食べ放題に行こう
「ほんとーにいいのか!? 全部食べてもいいのか!?」
「一応言っておくけど、皿や箸は食うなよ?」
桐太たちがやって着たのは、いわゆるバイキング形式の食べ放題だ。和洋折衷、数種類の料理や野菜類、果物にデザートが数多く並べられている。制限時間はあるものの、時間内であればいくら食べても決められた料金以上を支払う必要がない店だ。大量に食べるニーズヘッグにはまさにうってつけの店と言っていいだろう。
まだ席に案内されただけだというのに、ニーズヘッグは早くもそわそわとしている。
落ち着けと桐太は諭すが、聞き入れてもらえそうにない。その様子を微笑ましそうに見ながら、店内でのルールを店員が説明していた。
「……以上となりますが、ご不明点などはございませんか?」
「もういいか!? もういいのか!?」
「ニーズ落ち着いて……あぁ、すいません大丈夫なんで」
クスクスと笑いながら店員はその場を後にする。恥ずかしくてもうこの店には来れないぞ、なんてことを桐太は考えていた。
そんな桐太の目の前で、くっくとかさねは笑っていた。
「……何が面白いんですか」
「いやいや、なんだか君とニーズちゃんがまるで兄妹みたいに見えてね」
そうだとしたらなんて手のかかる妹なんだか。桐太はそんなことを口に出そうとして、いつの間にか居なくなっていたニーズヘッグを探しに歩く。
かさねも、自分の食べるものを選びにそれについて行くのだった。
「いやはや、これはすごいね……」
サラダをフォークで突きつつ、かさねは独りごちた。
目の前には皿のタワー。トレイ一杯に料理の乗った皿を乗せてニーズヘッグがやって来たと思ったら、皿の上の料理は一瞬で無くなってしまい、次の料理を取りにニーズヘッグはいなくなってしまった。
もう10数回は往復を続けている。かさねが最初に持って来た料理がまだ無くなってもいないのにだ。ちなみに桐太はまだ1皿も食べていない。
「そろそろ大丈夫だと思いたい……」
「お兄さんはよほど心配性だと見える」
「誰が誰の兄ですか」
かさねの中で兄妹設定はツボに入ったらしい。しばらくそれで弄られそうだ。
桐太もようやく自分の分の料理を手に席へとつく。たらこパスタをフォークでくるくると回しとると、それをそのまま口へと運ぶ。
「ほうほう、その細いのはそのようにして食べるのか」
「そうだよ。というか、ここの料理の中で皿から口へ滑り落として食う料理はないよ」
「そうだったのか」
ニーズヘッグはそう言うと、桐太を真似してフォークをパスタに突き刺しグルグルと回す。皿の上のパスタはフォークに巻かれ1つの塊となり、そのままニーズヘッグの口の中へと吸い込まれて行く。
塊を咀嚼し、ニーズヘッグは満足そうに言う。
「こうすると食べやすいな! もう一度これを食べるぞ!」
「あぁ、うん……なんかもうそれでいいよ……」
ありえない量を一口でペロリと食べるニーズヘッグを見て、桐太は諦めたように呟く。
かさねも同じように驚いてはいたが、それよりも感心の方が強いようだ。
「いやぁ、確かにこれは、暴食の邪龍なんだろうね」
「最初からそう言ってるじゃないですか」
「言われても、普通は信じないさ」
ニーズヘッグが化け物だとは聞いていた。湯呑みを噛み砕いて食べたのを見た時には、間違いなく人間ではないと思った。そして今、この圧倒的な食事量を見てかさねはようやく理解する。
目の前でもりもりと食べ続ける少女が、まさに化け物で、本人が名乗るように暴食の邪龍なのだということを。
ニーズヘッグは何のことかわからないといった顔で、皿に盛った料理を頬張り続けていた。
「なんだか料理が減った気がするのだが」
大量に持って来たアイスを頬張りながらニーズヘッグがそんなことを言う。
「……なんか、注目浴びてる?」
「……どうやらそうみたいだ」
桐太達の座るテーブルに視線が集まる。それも怒りに満ちた視線が大量に。
バイキング形式の店で1人が大量に料理を取ると、周りの人はどうなるか。もちろん料理が取れなくなる。
店内に並ぶ料理の数々を、ニーズヘッグは食い荒らしていた。調理スタッフが急いで作っても、供給が追いつかなかったのだ。
困惑する桐太の前に、最初に説明をしてくれた店員が申し訳なさそうにやってきた。
「あの、大変申し訳ないのですが、これ以上食べられると店として成り立たないので、退店して頂ければと……」
桐太達も客ではあるので店の言い分は通らないはずだが、それ以上に周りの客の視線が痛い。もぐもぐと食べるニーズヘッグと違い、彼らはお金を払ったのに食べることができないのだからその怒りはもっともだ。それをどうにかするために、店側も考えた結果なのだろう。
桐太達はその勧告を受け、しずしずと店内を後にする。
店内を出る際に、店員からこう言われた。
「あの子……できれば当店に連れてこないで頂ければと……」
食べ放題で出禁を喰らうということを、桐太は初めて経験したのだった。




