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煌闇宴譚  作者: 玄斗楽
2/5

弐…雨の夜に故き友と逢う


『…ツァルト………助けてくれ』


始まりは、懐かしい声だった。

其れは、あの日と同じ。

暗い、くらい雨の日に。

彼はまた、やって来た。






‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡




ギィィィィィィィ

悲鳴の様な音をたてて扉が動く。



『いらっしゃい』


店の重い扉を全身で押し開け、入ってきたのは一人の小柄な青年。雨が降っていたせいで、頭から爪先までぐっしょりと濡れている。

あちこち擦り切れた黒い異国の装束で、背中には大きな頭陀袋ずだぶくろを背負っていた。

腰まである長い黒髪は、濡れて顔や服に張り付いて、人相はわからない。

が。


『助けて』


ツァルトは、その声に聞き覚えがあった。


『ねぇ、助けて』


青年がまろぶようにしてツァルトに駆け寄り、すがり付く。

しかし。


『…目が笑ってますよ』

『くそぅ、ばれたか』


ツァルトの一言で漂う悲壮感は消え去り、青年はちろりと舌を出した。

この青年は、ツァルトの友人であり、鬼人の一人。

名は、セメスト=サファイア。

雨に濡れて艶やかに光る黒髪を後ろへ払うと、冷静さと茶目っ気を湛えた笑みが露になる。


『実に、五千六百二十三日ぶりじゃないかい?』

『……適当な事を言わないでくださいよ。本当に数えてたわけではないのでしょう?』

『数えてたわけでは無い。だけど、大体そのくらいだろ』


軽口の応酬には、再会の喜びが溢れている。

セメストは背が低いので、自然、ツァルトが彼を見下ろす格好になるのだが、ふとツァルトが顔を上げ、何もない空間に声をかける。


『ほら。阿行あぎょう吽行うんぎょうも。そんな所に立っていないで、入って扉を閉めてくれなければ困ります』


その声に応じて扉がしまり、床に大きな水溜まりが二つ増えた。

陽炎かげろうの様に景色が歪み姿を表したのは、二人の…こちらはセメストと違い長身の男たち。


『ツァルト様、お久し振りです』

『相変わらず、貴殿の前では隠形しても無駄のようだ』


セメストの物と似通った異国の装束。

長い白髪を、一人は高い位置で結い上げ、もう一人は首の後ろで緩く括っている。

背には、大きな頭陀袋。

姿形は人間に非常に近いが、その正体はセメストに仕える正真正銘の鬼である。


ツァルトは彼等が皆ずぶ濡れであるのを見てとり、出来れば本を濡らさない様にしてほしいと断ってから、彼等を店の奥の暖炉まで案内した。

暖炉に火を灯し、茶を入れるために湯を沸かす。




その時、ぱたぱたという軽い足音と共に本棚の間から一人の少女が走り出てきた。


『おとーさん、お客さん?』


まだ幼い、可愛らしい少女が、ツァルトに向かって子供特有の甲高い声で話しかける。

ツァルトのものよりも明るいが似通った飴色の髪に、深い海の瞳。華奢な体を紺色のワンピースで包んだ齢七歳ほとの少女。


『……ツァルトが、お父さん?』

『まさか』

『でもこの子、目も髪もツァルトと同じ色だぞ?』

『偶然が産み出した喜劇だと愚考致します』


『外野、五月蝿いですよ』


それぞれ勝手なことを言い出したセメスト達にじろりと一瞥をくれてから、ツァルトが幼女を抱き上げる。


『モント、いつも言っているでしょう。お客様がいらっしゃった時は、静かに歩きなさいと。それに、本棚の間は走ってはいけませんよ』

『おとーさんごめんなさい』


『おい、またお父さんって呼んでるぞ?』

『はっ、もしかしてこれが流行りの援助こうさ…』

『いやいや待て待て』

『そうだぞ。これはつまりロリコ…』


『外野。五、月、蝿、い、ですよ』


『『『はーい』』』


ツァルトの笑顔が凄みをます。

一見とんでもなく上機嫌な様にしか見えないが、相当怒っている様だ。


『で、実際のところ、どうなのさ』

『そちらのお嬢様はどなたで?』

『貴殿に幼女趣味があったとは知らなかった』

『…おい吽行、止めを刺すな』


セメストが軽く、阿行が丁寧に、吽行が不躾に、三者三様に質問を投げ掛ける。

ツァルトは腕に抱いた幼女の髪を撫でながら、重い溜め息を吐いた。


『この子は、僕から数えて四代目か五代目くらいの子孫です。故あって"おとうと"に狙われていたので私が引き取りました。この子は、ほとんど"人"です』


つまり、この幼女にとってはツァルトは曾祖父か曾々祖父ということになるらしい。

しかしセメストはそこではなく別の所に興味を持ったらしく、漆黒の瞳をひらめかせて更に質問を重ねた。


『その子、モントちゃん、だっけ?が、"敵"に狙われたっていうのは、なんとも物騒な話だが、どういうことだ?』


『……共食い、ですよ』


言葉は少ないが、明瞭すぎる答えにセメストが押し黙る。


『まあ、こんな話はやめにしましょう。楽しくもないですしね』


黙ってしまった主に代わって阿行がその場をとりなすように提案する。


『そうだ。そんな楽しくない話をしに、わざわざ貴殿に会いに来たわけではない』


吽行までもが、言葉は乱暴だが、主を気遣ってそんなことを言った。



『ああ、それもそうですね』


ツァルトの一言で、話題に終止符が打たれる。

抱えていたモントを床に下ろし、ツァルトは一同を見渡して微笑んだ。


『で、そういえば皆様。今日は何の御用で?』



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