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Decisive battle.2

 その時だった。

「……待て、ヴィンデ」

「!!」

 地を揺らすような低い声。同時に空気が歪み、淀み、邪悪な魔力が辺り一帯を包み込む。

「ま……さか……、この、魔力は……」

 息も絶え絶えなネルケも、その存在を感じとり、確信する。

 闇を纏い、魔王――クインスが姿を現していた。

「……クインス!? 貴様っ、何故止める!?」

「落ち着け、ヴィンデよ。勇者を仕留めるのは我が役目……おまえの仕事はここまでだ」

 そう言いながら魔王は、ネルケに向かって拘束の魔法を放つ。魔力の鎖が、相手の魔法をも無力化するものだ。どさりと倒れ込むネルケ。しかしその眼光は鋭く光り、魔王の姿を睨み付けている。

「おい、クインス! 僕はまだやれるぞ!?」

「ふふふ。修羅となったおまえは本当に……何を仕出かすかわからんな……。いや、そこが好いのだが」

 クインスは愛しげに、ヴィンデを抱き寄せる。

「……はぐらかすな」

「ヴィンデよ……、せっかく勇者を捕らえたのだ、有用に使わずしてどうする? どうもおまえに任せておくと、この娘を壊しかねんように見えてな……」

「……ぐ。わ、わかった……」

 仲睦まじげな二人の姿。ネルケは激昂する。

「…………魔王、貴様……!! よくも、兄さんを誑かしてくれたな……!?」

「ほう……あれだけのダメージをくらって、まだ喋れるか」

「ぐ、こんな鎖……など……!!」

 ネルケは必死にもがき、鎖から逃れようとするが、ままならない。

「無駄だ。素手でその鎖を引きちぎるのは不可能だ、ましてや女の体ではな……。その鎖がある限り、貴様は勇者の超回復能力も魔法も使えない……ただの手負いの小娘だ」

「……くそっ……!」

 絶望を突きつけられてなお、ネルケの瞳から闘志は消えない。キッと魔王を睨み付けると、凛々しい声で言い放つ。

「……魔王、私を捕らえることが目的ならば、もう兄さんを操る必要はないだろう!? 私の身などどうでもいい、せめて、せめて兄さんを解放してくれ……!」

「…………」

 クインスは黙りこみ、答えない。

「ふっ……ネルケ、おまえ、何を言っている?」

 半笑いで応じたのはヴィンデだった。

「僕は自らの意思でクインスを選んだのだ……今まで僕を虐げてきたヴァーイスと、そしておまえを捨ててな」

「魔王、貴様ァ……!! 言いたいことがあるならば己の口で言ったらどうなんだ!? 兄さんをを利用するな、今すぐ洗脳を解け……、元の兄さんを返してくれ……!!」

「元の僕、だと? 僕は十分に正気だ……今の僕こそ、真にあるべき姿なのだから!!」

 なあ、と、ヴィンデは振り向き、魔王の顔を引き寄せる。二人の唇が近づき、重なる。わざわざネルケに見せつけるように――。

「や……っ、やめろ、魔王ォ……!! 兄さんを汚すな……!!」

 震えるネルケの姿を視界の端に捉え、ヴィンデは笑う。僅かに抵抗するクインスを無理矢理抱き寄せ、その唇に舌を捩じ込む。唾液と唾液が混じりあい、ぐちゅりと淫猥な音を響かせた。

「んっ……、はッ、馬鹿、放せ……」

 頬を赤らめながら、ようやく、クインスがヴィンデを引き剥がす。

「……何故だ?」

「何故もなにもない……。おまえの、その、感情は……っ、………」

「?」

 クインスの言葉がふいに止まる。その隙をつくように、ネルケは叫ぶ。

「……兄さん。その感情は、全て、魔王が植え付けた悪しきモノなのです! 目を覚ましてください……!」

「…………戯れ言を。おまえに僕のなにがわかる!?」

「相手は魔物、しかも男なのですよ!? こんなことは間違っています……!!」

 勇者とは思えない、ヒステリックな声だった。しかし、その罵声ともとれる言葉に、クインスは怒るどころか静かに頷くだけ。

「……間違っている、か……。否定はするまい」

 そう言って、どこか自虐的な笑みを見せる。

「……く、クインス? 貴様、何を言って……?」

「ヴィンデ。おまえは人間であり、ヴァーイスの王子であり、勇者の兄であり……本来ならば私のような魔の者と交わってはならない存在だったのかもしれん」

 ぎゅっと、クインスの腕が、ヴィンデを包み込む。その大きな体は震えていた。

「私を選んでくれたこと……、嬉しかった。おまえと共に過ごせた日々は楽しかった。愛している、愛しているのだ、ヴィンデ……。……だが、私と共に在れば、やがておまえはおまえで無くなる……私にはそれが耐えられん」

「な……なんだというのだ急に、一体、何の話を、」

「……すまない」

 そう、今にも泣きそうな顔で微笑むと――彼はヴィンデに雷魔法をかける。身体がビリビリと麻痺して動けなくなる。そのまま、ゆっくりと崩れ落ちると、ネルケの隣に倒れ込んだ。

「……勇者よ。その男の解放が望みなのだろう?ならば勝手にするが良い――我が魅了を解くのは勇者の魔力のみ。特別に、チャンスをやろうではないか」

 クインスがぱちりと指を鳴らすと、ネルケを拘束していた鎖が変形し、辛うじて右手だけは動かせそうな状態に変わる。

(なん、だ、これは……、なにがどうなっている?)

 身動きのとれない、言葉を発することすらほとんどできないヴィンデは、呆然と二人のやり取りを聞くしかできない。

「……魔王、貴様……なんのつもりだ!?」

「貴様が理解する必要はない……、これが私なりの愛の形。それだけのことだ」

「……人を洗脳しておいてよく言えたものだな!?」

(ああ、ああ……どうして。どうしてなのだ、クインス。貴様は馬鹿だ大馬鹿だ。僕の気持ちも知らないで。勝手に。僕がこんなことを望んでいるとでも思ったか!?)

 三者三様の思いが渦巻き、交錯する。

「……勇者。貴様、自分の立場を理解していないようだな……?今の貴様にできることは私に従うことだけ。素直にヴィンデの魅了を解けば良いだろう?」

「…………無闇に敵の企みに乗るほど、私は愚かではない」

「貴様も望んでいたことだろう。私と利害が一致した、というだけだ」

(ああ、クインス。自分一人で不幸になって、それでいいみたいな顔をして。馬鹿な男。良いわけないだろう、僕には貴様だけだと言うのに。どうして。どうして今さら僕を捨てるんだ、違う、優しいおまえのことだそんなつもりでは無いのだろう知っている、僕を思ってのことだろう、ああ、ああ――)

「……それに、ヴィンデのためを思えば……奴の魅了を解くのが最良だと、貴様もわかっているのではないか?」

「!!」

 ネルケは驚愕し、目を見開き、そして――悔しげに、静かに頷いた。

「……貴様の真意はわからんが、いいだろう。私が兄さんを救う」

「そうだ……、それでいい」

「……後悔しても遅いぞ。私は兄さんと共に、貴様を倒す……」

 魔王はなにも答えない。それでいいのだとでも言いたげに、静かに微笑み佇むだけ。

(おい……、なぜ笑う? おまえの味方がいなくなるかもしれないのに、僕のこの心がもしも魅了によるモノだったなら、おまえを愛する男はいなくなるんだぞ?? それでいいのか、なあ、なあ、クインス、)

「今、目を覚まさせます……兄さん……!」

「!! や……、だ……、やめ、ろ……!!」

 麻痺する体で拒否したが、それで、勇者が止まるわけはなく。

(嫌だ、やめてくれ僕を殺すな。僕のこの気持ちを。はじめての恋を。消さないで。殺さないで。嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……)

 ネルケの手が触れる直前、ヴィンデの瞳に映ったのは――とても美しく悲しげな魔王の笑顔。

 ネルケの右手が、ヴィンデの肩をしっかりと掴む。その掌から一斉に送り込まれる魔力。

「ぁ゛ッ……、あ゛ぁあああああ!!???」

 ヴィンデの声が、辺りに大きく響き渡った……。


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