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「……ローゼ、ヴィンデの様子はどうだった?」

 魔王様のお部屋に入るや否や、第一声がそれだったものだから、あたしは正直イラッときた。

「まずは貴方様の為に走り回った優しーい部下に、労いの言葉でもかけてくださるのが筋じゃないんですか?」

「あ、ああ、すまない……ありがとう」

「……冗談ですよ」

 そんな、困った顔をさせたいわけじゃない。笑っていてほしいだけ、幸せになってほしいだけなのに。ああ、この人は、どうして自分から不幸になるような道を選ぶのかしら。

 魔王様が恋に生きる限り、あたしにできるのは残酷な事実を告げることだけで。それがどうしようもなくもどかしかった。

「……彼は、だいぶ口数が減っていましたが……魔王様の話題になると感情的でした。自分でも感情の整理がついていないようで、ひどく不安定で」

「そうか……」

「恐らくは、もう……」

「ああわかった。それ以上言うな。……こうなることはわかっていたのだ」

 口調こそしっかりしていたけれど、魔王様の顔は辛そうだった。冷たく寂しげで、切なげな微笑み。悲しいほどに美しい。

「私の魔力はどんな魅了魔法よりも強い……せめて、もう少し上手にコントロールできたら良かったのだが。今更だな」

「魔王様……」

 魔王として目覚めた者が有する、『闇』の魔力。全ての属性の魔法を操ることができ、そして、目があった者全ての心を魅了してしまうほどの強大な力。魔王という存在自体が魅了魔術みたいなモノなのだ。

 あたしは淫魔で魅了耐性もあるし、なにより女だったから、あたしの前では魔王様も魔力をコントロールして堕ちないようにしてくださっているけれど。

 どうにも不器用なこのお方は、惚れた男を前にしたら魔力のコントロールも忘れてしまって、相手を廃人にして、失恋して。そんなコトばっかり繰り返してた。

「そんな顔をするな。私がいけないのだ、自分の魔力もろくに操れないのだから」

「そんなことは当然でしょう!?好きな人の前で、気持ちが抑えられなくなるくらい……」

「それで魔力のコントロールを怠り、結果として、相手を無理矢理惚れさせているのだから酷い話だ」

 そう笑った彼に返すべき言葉を、私は知らない。何も言えない。

 あたしには彼の全てを理解できない。

「……私の恋は、終わるべくして存在している、ということだ」

 ああそうだ、今までだってそうだったんだ。魔王様に恋された男は、皆、その魔力に充てられて恋に落ちた。それで満足してしまえばいいのに、心優しいこの人は、男どもの気持ちを捩曲げたって悲しんで。恋しい相手に愛されれば愛されるほど、孤独を感じて苦しんでいた。

 歴代の魔王のように、不特定多数の男と交わることに慣れたり、恋愛から自分を切り離したり、そういうことができたなら悩まずに済むだろうに。……魔王になるには、この人は少し純情すぎた。

「ヴィンデには……悪いことをしたな。国で待つ者もあるだろうに」

「……『死の王子』にそんな人、いないと思いますよ」

 あの人間のどこがいいの? 同族からも憎まれているのに。魔王様を苦しめることしかできないのに。そんな気持ちが、つい、口に出てしまう。そうしたら。

「死の王子? ……なんだそれは」

「え、」

 魔王様は真顔で聞き返してきた。……もしかして、そのことすら知らずに、あいつに惚れてるの?

「……知らないんですか? 彼の通称ですよ。死に神だとか死の王子だとかって、国内外、敵味方問わず呼ばれています」

「噂は聞いたことがあったが……ヴィンデのことだったのか?」

「らしいですよ」

 ……そんなことも知らないで惚れちゃうって、どうなのよ。今更ながら、魔王様の恋愛脳には辟易する。純粋で、純情で、惚れっぽくて――年頃の娘じゃないんだから。ほんと、仕方のない人。まあ、それだから放っておけないのよね。あたしってばホント過保護だわ。

「死の王子の噂は聞いてるんでしょう。やめといた方が良いですよ、あんな男」

「何故だ?」

「もういい歳なんですから、ご自身で考えればわかるでしょう? 同族からも避けられているような男ですよ」

「それだけ奴の力が強大だ、と言う話だろう。手合わせするのが楽しみだな」

 目を輝かせて言う彼は、なんと言うか、本当に……幼い。

 ああ、この人が戦闘バカだってことをすっかり忘れていた。普通の感覚の持ち主なら引くような血生臭い話に、よろこんで食いつく男なのだ。

「……本当、幼い頃から変わられませんね、貴方は」

「ん? 何がだ」

「いつだって、色恋沙汰と戦場のことばっかりでございましょ。ウン十年付き合わされているあたしの身にもなってください」

「……すまない、これでもおまえには感謝と敬意を表しているつもりなのだが」

「謝らないでくださいな。貴方に彼氏なり旦那なりができるところさえ見れれば、あたしは十分に幸せですよ」

 思わず、溜息が出る。

「いや、本当に……おまえには世話になりっぱなしで」

「あのねえ。お姉ちゃんからしたら、手がかかる弟はいくつになってもカワイイもんなの。わかる?」

「……ふふっ、姉と言うには年が離れすぎじゃあないか?」

「失礼しちゃう! たったの10歳差でしょうが。そりゃまあ、昔はあんたのおしめだって変えてあげましたけど……」

 あの小さかった坊ちゃまが、今じゃあこんなに立派になって。あたしも老けたはずだわ。

「くく……冗談だ。昔みたいに姉さんとでも呼ぼうか?」

 悪戯っぽく笑う顔は昔と変わらない。あの方に、彼のお母様によく似た素直な笑顔。……これだから放っておけないのよねえ。

「……そもそもおまえは、母上のメイドだった。母上亡きあと、私に仕える必要などなかったろうに……こんな場所にまでよくついて来てくれたものだ」

「貴方が魔王になられた時は、まだたったの九つでしたから……。放っては置けませんでしょ。あたしの腕はよくご存知でしょう」

「ああ……私の母に仕える前は、魔王軍の幹部だったのだろう? 歴代最年少幹部の天才少女……だったか」

「あの頃はまさか、またこの城に戻ってきて、しかもこんな歳になるまで働くとは思ってなかったんですけどね」

 世の中、なにがあるかわからないモンね。奥様――坊っちゃまのお母様――が亡くなられた直後、魔王として覚醒した彼を追うように、再び魔王軍に就職して。幹部に返り咲くまでに、たいして時間はかからなかった。やがて、坊ちゃまは大人になる中で、他人を避けるようになって。城に置いておく魔物の数は減ってって……あたしが側近になったのは今から二十年くらい前かしら?

「……まったく、とんだ女だな。その容姿と体力で私より年上だなど、大抵の者は信じないだろうよ」

「アンチエイジングは頑張ってますから、うふふ。王子クンなんてあたしのこと、多分同年代だと思ってるわ」

 まあ当然よねえ、美しさだって武器になるもの。誘惑、魅了、自軍への鼓舞……使えるものは使わなくっちゃ。好きで淫魔に生まれたわけじゃあないけど、せっかくなら活用しないとね?

「くくっ、ヴィンデがおまえの実年齢を知ったら、相当ショックを受けるぞ」

「そうでもないと思いますよお? あの子、あたしに興味なさそうだし。どちらかと言うと嫌われてるんじゃあないかしら」

「そうなのか? おまえの美貌は私でも見惚れるほどだと言うのに」

「……そもそも女嫌いなのかもしれませんね?」

 それは、そうだったらいいなっていうあたしの願望。もしかしたらあいつは元々ゲイで、魔力なんかなくたって魔王様に惚れてたかもしれないって。……もしそうなら、魔王様が苦しむ必要もなくなるから。

 そんなあたしの気持ちを、魔王様は察したんだと思う。困ったように小さく笑った。

「そうだな……明日、あいつの調子が良さそうならば、試合がしたいと伝えてくれ」

「……ええ、かしこまりました」

 あーあ、結局王子クンの話か。すっかりベタ惚れじゃないの。あの子が惚れる前に手ぇ打ったつもりだったけど(あんな警告でもしないよりはマシよ)、魔王様の方が手遅れだわ、これ……。

 願わくば、この恋の痛みが少しでもマシでありますように。少しでも、坊ちゃまのお心が楽でありますように。


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