偽披露宴(準備)の話 参
【前回のあらすじ】
カルロさんの計らいで、白,紺,ピンクの3着のドレスを着て、披露宴に出席します!!
案内されて来たフィッティングルームは、僕の部屋と同じよう広かったが、それよりもドレスやタキシード、衣装の多さに目を引かれた。こんなかに使わないで捨てるドレス、絶対あると思う。もったいな。
辺りを見回すと、同じように僕を見つめる顔が見えた。一面鏡の壁に、自分の姿が映っている。
蝶の舞う朱い着物に、千重咲きの白牡丹の帯。厚底の草履。胸のあたりまであるロングヘア―はゆるく編み込んで、黄色い花と揺れる毬のかんざしでまとめている。
日の当たらない病的に白い肌と、紅を引いた唇。そのうえでランランと光る琥珀色の瞳。淡い濡烏の髪。
うん。どっからどう見ても優華だ。
パタンとドアが閉まる音とともに、まだ聞きなれていない声が聞こえる。
「ご用意させていただいたのは洋装のみでしたが、和装の方がよろしかったでしょうか?」
メイドさんは、人好きのする可愛らしい笑顔と、流暢な日本語で、朗らかに聞いてくる。さっきの恭しい態度とは別人のようだ。
無口無表情だったカタコトさんと違い、この人はコロコロ表情が変わる(あぁ、でもニコニコ笑うところだけは絶対に変わらない。)し、随分おしゃべりだ。なんか、四,五歳の女の子みたい。
僕よりも小さい背丈や、切りっぱなしのショートヘア、キラキラと輝くチョコレート色の瞳はどこか幼い、無邪気さを感じさせた。
まぁ、年上だと思うけど。
「確かに着慣れてるのは和装ですけど、洋装でも全然大丈夫ですよ。」
「なら、よかった!
いや、着物の準備も考えはしたのですよ。けど、みなさまドレスやタキシードでいらっしゃるのでゆーかサマが浮くかなぁと。」
メイドさんの陽気さに誘われて、少しばかり気が楽になる。おかげで、ここでの会話も苦じゃない。普通に普段通り答えられる。
童顔と言い、小柄さと言い、朗らかな雰囲気と言い、なんかお婆様に似てる……気がする。ちょっとだけ。ちょっとだけ安心する。
あのとき、あれほど心に響いたカタコトさんの気遣いも「それだけのことでしょ?」と言ってしまいそうだ。なんで、この人が最初からいてくれなかったんだろうか。
飛行機でスイーツ(どるちぇ…だっけ?)出したり、披露宴で休めるようにしたりするよりもまず、愛想のいいお付きがよかった。なんでそこだけ抜けてるんだろう。嫌がらせ?
「さて、アタシはメイク道具そろえてきますので、ゆーかサマはそっちのパウダールームでお化粧落として来て下さい。」
そう言ってメイドさんは、しずくのビーズの暖簾で仕切られた向こうの部屋を指さした。
暖簾を腕で押しのけ(……るまでもなく、邪魔にならなかった。ちっちゃいとかいうな)、入った先の部屋に僕のメイクボックスがあった。準備いいな、ありがたい。
隣の洗面台で手を洗ってから、手慣れた手つきで目元のメイクを拭ってく。
「何かお困りのこと、ありませんか?」
「特にないので、大丈夫ですよー。」
「ゆーかサマ、御自分のメイクボックスあるってことは、普段からメイクされてるんですか?」
「えぇ、まぁ。毎日やってたら慣れました。
女顔でも流石に、化粧無しで女装は無理ですから。」
「でも、相当薄いですよね。アタシ、言われてなきゃ気付かなかったかも。アハハ」
「アハハハハ」
全くもって褒められてる気がしない。それ直訳すると「お前の女顔メイクいらねぇじゃん((笑))」言ってるのと同じだからね(怒)。どこにもぶつけようがない怒りを、化粧落としのポンプを力任せに押すことで、どうにか解消しようと試みてみる。うん、無理だ。
悪気ゼロ、だからこその言葉が癇に障る。カタコトさん然り、メイドさん然り。使用人さんはみんないい人なんだろうけど。
さっきから気になってはいたんだけど、この人たちなんて言うんだろう? 今の今まで名前を教えてもらってない。勝手に、カタコトさん,メイドさん,って言っちゃてるけど。
今更過ぎる質問を(なんで今まで聞いてなかったのか)、今気づいたとでもいう様に、白々しく聞いてみる。洗顔しながらさりげなく。
「そういえば、お名前なんて言うんですか?」
「あぁ、申し遅れましたわ。アタシCARLOTTAって言います。」
「え!? CARLO!!?」
驚いていきおいよく顔を上げたせいで、曇り一つない床にぬるま湯が飛び散る。申し訳ないが、そんなこと気にしてられないほど驚いている。
カルロ? カルロッタ? なんかすっごい似てるけど……。でも、長身と小柄・ヤンデレと天真爛漫・狼と子犬で、名前しか似てないじゃん!(だから驚いたんだけど)
あ、でも無くは無いな共通点。赤毛とか。あと、愛想がいいのはファウストさんに似てる(殺気は向けて来ないけど)。もしかして………
「メイドさんってカルロさんと姉妹!? [違う。」
メイドとは思えないような口調で即答された。そのまま黒いパンプスを響かせながら、ツカツカとこちらに向かってくる。何をされるのかと思えば、ふわふわのタオルで顔を拭われた。
いきなり、敬語が取れたのでちょっと怖かったのはナイショだ。
「まぁ、姉妹っていうのはあながち間違いでもないのですけれど。」
「へ?」
「恐れ多くもアタシは【ヴィオレーンツァ】の本家筋の血を引いているのです。簡単に言えば、遠い親戚ですね。」
「あぁぁー。なるほど。」
どおりで、カルロさんと同じ赤毛なんだ。いや、それしか共通点ないけど。
「その証拠にアタシもシャ…じゃないカルロさまと同じで、carinoでしょう。cuteでしょう。」
そう言いながら、くるんと回ってロングスカートが花のようにふわりと広がる。
アナタ様は確かにかわいいですが(カリーノ? ですが)、カルロさんがかわいいとは微塵も思わない。そんなこと言うのは、お世辞か、皮肉か、ファウストさんだ。
あと、今カルロさんのこと全然違う名前で呼ぼうとしたけど、なんて言おうとしたんだろう。
「さぁさぁ、ゆーかサマ! メイクアップのお時間ですわ!」
向き直って、メイドさんが輝く笑顔で言う。チーク、ファンデーション、マスカラ、ブラシ、アイシャドウ、リップを、両手と指全部使って構えて、準備万端と言わんばかりだ。随分楽しそう。
つられて笑ってしまう。
「よろしくおねがいします。カ、カルロ…ッタさん。」
くそぅ。カルロさんとカルロッタさんのイメージがかけ離れすぎていて、名前を呼ぶのが難しい。
あぁ、歯がゆい。
「え? 『メイクとか服合わせのシーンは?』ですって?
何をおっしゃいますか。レディのドレスアップは殿方の前でこそですよ。
あぁ、ただのメイドの分際で失礼しました。」