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七の王国  作者: 毎留
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最終章 約束の大地(2)

 そして半年が過ぎた。

 ノキリの村の北側には美しい水を湛える湖面が広がり、その彼方にそびえる山脈の倒立像を映し出している。

 太陽は雲に隠れ、あたりに吹く風は冷たいが、春の到来を告げるかのように小鳥たちがシーナの周りでさえずっていた。かつて彼女は動物や鳥たちと会話するデルタイを持っていた。今ではその日々を懐かしく思うこともある。

 ラプラスとの戦いが終わったあの日、シーナたちは雪に閉ざされた大地に一人とどまるマイヤに別れを告げ、リゼールたちの手を借りてこの島へと戻ってきた。そしてその数日後にキストの遺体を埋葬してから仲間たちと別れ、ここノキリの村へと移住してきたのである。

 純朴な村人たちは、突然訪れたシーナを村の一員として快く受け入れてくれた。廃屋の一つを改修して住み着き、村の人々と共に最初の冬を過ごし、ようやくここでの生活にも慣れてきた。王宮の豪奢な生活とは程遠い質素な暮らしであり、寒村なりの苦労も多い。それでも自分の生まれ故郷であるこの村から離れようとは露ほども思わなかった。

 湖水を汲むために桶を入れると、近くにいた小魚が慌てて逃げていく。その動きをすっと目で追えるほどに水は澄んでいた。

 水を汲み終わり、シーナは腰を伸ばしてから振り返った。少し離れた木陰に人影が見える。軽やかに踊る木漏れ日がきらきらと落ちていて、ここからでは相手の顔がよく見えない。しかしシーナは、その黒みがかった金髪とシルエットに見覚えがあった。

 二人はどちらからともなく歩み寄った。やはりその人物はラックにしか見えない。でも本当に彼女の知るラックなのか、永い時の中で同じ想い出を共有した人なのか、その確信が抱けなかった。

 ためらうシーナより先に、相手が声をかけてきた。

「シーナだろ? 久しぶりだな」

 それは間違いなくラックの声である。シーナは水の入った桶を下におき、ラックの元へと駆けよった。

「ラック、無事だったの? 今までどこに?」

「実はさ、あの時ラプラスが放つ黒い霧の向こうにシーナの姿が見えたんだ」

「え、それはどういうこと?」

「あの黒い霧に吸いこまれたら、遠い時空のどこかに飛ばされてしまうだろ。でもその向こうにシーナの姿が見えて、ああ、俺はこの黒い霧に呑みこまれても大丈夫だ、きっとまたシーナに会えるって思ったんだ。だから捨て身のつもりで全力の攻撃を放つことができた。そして気付いたら満身創痍の状態で、カシウスの近くにある森の中に倒れていたんだ。でも近くにアルマニオンの聖剣はなかった。もしかしたら俺の身代わりになって、遠い時空のどこかに飛ばされたのかもしれないな。何となくだけど、あの聖剣が俺を助けてくれたような気がするんだ。それからはカシウスの城下町で治療を受けて、体力が回復するのに時間がかかって、キストさんの墓参りを済ませてから、今日ようやくこの村にたどり着いたんだ」

「でもどうしてここに来たの?」

「もちろんここに来ればシーナにえると思ったからさ。俺たちは再びここで巡り会う。言葉にしたことはないけど、永い旅の中でそう約束しただろ?」

 その言葉を聞き、シーナの瞳がうるんだ。

「私、こんな結末を望んでいたの。……私は王族でなくていい。その代わり、あなたと一緒に暮らしたい」

 それは、かつて女王ネリシアがカシウスに言ったのと似て非なる言葉であった。幾多の出会いと別れを経て、今ようやく二人は約束の大地へとたどり着いたのである。

 ちょうどその時、雲のすき間から太陽が現れ、春の暖かい日差しで二人を包みこんだ。



 その五年後、ネリシア王国のカーウィン王子が十七歳で即位し、ソリナという女性を王妃として迎え入れた。その際、カーウィン王は「新しい歴史を築いていく」という決意を胸に、ホワイティア王国という新国家の建国を宣言した。

 そして、さらに数多あまたの歳月が流れた。

 もし神がサイコロを振るとしたら――すべての目が出る未来があらかじめ用意されており、三次元以上の広がりを持つ時間の内で共存しているのかもしれない。

 その無数にある可能性の中で、人はどのような未来を手に入れるのか?

 それは不可抗力のこともあれば、自らの手で選び取ることもあるだろう。

 歴史とはそのような未来を選び取る作業の積み重ねによって築かれたものであり、三次元以上の広がりを持つ時間のどこかには、さまざまな別の歴史も存在しているはずである。

 しかし三次元の空間と一次元の時間しか認識することができない人類は、その中でたった一つの未来しか手に入れることができない。

 それと同様に、人類にとっての真実とはこれまでに歩んできたたった一つの歴史しかないのである。

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