偽新婚夫婦の話 参
【前回のあらすじ】
好きな物が一つ増えた。
半日以上のフライトを終えて、僕はイタリアの土地を踏んだ。半日以上って言っても、あの後ずっと寝てたから、そんなに長い間飛んでたって感じはしない。
太陽の光を受けてキラキラと光る美しい海の先にある豪邸。手入れされた芝生のキャンバスに、点々と花が咲き、それを見守るように木々が並ぶ広い庭は、ずっと眺めていたくもなったし、思いっきり走りたいとも思わせた。
……ここがマフィアの家じゃなかったら最高なんだけどなぁ。
脇に使用人らしき人間がいる玄関前で、よく知っている顔が青年と話していた。
本当によく知ってる顔だった。鏡の前で見る自分の顔ととてもよく似た顔だった。
てか、なんでここにいるんだよ。クソおやz……父さん。
父さんはこちらの姿が見えた瞬間、走ってきた。……キメェ。マジ、キメェ。
「愛しの優華ぁぁ!会いたかったよぉ!
空の旅はどうだった?ファウスト君の私物だからもちろん快適だったとは思うけど!!」
「どなたか知りませんが、抱き付かないでください。触らないでください。寄らないでください。視界に入らないでください。気持ち悪いです。」
「相変わらず冷たいねぇ。
君は女の娘なんだから、そんな怖い顔しないで、お華みたいに笑ってよ。名前の通りに、ね!」
キモい。
でも、こんなんでも【誠の月】の心臓ともいえる組長だ。その組長が来ているということは、やっぱりこの結婚はもの凄く大事なのだろう。
一応、親戚の屋敷内でも、僕の性別を隠すこととかから察するに、慎重なのも分かる。きっと、プライベートジェットに乗せたのも、直属の部下だけなのだろう。あの黒服さんとかそれぽかった気がする。
はぁーっ。ホンっト気が重い。
まぁ、イタリアまで来ちゃったんだから、どんだけ考えたってもう逃げられないんだ。あんま考えないようにしよう。
それにしても、この青年は誰なんだろう。ダークブロンドの髪も、高い身長も(羨ましい)、紫の目も、白い肌も、全然見たことないし、全く知らないんだけど。
あぁ、いや……あの顔は見たことある…かも? だれかと似てる?
「ゆうかー。人の顔をまじまじと見るのは失礼だと思わないかー。
ファウスト君困ってるぞー。」
「えっ、あ! ごめんなさい!!」
言われてから、ようやく自分のしていたことに気付き、反射で頭を下げた。父さんに言われたことは癪だけど。
でも、言い訳するわけじゃないんだけど、この人そんなに困ってなかったような気がする。……むしろ面白そうに微笑んでたような。それも、ちいさい子を見るような感じじゃなくて、値踏みしてるみたいに。
気のせいかな。
ファウストと呼ばれた青年は、父さんの方に向き直り、やけに流暢な日本語で話した。
「いいですよ。気にしなくても。まじまじ見たくなるのも分かりますし。
誰かに似てるって思ったんでしょ?」
「え!? えぇ、まぁ。」
なんでわかったんだろう。
「まぁ、縁切られたって兄妹だからね。
似てるだろう? カルロに。」
一瞬、なにを言われたのか分からなかくて、分かるまでに少し時間がかかった。
意味が分かった途端絶叫した。
「えぇぇぇええええぇぇぇぇぇぇええぇぇぇ!!!?? カルロさんのお兄さん!!?」
「そーだよ。
こちらの彼こそが【Violenza】のボスこと、ファウスト君さ!」
「いや、若すぎない? あの【Violenza】のボスでしょ!!? いくらなんでも若すぎない!?」
【Violenza】のボスが、カルロさんのお兄さんっていうのは聞いてたけど、こんな若いなんて聞いてない!!
これ絶対30歳越えてないよね!!
いちマフィアのボスでしょ!? こんな若くてなれるもんなの?
「どーも。いちマフィア【Violenza】の、うら若過ぎるボスのファウスト君でーす。カルロの兄だよ!
これからよろしくね!優華さん。」
しかも、想像以上にフレンドリー。以外過ぎる。
これが、実の妹の笑えないお願い聞いちゃった、シスコンのお兄さん!?
これが、監禁犯のお兄さん!?
これが、マフィアのボス!? あ、ダメだこれブーメランだ。
なんかもう、信じられないようなことが次々目の前で起こっていて、ついていけない。
とりあえず、よろしくと言われた以上、返さなきゃ。
「こ、こちらこそよろしくお願いします。ファウストさん。」
そう言って、軽く頭を下げた途端、首筋にゾワっと何かが走った。
驚いて、顔を上げるとさっきと変わらぬ笑顔で笑っている、ファウストさんの顔があった。
さっきとは別のもので背中がゾワゾワした。恐怖だ。
「お義兄さんでいいよ。義妹さん。」
アハハハ。反応に困るなぁー。
そんな……殺気立たれると。
「アハハハ、ありごとうございます、お義兄さん。」
他にどうすればいいのか分からず、苦笑いした。正直、自分が今何を言ったのかもよくわかっていない。
怖かったからだ。
目の前にいる人に、いきなり殺気立たれて、今、自分のいるここがどういう場所か再確認した。ただのお屋敷などではない。ここはもう、マフィアの敷地内なのだ。
無意識に、父さんの影に隠れた。恥ずかしいとか、情けないとかも思ったが、それよりも恐怖が勝った。
僕の状態を察したのか、父さんは何も言わなかった。
「それでは、挨拶も済んだところで、中へ。お二方。」
使用人さんたちが開けた門の前でファウストさんがそう言うのを、父さんの後ろに隠れて聞いていた。
足を踏み入れたら最後、そのまま引きずり込まれてしまういそうな気がして、中へ、と言われたのが怖かった。
父さんが、優しく僕の頭をポンポンと叩いて、手を引いて中へと導いた。
父さんが、ここへ来た本当の理由が分かった気がした。
「「お邪魔します。」」