないけど、きっとそうね」

「私はこの村に住むシーナ。あなたの名前は?」

「私の名前はマイヤ、そしてこの黒猫はナノという名前よ」

「ふーん、少し変わった名前ね。ところでその黒猫、私にも抱かせてもらえる?」

「ええ、どうぞ」とマイヤが答えるより先に、ナノはシーナの腕の中に飛びこんできた。

「暖かくて、かわいい」

 シーナが満足げな表情を浮かべ、ナノの背中を撫でた。ナノはその腕の中で気持ちよさそうに丸くなっている。

「シーナ、あなたはこの村に住んでいるの?」

「ええ、そうよ。でも来年、首都カシウスに行く予定なの」

「カシウスに?」

「実は村の外れに石板があってね。そこには不思議な文字で何か書かれているの。私はそれを読めるようになりたくて、カシウスに行けば、きっと何か知っている人がいるんじゃないかと思っているの」

「不思議な文字? そこに私を案内して欲しいのだけど」

 マイヤはその話に興味を示したようである。

「ええ、いいわ」

 シーナは水を汲んでいた桶をその場に残し、ナノを抱いたまま歩き出した。

 村のはずれにある小道を上って丘を越えると、いくつかの墓標が見えてくる。その多くはこのあたりで伐採された木で作られているため、古いものは木が腐り、そこに刻まれた文字が読めなくなっていた。そしてそこから少し離れた場所に、苔むした古い石板が立っていた。

 そこにはシーナの言う通り、この星の文字とは異なる文字が刻まれていた。石板を見つめるマイヤが再び優しそうな笑みを浮かべる。

「ねえ、マイヤ。こんな小さな村だと、同年代の女友達もいないの。良かったら私と友達になってよ」

「ええ、もちろん」

 シーナの申し出に、マイヤは笑顔のまま答えた。

 上空では、自らの羽で空を飛ぶソドとメルネが二人のやり取りを遠巻きに見守っている。メルネが石板に眼をやると、そこには彼女たちの故郷である惑星アンゴルモアの言葉でこう記されていた。


 私たちは剣士カシウスと、その言葉を後世に託す者なり

 王国暦526年、背中に羽を持つ者たちがこの地を訪れる

 彼らは私たちの古き友であり、この大地での再会を約束した

 そう、これは予言ではなくて約束である

 グリンピア王国

 イエローサ王国

 レッディード王国

 ネリシア王国

 アトランティス王国

 アンゴルモア王国

 ホワイティア王国

 七の王国に幸あらんことを

     (了)

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