偽新婚夫婦の話 肆
【前回のあらすじ】
お義兄さんに、殺気、立たれた。
豪邸の中に入り、案内されるまま奥に進む。
絢爛豪華で煌びやかというより、白でまとめられた、落ち着いた雰囲気の室内は、マフィアなどという暴力と血に塗れたものとかけ離れているような気がした。
ある部屋のドアの前でファウストさん達が足を止める。
あぁ、ってことはこの部屋に入るのかな。とか、呑気に思っているときに、突然、重々しく時計の鐘が鳴り響いた。その音に反応するように、父さんが腕時計を確認する。
その後、血も涙も無いような無慈悲な発言をかました。
「あっ!
そろそろ時間だから、僕はこれで失礼するね~♪」
「ちょっと待ってぇぇ!!」
自分でも、びっくりするぐらい情けない大声が出た。
やめて、どっか行かないで!
知らない国で、監禁犯に嫁げとか言われて、神経大分磨り減ってんの! 分かんない? おまけに初対面の人から、意味分からん殺気飛ばされるし!
さっきの反応見てんだから分かってんだろ!? 父さんの顔見てどんだけ安心したと思ってんの!?
心細いからどっか行かないでぇぇ!!
言いたいことは山のようにあったが、多すぎて言葉にならず、空気となって消えていった。
それをすべて見透かしたように、見捨てたように、父さんは言う。
「ごめんね、優華。僕も凄く寂しいけど、仕事が待ってるから。
またね! ばいばーい♪」
そう言い残して、父さんは帰っていった。いいなぁー、僕も帰りたい。
てか、マジどうすんの。父さん居ないなら、またあの飛行機みたいになるじゃん。はぁ、足と気が重い。
頭の中の弱音と連動するように、ネガティブな方へズブズブと足を踏み入れていく。
そんな中、僕を現実に引き戻したのは、まだ聞きなれていない男の声だった。
だけど、戻ってきた現実もまた、底なしの泥沼だった。
「優華さん。知らない人と一緒で、緊張するのは凄くわかるけど、とりあえず中へおいで。
そんな怯えなくても、取って食ったりしないよ。」
緊張してるのもそうだけど、まず第一に、今にも攻撃されそうな、取って食われそうなその殺気に警戒してんの! 怯えてるわけじゃない! 怯えてなんかない!!
てかそれ、分かってて言ってるだろ!
だけど、言葉を全部飲み込んで、笑顔で言う。
「ごめんなさい。ほん少し緊張してました。それだけなので大丈夫です。」
「……………そ、なんでもないならいいよ。」
ファウストさんは、ほんの一瞬だけ驚いたような顔をした後、何事もなかったように会話を続ける。
やはり、試されていたのだろうか。
「御気を煩わしてしまい、すみません。」
ファウストさんに一礼してから部屋に入る。
部屋は、あれだけ大きな豪邸の一室にしては小さく、誰もいなかった。置いてあるものと言ったら、向かい合った椅子と長机の上のティーセットと茶菓子。殺風景な部屋に、申し訳程度に置かれた観葉植物。
他の場所と同じく白でまとめられた室内は、とても頑丈そうには見えないが、壁も扉も分厚かった。盗聴される可能性を危惧しての防音だろう。
ここなら、人に聞かれてはまずい話もできる。密談するための部屋なのは、火を見るより明らかだった。
僕の予想は当たっていたようで、早速、話が始まった。
「さて、改めて自己紹介しようか。優くん。
私は、この【Violenzaファミリー】のボス、ファウスト。
名目上、君の義兄ということになる。まぁ、外では義妹として扱うつもりだが、初めにこれだけは言っておきたい。」
ファウストさんは、最後の一分だけを重々しく言った。最初から本題に入ってくるのか。
つまり、今からいう事が、最初に言っておかなければ話が進まない、なによりも重視されることなのだろう。
僕はゴクリと唾をのんで、ファウストさんの言葉を待った。
「妹は渡さん。」
「アンタ、何言ってんだ。」