伍…向土煙緋闘
携帯が壊れました。
データ引き継ぎ万歳です。遅くなりました…すみません。
しとしとと、雨が降っている。
冷たい、雨が。
そう───二百年前のあの日と同じに。
‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡
「セメスト、貴方に頼みたい事があります」
外へ出るなり、ツァルトは険しい顔をしてセメストに向き直った。
その尋常ではない真剣さに、セメストも居住まいを正す。
「俺に出来ることなら」
それを聞いて、ツァルトが少し、ほんの少しだけ悲しそうな顔をする。
今から言う事が、どれほどこの心優しい友人を苦しめるか、それを思って悲しむ。
「貴方に……止めてもらいたいんです。彼女達が、悲しまぬように。…………私は、私が怖い。どうなってしまうか、自分でも分からないのです。きっと貴方はそういうの、得意でしょう?」
きっと、長い間一人で考え続けていたのだろう。
彼の、彼自身の正体について。
それは、嘆願であった。
酷く悲しげな、苦しげな、願い。
「ああ、朝飯どころか夕飯前だ。任せておけ。……俺の先見の力、舐めんなよ」
そして、セメストは頷く。
断らない。断れる筈がない。
緊張した面持ちで、唇を歪めて、セメストが笑う。
それは実際、只の強がりでしか無いのかもしれない。
鬼人としてのツァルトの力は強大で、セメストは勿論、おそらく他のどの鬼人であってもその力の前では立ち向かう事は不可能だろう。
下手を打てば、一瞬で消し飛ばされてしまうほどの、絶対的な力の差。
それは互いに理解している。
それがわかっていてもなお、セメストはツァルトを止めると約束するのだ。
「……お願いします」
そう言って顔を背けたツァルトの目尻に、何か光る物が見えたのは、きっと気の所為だったのだろう。
そして暫しの沈黙があった。
心を決め、ツァルトが宝玉を持つ手を掲げる。
「之へ在りしは君が魂の記憶。今、我が血の代償を以て此の地に還り給え。……どうか、指示者」
掲げていない方の親指を噛み割き、その血を宝玉へと注ぐ。
刹那。
宝玉が光を発し、旋風が巻き起こった。
咄嗟に地に伏せたセメストの背筋を、戦慄が走った。
舞い上がる土煙。
もうもうと立ち込める其れの向こう側。
爛々と輝く、一対の緋があった。
そして、そちらを見つめるツァルトの瞳が、薄らとその色を変えて行く。
夜空を切り取った様な瑠璃色から、罪深い血の色へと。
「!待て、ツァルト!」
制止の声は、最早届かず。
ツァルトの全身から凄まじいまでの殺気が沸き上がった。
打ち込みの遅さは折り紙つき。