月明かりの下で
事務的に風呂を終え、桐太はいよいよ限界だった。
ニーズヘッグにパジャマがわりのジャージを着せて、自身も寝間着がわりの短パンTシャツに着替えるとベットへと雪崩れ込む。
数秒も経たないうちに、桐太は夢の中へと吸い込まれていった。
「ふむ、人間とはだらしがないものだのう」
一連の様子を見ていたニーズヘッグはそんなことを独りごちた。
もっとも、その言葉はバイトで疲れた身体で甲斐甲斐しくもニーズヘッグの世話を焼いた桐太にとって、なんとも残酷な言葉だったが、幸いにも桐太の耳には入っていなかった。
ニーズヘッグは桐太に布団をかけ、自らも桐太の横に寝転がる。
お腹は空いているはずなのに、不思議とそれは気にならなかった。
「かれー、とやらは辛かったが、また食べたくなる味だったな。ちゃーはんとやらもうまかった。味、というのは面白いな」
ニーズヘッグは、今日食べたものを思い返していた。
桐太の用意したどれもこれもが、ニーズヘッグにとって未知の体験だった。
「今まで食べたものにも、味はあったのか。きっとあったのだろうな。何千年も生きてきたのに、そんなことすら知らなかったとは。何が『暴食の邪龍』なのだ」
そんなことを言いながらも、ニーズヘッグの顔にはどこか笑みが浮かんでいる。
ニーズヘッグは世界を喰らう暴食の邪龍だ。世界を飲み込み、世界を滅ぼし、全てを無に帰す、そんな怪物だ。ニーズヘッグは世界の生み出した悪意だ。だから、空腹はあれど満たされることはない。
それだというのに。
自覚はなかったが、ニーズヘッグは満たされつつあった。
初めて感じた優しさに。その料理の味に。暖かさに。ニーズヘッグは、まだほんの少しだが心が満たされていた。
「……魔力が少し溜まった? 今までに比べると全然食べてないんだがな……。この姿だからか? それともこっちの世界だからか? ……まぁいいか」
ニーズヘッグは魔力が溜まりにくい体質だ。食事によって得たエネルギーを魔力へと変換するのだが、かなり効率は悪かった。村や街を2、3丸ごと食べてようやく半分溜まるぐらいだ。もっとも、それでも人間の何百倍もの魔力があるのだが。
そうだというのに、今日は5、6人前の食事両で3分の1の魔力があった。明らかに回復量がおかしい。
けれど、それ以上に気になることがあった。
魔法が使えないのだ。
全くというわけではなかったが、魔法を使って元の姿に戻ろうとしても戻れないし、魔力を操るのにもだいぶ苦労してしまう。
魔力を練ると下腹部がチリチリと痛むのだ。
ニーズヘッグが着ていたジャージをめくり確認すると、下腹部に紋様のようなものが浮かび上がる。魔力を霧散させると、それはすぅっと消えていく。
「この姿になったのも、この魔法陣のせいかのう……」
ニーズヘッグは下腹部を優しく撫でる。
魔法も使えない。元の姿にも戻れない。
どうすることもできず、窓に映る月を、ニーズヘッグはただただ眺め続けた。