プロローグ
ニーズヘッグはお腹を空かせていた。ぐごごごごごとお腹を鳴らし、その音で近くにいた生物が死んでしまう程度にはお腹が空いていた。
ニーズヘッグはなんでも食べる化け物だ。草木はもちろん土まで食べるし、動物は丸呑みをしてしまいその場には骨の1本も残らない。湖などあれば、1度の食事で干からびてしまう。ある時には、村を1つそのまま飲み込んでしまうこともあった。そこに人がいたかどうかなど、ニーズヘッグには関係なかった。ニーズヘッグにとって人など、他よりも少し賢いだけの餌でしかなかったからだ。
蛇を太くしたような、ずんぐりとした身体を引きずって、食事を求めてたださまよっていた。化け物にあったのは、お腹が空いたという衝動だけだった。
ニーズヘッグが歩いた後には何も残らず、ただただ『無』が広がっていた。草木は生えず、動物の1匹すらも住まうことのない、ただの『無』が広がり続けた。
その世界に住む人々からは、歩く災害と恐れられていた。
ニーズヘッグがお腹を空かせて歩いた先に、それはあった。
世界を支える世界樹がそこに根を張らせ、悠々と葉を揺らせている。空を突き抜けるほどに大きなその木の根元までやってきたニーズヘッグは、ぽつりと呟いた。
「うまそうだなぁ……」
ニーズヘッグはその衝動に身を任せ、世界樹の根をかじる。
がじがじ。がじがじがじがじ。
まるで金剛石のように硬いその根はニーズヘッグの腹を満たすことはなかったが、いつまでもかじり続けられるので、ニーズヘッグはある種の満足感を得ていた。
しかし、それも長くは続かない。
いくら元が硬いとはいえ、数100年もかじればボロボロになってしまう。ボロボロになってしまったその根を後にし、ニーズヘッグは次の根をかじる。
世界樹はボロボロになったその根から、少しづつ腐っていく。
世界を支える世界樹が腐るということは、世界そのものが腐るということである。世界は腐敗し、世界に住まう生物は飢餓で苦しんだ。
始めに気がついたのは世界を管理する天界の天使たちだった。天使たちはニーズヘッグを危険なものだと判断し、排除するために攻撃を始めた。
ニーズヘッグはそれを気にせず、がじがじと根をかじり続けた。
そこへ、その世界に住まう人々も協力し始めた。ニーズヘッグが通ったことで、村ごと移らざるを得なくなった種族のものもいた。あるいは、ニーズヘッグに親戚家族を食われたものの姿もあった。
ニーズヘッグは、ただお腹を空かせていただけなのに。
ニーズヘッグを攻撃する勢いは日に増していく。そんなある日だった。
天使の放った強力な魔法がいけなかったのか。人々が放つ武器がいけなかったのか。あるいは、世界樹がなにか反応を起こしたのだろうか。
ニーズヘッグはその姿を忽然と消した。まるで、元々いなかったかのように。その巨大な身体が、すっかりと消えていた。