偽新婚夫婦の話 伍
【前回のあらすじ】
裏家業のトップがそろいもそろって、バカだった。
「妹は渡さん。」
「アンタ、何言ってんだ。」
重々しくすごまれて言われた言葉を、僕はそう返すしかなかった。
いや、他にどういえばいいんだよ。さっきまでシリアスやってたのに! なんでいきなりシスコン入れてきた!?
やっとわかったぞ! これ、試されてるとかじゃなくて、妹の婿(嫁?)に対する嫌がらせだ!!
ファウストさんは、自分の言ったことは何もおかしくないとでもいう様に、言った。
これじゃ、僕が過剰に反応したみたいじゃないか。
「『何言ってんだ』って、妹は渡さないって言ってるんだよ。優くん。
私のかわいい妹は、絶対に渡さない。」
そう反復した言葉は、僕だけじゃなく、自分にも言い聞かせているようだった。
僕の言葉など待たず、話を続けた。
「さっきも言った通り、義兄として君のことを義妹として扱うけど、表面上だけだよ。
だって、これは偽装婚なのだから。
君は、カルロの嫁でも、夫じゃないし。カルロは、君の夫でも、嫁じゃない。」
「……………。」
全くもって、話が見えなかった。嫌がらせをしたいだけなのなら、本当にやめてほしい。気分の良いものではないのだから。
だいたいさっきからなんなのだこの人は。気持ちのいい笑顔で挨拶したかと思えば、殺気立ってくるし。素っ頓狂なことを言ったかと思えば、分かり切ったことを再確認させてくるし。
この人のペースに乗せられている。
そのことがやけにザワついて、せめてもの反撃のつもりで僕は、皮肉な笑顔で言う。
「何が、言いたいんですか?お義兄さん。」
「一線を越えるなって忠告してるんだよ。
間違っても、手。出さないでね。」
「………!」
そう言って、微笑んだ笑顔には、ハッキリと殺意が映っていた。
隠すつもりもないむき出しの殺意に、気圧されそうになるが、持ち直す。
「マフィアの幹部に、手なんて、出すわけないでしょう。
だいたい、そういう話なら、……なんでしたっけ?カルロさんが監禁してる少女。その娘は良いんですか?
その娘の方が、よっぽど、カルロさんの心を奪ってると、思いますけど。」
さっきから、嫌がらせされてた分まで、言ってやった。ちょっとスッとした。
あ、でも、「俺の妹になんか不満でもあるのか!!!?」とか、言われるかも……。
そんな僕の心配をよそに、ファウストさんは変わらず言う。
「かわいそうな代役に、嫉妬なんてしないさ。」
余りにも淡々となんでもないことのように、言われた言葉を理解するのは時間がかかった。
……………代役?どういう意味だ?
例のあの娘のことだろうけど。かわいそうってのは?
そりゃ、監禁されたのはかわいそうだけど、代役ってことは、誰かの代わりに監禁されたってことなのか?
言われた意味深な言葉を考えている間に、ファウストさんが───目の前から消えていた。
驚く間もなく、真横から声がした。
「どうしたの?」
ファウストさんが、僕の真横に来ていたのだ。
考えるよりも先に椅子から飛びのき、ソファの後ろに立つ。そのまま袖の下から、護身用のスタンガンを取り出す。
なにをしてるんだ僕は! 殺気放ってる相手の前で、隙見せるとかありえないだろう!
だいたい、個室に二人きりって時点で、警戒してなきゃダメじゃないか!
しかし、ファウストさんはまた椅子に戻った。驚きのあまり、攻撃されると思って構えた腕が自然と下がる。
そして、さっきのことなどなんでもなかったかのように、話し始めた。
「ま、そーいうわけだから、今日の披露宴でも、変な気は起こさないでよー。
嫁って立場に付込んで、腕とかに抱きついたりしたら、脳天ぶち抜くから。」
「ちょっと待てぇぇぇ!!!」
全力で叫んで、ファウストさんを引き留める。いくらここが防音でも、外まで響いたんじゃないかと思う音量だ。
ファウストさんは、キョトンとした顔で、あたかも不思議そうな顔をする。どっかで見たことある気がしたが、今はどうでもいい!
「披露宴って、なんのことですか!?」
「? 君らが結婚した記念の披露宴だけど?」
そんなことは一言も聞いていない………!一言だって言われていない……!
なのに、なぜ、お婆様といい、この人といい、知っていると思っているのだろうか?揃いも揃って!遺伝か?血筋か?
血なら、僕の方が濃いと思うんだけど!?
というか、披露宴と聞いて、一つ引っかかった。
「結婚式も挙げていないのに、披露宴するんですか?」
「披露宴っていうのを建前に、私たちファミリーが同盟を結んだってことを、知らしめるために開いてるから。それだけ伝わればいいのさ。」
その言葉を聞いて、引っかかっていたものが取れた。
よくよく考えてみれば、形だけの結婚に、愛を誓う必要なんてないんだ。
目に見えぬ愛の誓いより、目に見えるペアリングの方が、ずっとわかりやすくていい。
ファウストさんは頬杖ついて、微笑んだ。
「さ、話はこれで終わりだよ。
自分の部屋に行って、夜までに披露宴の準備をしておいて。
部屋には、セルヴォが案内するから。」
「せるぼ?」
「召使だよ。
ドアの前で待機させてるから、ついて行って。」
そう言って、ファウストさんがドアを指さす。
「やっと、二人きりじゃなくなるんだ」と思って、心底ホッとする。
早く部屋から出たくて、速足でドアに向かった。