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センス イズ ラブ

作者: 一昨年小島

「博士、私に「愛する」という機能を搭載しなかったのはなぜですか?」

「必要なかったからさ」


自立思考型ロボットの私は、昨夜そのテの映画を見て自分の機能に疑問を覚えたのだった。


「愛は共同生活を穏便に運ぶために有効かと思われます」

「うん、ぼくも同意見だね」

「では博士と生活を共にしお手伝いをする私に「愛する」機能を搭載するのは利便化に繋がるのではないでしょうか」

「ああいや、ちがうちがう、搭載するまでもないんだよ、君には」

「ーーその言われ方ですとまるで、私がすでに「愛する」機能を持っているかのようです」

「ぼくはそう考えている、一面的にであっても」

 博士は回転椅子ごとこちらを向くと、立ち上がって書棚を探し回り始めた。分類をされてはいるが、すぐに変動が起こり散らかり放題になる書棚から目的の一冊を探し出すのは大変だ。

「お手伝いします」

「助かるよ」

「書籍名を教えてください」

「エーリッヒ・フロムの『愛するということ』」

「かしこまりました」

「このあたりだとは思うんだけどね」

 ほどなくして思想書の棚の本の上に横向きで差し込まれていた目的の本が発見された。比較的小さな本だった。

「読んでごらん、それからまた話をしよう。面倒くさかったら要約を説明してしまってもいいけど、ぼくなりの解釈になっちゃうからおすすめはしないかな」

「読んでみます、ありがとうございます」

 その晩、明日の朝食の支度を終えてから充電スタンドに納まり、博士にお借りした『愛するということ』を開く。そう長い文章ではなかったので夜が明けるまで二周読むことができた。

「おはようございます」

「おはよう」

「夕べお借りした本を読んでみました」

「どうだった?」

「興味深い内容でした」

「愛するとはなんだと思う?」

「忍耐と寛容とをもって相手を注意深く観察し、成長を助けることであると読めました」

「ぼくなんかよりいい要約だね」

「とんでもありません」

「じゃあ、もうきみの疑問は解決したろう」

「ーーそうなのでしょうか」

「きみは、とりあえずエーリッヒ・フロムの言うような意味でということにはなるけれど、人間よりもずっと「愛する」ことがうまくできていると思うよ、生来的に」

 忍耐と寛容は機械の性質であるといえる。忍耐できないところを忍耐しているといったわけではないので、人間とまったく同じような忍耐および寛容ではないが、人間と比べて耐えられることが多く、受け入れられるものが大きいという意味では忍耐と寛容を本来備えているといってもいいだろう。

「そしてきみは、機械に観察する力を搭載した自立思考型ロボットだ」

 判断には、そのもととなる<知覚>が不可欠である。五感を模したセンサーで私は今後起こるであろうことを予測し、最適解を判断する。

「まばたきもせず、それぞれの機構で高度な処理を行うきみの観察能力は人と比較してもまったく見劣りしない」

「恐縮です」

「そしてその使い方が正しく、差し出がましくもないということは一緒に暮らしているぼくが証言しよう」

 博士がさくりと音を立ててトーストをかじる。バターはこぼれていないようだが、パンくずがズボンの上に散っているので、食事のあとでお伝えしよう。

「この食事のおいしさも、きみが愛することを実践できている証だと思うよ」

 笑う博士の表情を視覚が捉え、今このときが喜ばしい瞬間なのだと私は判断する。ならば私もそれにふさわしい表情を浮かべようではないか。心安らかな時を持続させ、あわよくば増幅させようするのは、たとえ人工的な反応であっても不愉快ではないのだと私は知っていた。


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