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かの麗しの魔王側近ローゼ様に「緊急召集だ、再び戦になる」とだけ告げられ、俺達は城へと集められた。俺みたいな田舎の雑兵から、マジで強い戦闘狂みたいな連中まで、どうやら国中の兵士を集めているらしい。魔王城の大広間は魔物でごった返している。
舞台上にはローゼ様が厳しい面差しで立っていた。ああ、クールな表情も魅力的だぜ……!! なんて冗談はさておき、真面目にヤバイ雰囲気。緊急召集っつってたし、かなりの事態なんじゃね……なんて、俺も田舎のヤンキーなりに不安になっていたりする。それはここにいる連中皆が同じようで、いったいなんの召集なのかと小さなざわめきが起きていた。
「――静粛に!!」
突如、ローゼ様が声を上げた。一瞬にして辺りは静まり返る。
「突然の召集で戸惑いもあるでしょう……しかし自体は緊急を要します。全ては魔王様がお話くださることでしょう」
その言葉と共に、バサリと突風が巻き起こったかと思うと舞台に魔王様が現れていた。凛とした立ち姿はいつ見ても麗しい。
――ん? よくよく見れば魔王様の後ろに、影のように付き従う男がいる。見たことのない、成人するかしないかぐらいの金髪の美少年。ぱっと見は長身の女のようにも見える。珍しいこともあるもんだな、魔王様がローゼ様以外の部下を連れてるなんて……初めて見たかもしれない。
魔王様は優雅な仕草で舞台の中央まで歩むと、ゆっくりと、俺達を見回した。
「……諸君、」
綺麗な低い声が響き渡る。
「私は諸君らに詫びねばならないことがある」
その物々しい口振りに、辺りにはかなりの緊張が走った。
「諸君らも知っての通り、私は姫騎士の身柄と引き換えにヴァーイスとの停戦を申し出た。約束通り姫は我が城に現れ、人間どもの未来はこちらの手中にあるも同然……諸君らもそう思っていたことだろう」
あー、そういやそんな話だったなあ。次期国王である姫騎士を捕虜にすれば俺らの勝ちも同然、力で滅ぼしてしまうよりも無力化して隷属させた方がいいとかなんとか。そんなわけで急に戦争終わっちまって、強い連中はちょっと物足りないなんて噂も聞いた。……俺は死ぬのも怖いんで、内心、安心していたクチだけども。
「……しかし、だ」
魔王の顔は険しい。
「奴らはこともあろうに約束を違えた。やってきたのは替え玉だった。人間などを信用した私が愚かだったのだ」
――え??
なにを言われたのかわからず、一瞬、思考停止する。姫騎士が替え玉……? じゃあ、いったい何のために俺達、前線から引き上げたんだよ!?
「そのうえ、あの老いぼれ勇者はくたばり、件の姫騎士が勇者として覚醒していたというではないか! 奴等はこれら全ての事実を伏せ、我らに奇襲を仕掛けようとしていた……」
瞬間、群衆にどよめきが走る。魔王様の御前だから叫ぶのは流石に我慢したけど、正直叫びたい気分だった。人間なんぞが魔王様を誑かそうとした、奇襲だって、勇者だって!? んなコト許していいはずないだろう! 身の程知らずにも程がある、魔王様の優しさにつけこんで……許せねぇ!!
そう思ったのは俺だけじゃあないはずだ。
「諸君、我々は奴等に報復せねばならない。我が国を、魔物を愚弄し図ろうとしたことを後悔させてやらねばならない。そうだろう?」
「「「うぉおおおお…………!!!!」」」
気がつけば俺は、俺達は、拳を掲げていた。絶対許さねぇ。人間どもを許しちゃおけねぇ。俺達を、魔王様を馬鹿にしたらどうなるか……わからせてやらなきゃならねぇんだって、本能的に思った。
「……さて。諸君らの中には何故、この事実が明るみに出たか、疑問に思う者もいるだろう」
辺りがちょっと静まったのを見計らい、魔王様は切り出した。
「私だけでは全ての事実にはたどり着かなかったことだろう。全てを話してくれた者が、人間を裏切り我が配下となった者がいたおかげなのだ。紹介しておこう。我らが新たなる同胞……死の王子を」
……はぃいい!? い、今魔王様、死の王子って言ったよな!? 死の王子ってあの死の王子!? 目があったら死ぬと噂のヴァーイスの化け物、近付く者は敵も味方も叩き斬るバーサーカー、魔物より魔物らしい人間。嘘かほんとか知らないが、あの姫騎士の実兄らしいなんて話も聞いたことがある。要するに、都市伝説クラスのヤバイやつ。
そいつが、人間を裏切って魔王軍についた……?? 噂の戦闘狂ぶりがマジならあり得なくはない話、かもしれない。いやそれにしたって人間が魔物につくなんてことあるのか!?
あまりの急展開に、再び、辺りはどよめいた。
その時。ずっと無言で魔王様の後ろにいた金髪美少年が、静かな足取りで前に出た。魔王様と目を合わせ、小さく頷く。まさかあれが、死の王子……?
部屋中の視線が、その男に向いていた。
「……ご紹介に預かった、死の王子――ヴィンデと申す」
かなりの人数に見られてるってのに、男は動じる様子もなく、ただ淡々と名乗りを上げた。女みてえに綺麗な顔だか、目だけが妙にギラついている。戦場慣れしてる連中によくある、血生臭い雰囲気。放つ魔力もどこか禍々しい。冷たい印象の男だった。
「……貴殿らの中には僕を快く思わぬ方もいるやもしれないが。僕は魔王陛下に一生を捧げる覚悟をした。……信じてもらえれば幸いだ」
淡々とした口調や、微動だにしない表情からはなにを考えているかすらわからない。カオはなかなかカワイイはずなのに、なんとなく不気味なカンジがする。
まあ、魔王様が信用してんだから、人間とは言えおかしなヤツじゃあないんだろうけど……、なんてぼんやり思っていたら、俺の真後ろから声がした。
「……失礼ながら申し上げます!」
よく通る綺麗なバリトン。振り返るとそこには、いかにもエリートですってカオしたドラゴンの兄ちゃん。あ、俺こいつ知ってる、一方的に。竜族の若手ナンバーワンで、魔王様を超全力で崇拝してて、城で働かせてくれって何度も何度も直談判しにいっては断られてるとかローゼ様に門前払いをくらってるとかって噂になってた。仲いい竜族のヤツから聞いたから間違いねえ。
その残念魔王様廃エリートは、死の王子を睨み付けながら続けた。
「……魔王様。失礼ながらその人間、本当に信用できる者なのですか? 死の王子と言えば、今まで数多の同胞を切り捨ててきた者ではありませんか。件の姫騎士の実兄だとの噂もありますし……、どうなのだ実際?」
最後の方は明らかに、魔王様じゃあなくて死の王子へ向けていた。全員の視線がそちらに集まる。中には明らかに敵意っつーか、人間のくせに……的な嫉妬心むき出しな奴もいる。
それでも死の王子は落ち着き払っていて、というか下手したらこっちをバカにしてんじゃねーかなってくらい冷静で。ますます辺りの殺気が強まる。
ヤツはちらっと魔王様の方をみて確認をとると、口を開いた。
「……その噂は事実だ、僕は姫騎士ネルケの兄である。彼女の替え玉としてやってきたのも、この僕に他ならない」
「ほう? ならば尚更信用ならんな。貴様ら人間どもは血の繋がりとやらを大事にしているんだろう? それがどうして――」
「貴殿になにがわかる?」
――あ、やばくね、これ?
俺は正直死を覚悟した。辺りが凍りついたような感覚。ヤツに喧嘩を売った当人さえ、唐突に放たれた殺気に怖じ気づいているように見えた。
ヤツは、静かに笑っていたのだ。瞳だけを冷たくギラつかせて。
「……こんな名前で呼ばれている時点で、察しがつきそうなものだと思うが、」
「ヴィンデ、もう下がれ」
ヒートアップしそうだった死の王子を抑えたのは、魔王様だった。静かな語調で呼び掛けられると、ぴたりと、ヤツは動きを止める。一瞬にして殺気は消えて、元通り、ちょっと不気味な美少年にしか見えなくなっていた。
固まったままの俺らを見渡し、魔王様は、俺の方へ――いや、さっき死の王子に喧嘩売ったエリート君に、だった――手招きする。
「……わっ、わたくしめ、でしょうか……!?」
裏返った声で返事をしたそいつに、魔王様は優しく頷いた。
ふらふらと引き寄せられるように近づいた男を、魔王様は、慈愛に満ちた眼差しで見つめている。
「……おまえは私を、我が国を思い、ヴィンデを疑ったのだろう?」
「あ……っ、ひゃ、ひゃい……」
キンチョーしすぎて噛んでるし、顔真っ赤だし。エリートどこいった。いやまあわかるけどさ、魔王様にあんなに見つめられたりしたら、俺だって……。
「その心は嬉しい。……だがおまえは、私の決定を信じてくれないのか? この私の目が信用ならんのか?」
「いっ、いいえ!! そのようなつもりでは……っ、」
「諸君!」
ばさり。マントをはためかせて、魔王様は俺たち全員へ向き直る。……美しい。
「いきなりのことで驚く者もあろう、納得のいかない部分もあるやもしれん……、だが、信じてほしいのだ。私が見込んだ男を。私の目を。……諸君らの理解なくしては、人間どもを排除することもできない……頼む」
あっ、あの、あの魔王様が。孤高のお方が。俺たちに頼んでる。理解してほしい、信じてほしい? そんなの言われなくたって……!
あの、美しい瞳に見つめられて、逆らえるわけないじゃんかよ……!!
その場の心が一つになった。
「と、当然ですっ……、魔王、様、ご無礼をお許しください……!!」
泣き出したエリート君に引きずられるように、涙ながらに詫びるヤツ、どさくさ紛れに好きですとか告白してるヤツ、多々。かく言う俺も、もーだめ。胸がきゅんきゅんしっぱなし。魔王様、やっぱり罪なお方だぜ……。
「――静粛に!!」
あまりの騒ぎに呆れたのか、ローゼ様が声を上げる。ぴたりと止まる俺たち。
「……本題へ入らせていただきます。私の方から、今回の作戦概要、及び配置、寮の割り振りの説明を」
その言葉で改めて、戦争が再開するんだと思い出す。気を引き締めていかねーとな……、全ては魔王様の為に、だ。気合い入れて、ローゼ様の方を見る。
いつものように、いつの間にか魔王様はどこかへ行ってしまわれたようだ。死の王子の姿もなかった。