邪龍の起源
その昔、ある世界において1人の魔術師が編み出した究極の魔術。それは人々の負の感情、欲望の感情を吸収し、世界の安寧を図る究極の魔術。
魔術は石に封じられ、周りにある魔力を吸収し、永続的に機能する。
全部で7つ作られ、世界中に配置されたそれは、かの魔術師が生きた時代は問題なく機能していた。その時代は、戦争が起こることもなく、実に平和な世界だった。魔術師が亡くなった後も、長きに渡り魔術は動き続けることとなる。
平和な世界は世界樹を中心に発展していく。その頃には多種多様な所属が産まれ、世界中にたくさんの町ができた。世界は順調に発展していった。
けれども、平和な世界はそれまでだった。世界は平和を享受していたが、ある日その平和は崩れ去ることとなる。
まず1つ、憤怒の感情を吸収した魔術の石が壊れた。ただ壊れただけであればよかったのかもしれない。壊れた石は集めた感情と欲望、魔力を自らの身体として練り上げ、醜い化け物の姿へと変えていった。
それに続いて、嫉妬、傲慢、強欲、色欲、怠惰、暴食と全ての石が化け物、邪龍の姿へと変わるのにそう時間はかからなかった。
「それが私たち邪龍の正体。この身体は、生き物の感情や欲望を吸収して生きているの。それも際限無く、満たされることは決してない。そんな私たちを、たかが人間であるあなたがどうすると言うのかしら」
ファフニールは一頻り語った後、ずずずとお茶に手をつける。冷めてるわね、なんて文句を言いつつ全て飲み干した。タラスクはいつの間にか、勝手にお代わりを作って淹れていた。
桐太は口元に手を当てて、なにやら考え事を始めている。ニーズヘッグは俯き、何も語らない。
「ニーズヘッグのことを満たせないのなら私たちが元の世界へ連れて帰るわ。そうじゃなければ、この子の食欲はいずれこの世界を滅ぼす。そうなってしまったら、この子は深く傷ついて、せっかく得られた自我も失ってしまうかもしれない。それを未然に止めるのが、この子を拾ってくれたあなたに対する礼となるわ」
その場がしんと静まる。
ニーズヘッグはファフニールの言葉に俯いてしまう。
タラスクですら、この時ばかりはかなり真面目に桐太を見ていた。
「俺は……」
桐太は答えが出せなかった。
ニーズヘッグがいなくなるのは、桐太にとって良いことなのか悪いことなのか。なぜかわからなくなってしまっていた。
初めて出会った時は化け物だと思ったし、面倒ごとを抱えてしまったと頭を抱えてしまっていた。悩みのタネが去っていくのであれば、それはやはり良いことなのではないだろうか。
けれど。けれども。
「まぁ、今すぐ答えを出せとは言わねぇからよ。3日後ぐらいにまた邪魔するわ。ファフニールもそれでいいか?」
「勝手に決めないで頂戴? ……元々そのつもりだったので構わないのだけれど。あなたは変なところで気がきくというか……」
タラスクはまるで桐太の味方のようなことを言う。しかし、それもファフニールは織り込み済みだったようだ。
「何、今すぐに答えが出るなんて、ただの人間にゃー無理だろ。今まではどうにかなったが、化け物の世話を見るなんてこれから先何が起こるかわかんねーしな。今すぐに答えが出ないことは恥じゃないとは思うぜ?」
「だから勝手に言わないで頂戴な! とにかくそう言うことよ! じゃあ私たちはもう行くわ。タラスク! あんたももう出て行きなさい!」
ファフニールはどこか照れたような顔を残したまま、ずっと寝ていただけの少女を抱えて窓から飛び立って行く。
桐太は追いかけるように窓から外を見たが、ファフニールの姿は見当たらなくなっていた。
「じゃあ俺もお暇するわ。またそのうち来るからよ。兄ちゃん、まぁ、気張れや。ニーズヘッグも、あんまり兄ちゃんに迷惑かけてやんなよ。じゃあな」
そう言い残して、タラスクは玄関から普通に帰っていった。
ニーズヘッグと桐太だけが、その場に残るのだった。




