気がついて、ここはどこ?
ニーズヘッグは目を覚ました。どうやら眠ってしまっていたらしく、目を開くと澄み渡る青空が広がっていた。
「ここ……どこ?」
食べるだけ食べて空もまともに見てはいなかったニーズヘッグだったが、それでも元々いた場所の空ではないことはわかっているらしい。……もっとも、空を見てわかったわけではなく、空を覆う世界樹の葉が見えなかったからわかっただけなのだが。
考えたところでニーズヘッグには今いる場所がどこかなどわかるはずもなかった。
ニーズヘッグはそもそも腹を満たすことしか考えていなかったのだ。どこに何があって、などと考えたことなどない。あったとしても、ニーズヘッグが通った後には何も残ってないのだから。
色々考えようとはしたが、結局お腹が空いたという結論に達したニーズヘッグはひとまず起き上がろうとする。
すると、さらりと。
視界に絹糸のような白い何かが垂れ下がる。邪魔だとどかしても、それは執拗に垂れ下がる。
「なにこれ……毛?」
自分にあるはずもないものを訝しげに見つめるニーズヘッグ。
それ以外にもおかしいところはあった。
そもそも。ニーズヘッグとは巨大な白蛇だ。長く邪龍と恐れられていたが、どちらかといえば蛇である。ずんぐりとした白蛇には、髪も、手も、足も、あるはずがないのだ。
それなのにだ。
この垂れ下がる白髪はなんだ。それをかき上げた白磁のように白い肌のこの手はなんだ。立ち上がろうと力を入れたこの足はなんだ。
ニーズヘッグはわけがわからず。周りを見渡してみると、ニーズヘッグの姿を映すものが見つかった。ヒビ割れた全身鏡だったが、ニーズヘッグはそもそも鏡など知らないし、自分の姿が映るならなんでもよかった。
「これは……我か?」
そこに映っていたのは少女だった。
背は150cmほど。腰に届きそうなほどに長い髪は元々の身体と同じように白く透き通り。それを見つめる瞳は燃えるように赤かった。全体的に小柄で、髪と同じく元々の身体と同じように肌が白く透き通る。スレンダーな体型をしていたが、そもそもニーズヘッグはそのようなことは気にしてはいなかった。
それはまごうことなく人の少女だった。それも、大変な美少女だ。
邪龍とまで恐れられた自分がなぜこのような姿になっているのか。ニーズヘッグは考えたが、答えなど出るはずもなく。
それ以前に、少しだけ考えたところでお腹がきゅぅと鳴ってしまう。
以前と違って随分とかわいらしい音になってしまったが、その性質は変わっていないようだった。
ニーズヘッグは目の前の全面鏡に噛り付いた。口の中で木材がバキバキと、鏡がバリバリと割れる。
「この身体でもちゃんと食べられる……問題ないな」
物を食べる音ではなかったが、ニーズヘッグは気にしない。
ニーズヘッグが求めているのはその空腹を満たすことだけだ。故にニーズヘッグが行なっているのは、食事ではなくただの摂取である。
元の身体であったなら、口を自分の身体の何倍にも広げ一気に飲み込むことができたのに、今の身体はそれほどに口を開くことはできなかった。せいぜいその小顔の半分ほど開けるかどうかだろうか。ただの人間からすれば十二分に化け物だ。
それに、力は人間以上にあるらしく、全面鏡を全て飲み込むとすぐそばにあった自転車へと手を伸ばす。長い間放置されていたであろうフレームが歪んだ自転車を、口に放り込めるサイズに圧縮し、そのまま一飲みする。
ちょっとだけ苦労しながら食べるのが楽しくなってきたのか、ニーズヘッグはそこにある物を次々と口に放る。
何せここは粗大ゴミ置き場。
ニーズヘッグの腹を満たすことはできなくても、一時しのぎになるくらいには大型のゴミがあった。
最後に残った冷蔵庫を食べ終わると、ニーズヘッグは疲れたのかその場に倒れて眠ってしまうのだった。