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Act.3-02

 書庫を出てからはわりかし早足で、浴場、厨房、食事用の広間、それに洗濯用スペースなどの日常生活に必要な場所を回っていった。

 途中で、朝食を運んでくる側近と出会ったので、パンを片手に城内を回る。相変わらずパンと水だけの食事に、魔王が文句をつけていた。……栄養バランスがどうのこうのと部下に説教を垂れる魔王の姿は、ひどくアンバランスで滑稽だった。ついでに言えば、文句をつけながらもちゃっかり自分のパンを要求して、自分で取ってこいとあしらわれてもいた。

 案内がてらに、この城の構造についても聞くことができた。来るときは、慣れないドレスで側近の後を着いていくのに必死で、あまり城内をゆっくりと見る余裕はなかったのだ。

 この城は全部で13階建てになっており、僕が宛がわれた部屋は12階にある。書庫や食事に使う広間も同じ階にあった。ちなみに、最初に魔王と会った部屋があるのは1階である。というか1階にあるのは、あの広間(と無駄に長い廊下)だけだった。

 魔王の話をまとめると、10~12階は魔王や側近、それに幹部クラスの魔物のための居住スペースとなっているらしい。書庫だけでなく武器庫、宝物庫のような部屋もあった。2~9階も居住スペースで、城に住み込みで働く魔物達の為のものらしい。階層が上がるにしたがって階級が高い者が住むエリアになっているそうだが、今は住み込みで働く部下はあの側近ただ一人なのだと聞いた――なにか言い難い事情があるらしいことは、表情から伺い知れた――のだ。

 ……そして、今から行く最上階には謁見の間が、屋上には闘戯場があるのだと言う。

「どちらも、勇者との決戦の為に作り上げたらしい。屋上の方は訓練にも使われている。……なんなら、私と戦ってみるか?」

「え?」

 思いもよらぬ申し出に、間抜けな声が出た。

「以前から、一度手合わせ願いたいと思っていたのだ。おまえの本気を肌で感じたい、とな」

「なっ……」

「あの美しい姿をもう一度、もっと間近で見たいのだ。……どうか、戦ってくれないか」

 まるで、愛を囁くかのように優しく、甘い声で奴は言う。

 戦いたい。より強い者と戦いたい。戦場での僕を、彼は求めてくれている。利用する為ではなくて、純粋に。それはどんな口説き文句よりも魅力的で、説得力がある言葉で。

「それに、あんな狭い部屋でじっとしていては、体が鈍ってしまうだろう? 軽い運動がてら、どうだ」

「……ふふ、魔王と戦うのを、軽い運動と言うのはどうかと思うぞ」

 自然と笑みがこぼれる。当然のように、奴との戦いを楽しみにしている自分を感じた。魔王が僕を求めるように、僕もまた、魔王を求めているのだと。強者との命のやり取りを、求めているのだと――。

「――っ、駄目だ、そんなの」

 熱に浮されたような思考が、急に、冴えた。これ以上はいけないと、僕の理性が警鐘を鳴らす。野蛮な考えは捨てろ。戦いに生きるなど蛮人がすることだ。騎士の力は、守る為のもの。戦う為の力は、戦いを求める心は捨てろ……。誰かに拒絶されてしまう前に。

「ヴィンデ?」

 毒されるな。侵されるな。魔に染まってはならないのだ。こいつは魔王だ。優しい声に惑わされるな。求めらているなんて勘違いだ。僕はこいつを欺き、倒す為にここにいる。

 心を許したら負けだ。そんなことをしたら、きっと、今度こそ僕の帰る場所はなくなるから。

「……大丈夫か、顔色が悪いぞ」

「貴様には関係ないだろう!」

 触れられた手を叩き払う。いやだ。やめろ。優しくするな。おまえに絆されてしまいそうな自分が嫌になる。

「……っ、すまない。少し、一人で休ませてくれないか? 最上階と屋上は、またあとで案内してくれ」

 ああ――、どうして僕は、こんな弁解じみた台詞を吐いているのだ。

「おまえが謝ることではない……、嫌なら、手合わせもしなくていい。だからそんな顔をするな」

 優しく頭を撫でてきた手を、なぜか、振り払うことが出来なくて。

「……私の魔力のせいかもしれんな。すまない、配慮が足りなかった。今、ローゼを呼んでこよう」

 切なげに笑った顔が、脳裏に焼き付いて離れない。

 ……また、この笑顔。どうして貴様が、そんな苦しそうな顔をしているのだ。辛いのは僕の方なはずなのに。僕は、魔法にかかったように動けなくなり、側近の女が来るまでずっと立ち尽くしていた。





 魔王は、自分のせいで僕が体調を崩しているものと思ったらしい。側近に僕のことを任せると、自室へと向かっていった。その場――12階と13階を挟む階段の踊り場だ――に残された僕は、部屋に戻る気にもなれずに座り込んでいた。

「……王子クン、さあ」

 現れてからずっと無言で突っ立っていた側近が、ふと、口を開く。

「魔王様と何かあったんでしょう?」

「……別に、なにも」

「態度見てればわかるわよ。ごまかさないで」

 刺々しさを隠そうともしない、あからさまに苛立ちと嫌悪のこもった視線が向けられる。

「……貴様の方こそ、何かあったのではないのか。そのいけ好かない態度は最初からだが――それにしても今日は酷い。仇でも見るような目をしている」

「あらま。あたし、そこまで怖いカオしてた?」

「今現在もしているが?」

「そっか……うん、そっか。でもそうかもね。うん、あながち間違いじゃないわ」

 一人で勝手にうんうん頷いている奴に、どうにも腹が立つ。

「何を一人で納得している!?」

「あ、いやね、王子クンってば意外に鋭いとこ突くじゃないって話よ。あたしが見てるのは仇じゃなくて、これから仇になるかもしれないヤツだけど」

「……は?」

 余計に意味がわからない。仇になるかもしれない相手を見ている、ということは……僕が奴の仇になりうると? それだけで、あんな憎しみをこめた目で見ていたのか? そもそも『これから仇になるかもしれないヤツ』とは、どういう意味だ……? 頭の中が疑問符で溢れ返る。

「……あんたが魔王様に深入りするなら、高確率であたしの仇になるって話よ」

「な……、ますます意味がわからないのだが」

「わからなくていいわ。……わかったところで手遅れだし」

 側近は僕のことなど構わずに、一方的にまくし立てる。

「警告だけしといてあげるけど、あまり魔王様に関わらないで頂戴ね。あんたじゃ、あの方を傷付けることしかできないんだから」

「ぼ、僕が好きで関わっているのではない、奴が来るから仕方なく……」

「拒もうと思えば拒めたのに? 魔王様は、あんたに拒否する権利だって与えたはずよ」

 鋭い目で射抜かれ、何も言えなくなってしまう。

「……あんたに、魔王様を好きになられちゃ困るのよ。そうなる前にあの方から離れて」

 懇願するような、声。切なげな瞳。去り際の魔王の顔を思い出して、はっと、思いつく。

「それは……この城の使用人がおまえしかいないことと、関係があるのか」

「え、」

「なぜ魔王を孤独に追い込む。なぜ僕と奴を引きはがしたがる? 僕が奴を傷付ける、とはどういう意味だ」

「……言っても無駄よ、わかったところで手遅れだって言ったでしょう?」

 頑なな態度の女は、間違いなく何かを隠していた。

「僕が知ってはまずいことなのか。魔王に関わること、なんだろう」

 なぜこんなにも気になってしまうのか、それは自分でもわからない。ただ知りたいと、知らねばならないのだと、思った。

 しばらく女を睨んでいると、奴は諦めたようにため息をついて。

「……どうしても知りたければ、魔王様から聞くことね。あたしから言える話じゃないから」

 それだけ言い残して去ってしまった。





 一人、とぼとぼと部屋に戻り、先程の会話を反芻してみる。

「……僕が魔王を傷付ける、か」

 それも、あの女に憎まれるような形で。一体あいつは何を危惧していたんだ? ……わからない。一切見当もつかない。深入りすれば傷付ける、とは、なんの話なのだ。

 そもそもあの女の言い分ではまるで、僕が魔王を受け入れているようではないか。そんなことは有り得ない、有り得てはいけない、のに……

「……あ、」

 瞬間、僕は気付いてしまった。右手に抱えたままだった、小ぶりの本の存在に。淡い桃色の表紙に、かわいらしい字体で書かれたタイトル。あの時、書庫で手渡されたもの。いらないと拒否することもできた。黙って元の場所に戻すこともできた。けれど、僕はそれをしなかった。

 僕は、魔王を拒否できなかった……?

「……いやっ、違う!!」

 たった一人の部屋で、僕は叫ぶ。自分自身に言い聞かせる為に。

「これはたまたま手渡されて、その存在を忘れていただけで……決して、喜んで受け取ったわけでは……」

 本当にそうか? どうして、その場ですぐに突き返さなかった?

「……奴の行動に呆れていた、から、」

 動けなかった? 返すことを忘れていた? 本当にそうか、それだけなのか、自分。

「当たり前……だ、ああ、そうさ。それだけ。深い意味なんてない。たまたま魔王から押し付けられたものを、突き返すタイミングを失って、戻し忘れていた。それだけの話だ」

 ……そうだ。だから、何の問題もない。僕は魔王に惹かれてなどいない。国を裏切ってなど、いない。

 何に対してかもわからない言い訳をしながら、本の表紙を見つめていた。





 ――昔、ある国にとても美しい女王がいた。誰もが見惚れてしまうほどの美貌を持ち、彼女に微笑まれた男は、皆、恋に落ちてしまっていた。

 国中の男が女王に求婚したが、彼女は誘いを全て断り、大きな城にたった一人で暮らしていた。

 ある日、嫉妬深い女が女王を嫉んで、彼女を殺そうと盗賊を雇う。その男は、一応盗賊を自称してはいたが、要するに金を積まれればなんでもするような人間だった。

 盗賊は、城に仕掛けられた様々な罠をかい潜り、とうとう女王の元までやって来る。しかしそこでは、あの女王が不気味な怪物を呼び出していたのだ。

 実は女王は魔女であり、人々が彼女に魅了されていたのもその魔法によるものだった。魔法で人々の心を支配して、国を治めていたのだ。

 もしもそのことがバレてしまえば、もう女王ではいられなくなるかもしれない。そう思った彼女は早速、秘密を知ってしまった盗賊に魔法をかけた。女王が好きで好きでたまらなくなる魔法だ。

 しかし、男は魅了されなかった。彼は世にも珍しい、魔法が効かない身体の持ち主だったのだ。

 秘密をばらされることを恐れた女王は、怪物を操って男を捕らえ、監禁する……。


 女王は気付いていなかったが、男に魅了が効かない理由は他にもあった。魔法などかけなくとも既に、男は女王の虜だったのである。

 気高く美しく、妖艶で、しかも自分よりも強い女。彼は一目で恋に落ちてしまった。

 その存在から、目が離せない。ただひたすらに圧倒され、言いようもなく胸が高鳴り、不思議と心の奥が暖かくなり――。



 ――そこまで読んで、僕は一旦本を閉じた。

「まさか……な?」

 まさか、そんなことがあるわけがない。一目惚れ?僕が?冗談でもありえないだろう。

 確かにあの時――魔王と初めて会った時、僕は圧倒されていた。何も言えず、奴に釘付けになっていた。謎の高揚感と暖かい感情に襲われた。けれど。

「僕が、魔王に惚れている、なんて……」

 笑いたいのに、上手く笑えない。側近の言葉がフラッシュバックする。

『拒もうと思えば拒めたのに?』

 ……だのに、僕は、あいつを拒否できなかった。

『アンタに、魔王様を好きになられちゃ困るのよ』

 わざわざ忠告をしてきたのは、僕が奴に惹かれはじめているように見えたから?

 否定したいのに、否定しなければならないのに、それができない。魔王の顔がちらついてしょうがない。

 拗ねた顔。不満げな顔。無邪気な笑顔。艶っぽい視線。優しい瞳。思い出しただけで、胸がキュッと締め付けられる。苦しいのに嬉しくて、切なくて……。

「……っ、流されるな、自分」

 気のせいだ、きっと。勘違いだ。好きになるはずがない、なってはいけない。

 ああ、やっぱりこんな本、読むんじゃなかった。ほんの暇潰しに、なんて、思うんじゃなかった。

 今日の僕はおかしい、心がざわついて仕方ない。やはり、あまり動いていないせいだろうか。そうであって欲しかった。なんだか無性に身体を動かしたい気分だった。

 戦っていれば全て忘れられる。悩みも苦しみも、全てを……。



 コンコン、と軽いノック音がして、夕食が運ばれてきた。ああもうこんな時間なのか。

 相変わらず夕食だけはやたら豪華で、牛肉らしきもののカツレツとソーセージ、それからジャガイモのスープが並んでいる。パンはやはり焼きたてだった。

「……美味い、な」

 ここまでではなくとも、もう少し朝昼もこだわってもらえればありがたいのだがな。一人、小さく笑ってパンをかじった。


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