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第11話 降臨

男は、自分ひとりが使うために用意された天幕の中で、普段使っている教会のベットよりも格段に使い勝手が落ちるベットに横になっていた。

男の上では、複数の奴隷の女が動き奉仕を続けていた。


ふと男が眼をつぶった一瞬のこと。

男の周りから感じられる気配が消えた。

先ほどまで感じていた奴隷の重さと触覚。

人がベットの上で動けば背中が普通に感じるであろうベットの動きさえも感じることができなかった。


男は眼を開く。

自分が眼をつぶったのはほんの一瞬であったはずだ。

今の自分に何が起きたのか理解できていない。

そんな眼をしていた。


男は自分の置かれた状況は知覚することはできたのだろう。

自分は今も天幕の中にいる。

体は寝ている状態だ。

何故なら男の眼には天幕の天井が見えていたからだ。


それが男が知覚できた精一杯のことだった。


体を動かすことができない男であったが、右手側でうごめく光が眼に入った。

そこでは何も無い空間に光が生まれ、その光は数を増やし、だんだんと人型へと姿を変えていた。

そして現れる杖を手にした女神。

そう創造神アハティス。

私である。


男は自分の目の前で現在進行形で起きている現象を、声も出せずにただ見ているだけだった。



「お前が創造神教主で間違いは無いか?」


私は目の前で空中に浮いている男に問うた。


男はこちらも見ずにいる。

答えようと口を動かしたそうだったが、まったく口が動いていない。

私は一瞬考えた。


私の力で男を縛っていたんだった!


ふと思い出して杖を振る。

そして男をその身を縛っていた魔力から開放した。


私は男を縛っていた力を解いた。

そのためそれまで空中に固定されていた男は、即地上に落ちた。

前触れも無く術が解けたことから、男は空中から地上に投げ出され、落ちたと同時にうめき声を上げた。

男は、


「ごほっごほっ……。」


と咳き込む。

そして一瞬口ごもるが、


「賊ぞ!衛兵よ何をしておるか!」


と怒鳴り散らした。


が何も起こらない。

当たり前である。

私の力で男がいる空間自体を切り離した。

男を別空間に置き、天幕の上だけを作った。

下は地面むき出しのままである。

周りから見えなく、男や私の声が漏れなく、そして他者が入ることができなければいいかと思い作ったのでこんなものだ。

なので、男の声に反応する者は居なかった。


「私の名はアハティス。

 そちは私を敬うと言う宗教の教主で間違いはないか?」


私の言葉に男は一瞬驚き、眼を見開く。

そして声を上げた。


「ふん、あの女の娘がのこのこ現れおったか。

 この男は既にお前の信者ではない。

 この男が敬うのは我だ。

 我に多大なる糧を、命を捧げた。

 そして我の信者となったのだ。」


あの女の娘?あの女って母様のことよね?

それよりも今の言葉って……。


「魔神なの?」


「魔神とはまた低脳な呼び名であるな。

 我はこの世界とは異なる世界の創造神。

 あの駄神である女の娘であるヌシの世界を滅ぼすものよ。」


「私の世界を滅ぼすですって?

 そんなことはさせない!」


私は魔神に杖を向ける。


「ふぬ。

 待て。

 ヌシとて世界の創造神。

 我もヌシの武勇は聞いておる。

 ヌシには唯の肉であるこの身では太刀打ちできまい。

 よって我にヌシの知恵を見せてみよ。」


魔神の言葉に私は、


「良いわ。」


と答え杖を引いた。


「我は問う。

 我が何をもってここにたどり着いたかを。

 偶然や神々の噂でここにたどり着いた訳では無い。

 とだけ伝えよう。

 この真実の答えがわかるのであれば、我が既に行った世界を滅ぼす方法を教えようぞう。」


思いつかない。

私は魔神が偶然、この世界にたどり着いたのかと思った。

どうやらそうではないらしい。

母を知り、私を知る。

私の武勇は知っている……。


はっとした。


多分今の顔は眼を大きく開いて驚いているだろう。


「魔人?」


私はつぶやいていた。


「ふむ、わかったのか。

 魔王の力は我の力だ。

 ゆえにこの世界の魔素は我の力に似ているので、見つけるのも簡単だったわ!

 ヌシが母の世界で我の使徒となった魔王を封じたもので、この世界に島を作ったからこそなのだろうが。

 それにより我にこの世界の位置を教えることになったのだ。

 そこからこの世界に渡ってきただけのこと。

 数万の年月が経っておろうが、我にとっては一瞬も同じことよ。

 まだ若いぬしにはわからぬかも知れぬがな。」


魔神はそう言うと声たからかに笑った。


「まあ、約束だから我が行ったこの世界を滅ぼす方法を教えよう。」


魔神は一呼吸置く。

そして続ける。


「我が行ったこと。

 我の力の源である悪意をこの世界に撒いただけだ。

 我がこの世界を滅ぼすために放ったものすべてを見つけることは既にできぬ。

 全ての生き物を根絶やしにすれば別だが、そんなことをヌシは望むまい。

 悪意は内に眠るもの。

 善意が生まれれば悪意も生まれる。

 それを育てるのは世界に住む者。

 我の力は、その力を少し増すもの。」


私はごくりと生唾を飲み込んだ。

魔神は続ける。


「この男にも悪意はあった。

 我が送り込んだ魔珠がこの男の元に辿りついたのも偶然ではない。

 世界でも有数の力を持つ男の悪意が、男の下に魔珠を呼び込んだのだ。

 そのおかげで本来は遠い世界にいる我の本体まで多くの糧を得ることができた。

 この男には、まだ役に立ってもらわんとな。」


驚きすぎて、私の顔は蒼白になっていることだろう。


「悪意の後押しだなんて……。

 何のためにこんなことを!」


「ヌシの母となったあの創造神が、我から愛する者、ヌシの父を奪った報いじゃ。」


「…………恋愛関係のもつれ?」


ぷっつり。


私の頭の中で何かが切れたような気がした。


「親の恋愛に子を巻き込むなぁぁぁぁぁ!」


私は、男が首に下げる魔珠めがけ力を放つ。


人間である男の体ではその力に反応できず、魔珠に私の力は当たった。


そして魔珠は粉々に砕け散り、男の体は天幕を巻き込み空に放たれた。

その反動で結界も壊れ、現実世界の天幕まで巻き込んでいた。


天幕が舞い、天幕が地に落ちる。


天幕には赤い染みが広がっていた。


そこに何事かと人が集まる。

私と天幕であったものを取り囲むように人が集まっていた。


「我が名はアハティス。

 この世界の創造神。」


私はその体に光を纏いながら、言葉を続ける。


「教主であった男は魔神の甘言にだまされていました。

 そのため、神罰を与えました。

 これまでの殺戮は、私が望んだものではありません。

 私を敬う創造神教であるのであれば、兵を引きなさい。

 そして慈愛で満ちた世界を作りなさい。」


私の言葉の途中で一人、また一人と膝を折って頭を地につけ、既にこの場の全員が低頭していた。


「道を間違えなきよう。

 さすれば私の加護は与えられましょう。」


そう言い残し、私は消えた。


そしてそこには赤く染まった天幕と、低頭する多くの人間族が残された。

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