襲来 3
「ふふっ、そんなに身構えなくていいわよ。すぐに帰るわ」
黒いドレスの女はそう言うと、まるで呪文のような何かを唱える。それは正真正銘、魔術の呪文なのだが桐太には聞き取ることができなかった。
女が唱え終えると、ライダースーツの男とネグリジェの女は宙にぷかぷかと浮き上がる。
桐太の腕の中のニーズヘッグも重力に逆らうかのように浮きそうになるが、桐太はさせるまいとニーズヘッグの体を抱きしめ離さない。
「坊や、私はその子を回収しに来たの。坊やが離してくれないと困るのだけれど……。いえ、本当に困るのは坊やの方なのだと思うけれどね。今までその子の異常さに手を焼いていたのではなくて?」
女の言葉は、桐太も理解している。
ニーズヘッグと出会ってからというもの、このなんでも食べてしまう邪龍に、確かに桐太は手を焼いていた。
現代社会のことを何にも知らないから教えるために時間を割き、大量に食べるものだから食費は跳ね上がったし、服やなんかもいろいろと買い足さなくてはいけなくて家計は火の車だ。
かさねの紹介でモデルの仕事をするようになってからはお金の心配は多少解決したが、仕事の間のニーズヘッグのことを考えると心配で仕方がなかった。
目の前のドレスの女がニーズヘッグを引き取ってくれた方が、余計な心配をしなくても済むというものだ。
けれど、それでも。
「それでも、ニーズはお前には渡さない。わけがわからないまま、居なくなるなんてゴメンだ……!」
ニーズヘッグを抱きしめ、キッとドレスの女を睨みつける桐太。
一方でドレスの女も桐太を見る。まるで試すように。まるで舐め回すように。カエルを睨む蛇のように、執拗に桐太を見る。
そして桐太に向かって魔術を放とうとした時。
「……そこまでにしとけや、ファフニール」
むくりと。先ほどまで意識を失っていたであろうタラスクが起き上がる。
「あんた、大丈夫なのか」
「あぁ? どうってことねぇよこんなもん。人の姿取ってるから回復が遅れたけどな。ニーズヘッグのやつも起きてんだろ」
タラスクがそう言うと、桐太の腕の中からビクッと震えるものが。
ニーズヘッグだ。気絶したふりをして、いつの間にか起きていたニーズヘッグがピクリと動いたのだ。
気まずそうに目を合わせるニーズヘッグと桐太。
「ニーズ……いつから起きてた?」
「あと、その……ファフニールが『ニーズヘッグを回収したら帰るから』って言ったぐらい……から?」
「ほとんど最初からじゃねーか!」
実はタラスクも最初から起きていた。ニーズヘッグが起き上がらないからノリで気絶したふりを決め込んでいたのである。
「あなたたちね……まぁ効かないとは思っていたのだけれど」
「だっはっは! 残念だったなぁおい!」
大笑いをするタラスクに、ファフニールと呼ばれたドレスの女も呆れ顔だ。
「とにかくだ。俺はどっちかってーと、こっちの兄ちゃんの味方をするぜ。ニーズヘッグも懐いてるみたいだしなぁ」
「な、懐くとか、我を子どものように扱うな!」
桐太に抱かれたままで、そんな風に叫ぶニーズヘッグ。
ファフニールはため息をつき、窓辺から降りてテーブルの前に座る。
「あなたたち2人相手では分が悪すぎますわ。まずはそこの坊やにも事情を説明するべきでなくて?」
「それはそうだけど……お前には言われたくないぞ」
いけしゃあしゃあというファフニールに、さすがのニーズヘッグもツッコミを入れる。
ひとまず戦闘になることはない様子に、桐太は安堵した。
「それで、ニーズヘッグはいつまで抱きついてるつもり?」
「……わひゃあ!? お、降ろせ馬鹿者!」
「いつでも降りられたはずだけどね……」




