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婚約者と婚約者候補

まだ続きます。ライバル出てきました。

H27 9/12修正しました。  

 部屋の空気が優しくなったのをクロードは感じた。それは今まで感じたことのないものだった。いつも一人だった。ただ、仕事をこなす日々。目の前に自分を心配してくれる人がいる。それだけでこんなにも心が軽くなるのだと知った。

 気恥ずかしくなり、小さく咳払いをする。話題を変えた。

「じゃあ、お嬢様には違うことをやってもらおうかな」

 手を止めていたセシリアを見て、クロードが言う。

「え?」

「なんだよ。惚れ薬を作る方法が見つかったからってもう手伝わないつもりか?」

 茶化すような言葉にセシリアは首を大きく横に振った。

「そんなわけないじゃない。楽しいもの」

 ここにいるのは、そう続けそうになって、慌てて口を閉じた。あと少ししたら、結婚しなくてはならないのだ。自分の立場を忘れてはならない、そう自分に言い聞かせる。

「どうかしたか?」

「…いいえ。それで何をすればいいの?」

「咳止めの薬を作りたいから…えっと…あれ?ああ、そっか。採りに行こうとして忘れてた」

「それでしたら私が採りに行ってきましょうか?」

 そう申し出るリディにクロードは苦笑を浮かべ、首を横に振った。

「たぶんわかんないだろうし、さすがにメイドさんの足だと遠すぎるかな。だから、俺、ちょっと採りに行ってくるよ。俺の足ならそんなに時間かからないだろうし」

「承知しました。……どうかされました?」

「…メイドさん、剣が使えるよな?」

「え?はい。…でもよくわかりましたね?」

「ああ。動きが洗練されてるからな。しかも、短剣隠してるだろ?」

 クロードはリディの足を指さす。言われたとおりスカートの下に短剣を隠していた。驚いたようにリディが目を丸くする。

「どうしてわかったのですか?」

「動きが少しだけ普通と違ったからかな。何か隠している気がした。それに外で何か音がするたびスカートを触ってるから」

「…さすがですね」

 リディは感嘆の声を上げた。

「それはこっちのセリフ。普通じゃあ気づかないほど小さな動きだ。相当できるだろう」

「まあ腕に覚えはありますが。…それで、剣が使えることがどうかしましたか?」

「留守番を頼んでいいか?何もないとは思うけど。これでもルーブ族だから、何があってもおかしくない。大声あげてくれれば、聞こえるだろうし」

 クロードは伺うようにセシリアを見た。その視線をリディが追い、くすりと両頬を持ち上げる。

「ええ。大丈夫です。セシリア様は何があってもお守りしますから」

「いや…別にそう言うんじゃないんだけど……」

 クロードは、少しだけ頬を赤く染める。そんなクロードを見て、リディは小さく笑った。クロードの目をリディは知っていた。自分と同じ目だ。自分がアドルフを想う時と同じ目。それが嬉しくもあり、泣きたくもなった。セシリアがクロードのところにいるのは、ロランと幸せな結婚生活を送るためだ。ハプス家のことを考えた選択。それなのに、セシリアはクロードを、クロードはセシリアを見ている。 

 2人は似ているとリディは思った。色んなものを与えられ、押し付けられ、けれど自分で選ぶことはごく少数だった。2人とも人と距離を取ることに慣れて過ぎている。それなのに、2人は出会ってしまった。与えられるでも押し付けられるでもなく自分で選んで。出会ったことが正解だったのか、間違いだったのかリディにはわからなかった。

「もう!クロード様もリディも心配しすぎじゃない?何があるって言うの?」

 セシリアの言葉にクロードは小さくため息をついた。

「お嬢様。ハプス家のお嬢様であるってことを自覚した方がいいんじゃないか?しかも今はルーブ族の俺の家にいるんだぜ?周りにはばれてないにしても何もない保証はどこにもない」

「…だけど」

「いいんだよ。お嬢様は、守られていれば」

「そんなの…」

 嫌だ、そう言う前にクロードは扉に手をかけた。

「じゃあ、行ってくる」

「…クロード様、どうか気を付けて」

「わかってるって」

 そう言ってクロードは走って行った。それを見て、セシリアとリディは少なからず驚く。すぐに背中が見えなくなったからだ。走るスピードが圧倒的に違った。セシリアは振り返りリディを見る。

「リディ、すごいのね。ルーブ族の方って」

「本当ですね。少し、身体能力が優れているぐらいだと思っていましたが…」

「あんなに優れている彼らを蔑視する理由がわからないわ」

「ええ」

 頷くリディを見て、セシリアは腕を天井に向けて伸ばした。

「さてと、それじゃあ、家主のいないこの家で何をして待っている?ま、あの速さなら待っている時間も少ないでしょうけれど」

「セシリア様は何をしたいですか?」

「ん?そうね、何をしようかな…」

 首を傾げるセシリアをリディは笑みを浮かべて見た。しかし、すぐにその表情を硬くする。どうしたのかと首を傾げるセシリアの手をリディは取った。

「え?」

 驚きの声を上げるセシリアをリディは背中に隠すようにする。スカートの中に隠してある短剣に触れた。

 少しだけ音を立てて扉が開く。そこから中に入ってきたのは、黒髪の綺麗な女性だった。すっと両手を上げ、首を横に振る。

「何もするつもりはないわ。短剣から手を放して」

「…誰ですか?」

「そんなに警戒しなくてもいいでしょう?これだけ気配を出して入ってきてあげたんだから」

 からかうような表情を浮かべて長い髪をかき上げた。その動きも洗練されており、美しさをさらに引き立てる。

「警戒を解いてくださらない?敵ではないわ。味方でもないけれど」

「あの、あなたは?」

 リディの背中越しに少しだけ顔を出し、当然の疑問をセシリアが口にする。女性は笑みを深くした。

「あなたがハプス家のセシリア様ね」

「…え?」

「どうして知っているのって?婚約者から聞いてるからよ」

「婚約者…?」

「ええ。クロードの婚約者でルーブ族のレリアですわ。お嬢様」

「…クロード様の……婚約者」

 言われた言葉を理解するのに時間がかかった。胸が苦しくなる。たまらずセシリアは目の前にあるリディの背中に手を置いた。

「婚約者とはどういうことですか?」

 代弁するようにリディが口にする。

「どういうことも何も、言葉のままの意味よ。リディさん。それよりクロードはどこに行ったのかしら?」

「あ、えっと…咳止めの薬を作るため薬草を取りに行かれましたわ」

「そう。それなら、あと10分くらいで帰ってくるかしら。でも、困ったものだわ。客人に留守を預けるなんて。何かあったらどうするのかしらね?」

 含みを持たせた視線を2人に向けた。セシリアは小さく首を横に振る。

「私たちは、そんなこといたしませんわ」

「あら?気分を害したかしら?ごめんなさい。もちろん、ハプス家のお嬢様が盗みをはたらくなんて思ってもいませんわ。けれど、身内ではないのだから警戒は必要だということです」

「……そうですね。私は友達でもないのですから」

 自分で言った言葉に、セシリアは胸が潰されそうになった。自分とクロードの関係はどんな言葉になるのだろう。目の前にいるこの人が婚約者だというのなら、婚約者候補でもなく、ましてや恋人、友人であるはずがない。赤の他人。顔を知っているから知人の方が正しいだろうか。けれどそんなのは嫌だと胸が鳴いた。

 セシリアはまっすぐレリアを見た。小さな顔だった。目が大きく、小動物を連想させる。けれど、背筋が伸び、きりっとしていた。大人の女性という言葉が似合う女性だ。

「申し訳ありません」

 セシリアはレリアに頭を下げる。その様子をレリアは楽しそうに見つめた。

「あら?どうして謝るの?」

「婚約者がいることを知らなかったとはいえ、クロード様のお時間を私事で頂いてしまったので」

「ご理解があって助かるわ。婚約者が他の女といるのよ?友達でもない女と。嫌でないわけがないじゃない。」

「…」

「それで、謝ってくださったということはご遠慮してもらえるのかしら?」

「え?」

「あなたがこれ以上クロードと一緒にいる意味はあるのかしら?薬の手伝いなら私がするわ。私ならどの薬草か見分けがつくし、薬草を取りに行くのだってそんなに時間がかからない」

「…」

「あなたにできないことを私ならできるの。クロードの傍にいて役に立てるわ」

「…そう…ですね」

 言葉を声に出すのが苦しかった。出てきそうになる涙を辛うじて止める。

「それに結局は、クロードも私を選ぶはずよ。だって、彼に必要なのは、ルーブ族の血ですもの」

「え?」

「あなたたちは否定するのかもしれないけれど、ルーブ族は優れているわ。あなたたちとは比べ物にならないほど。…子孫にもそういうものを残したいというのは普通の欲求じゃないかしら?…私と結婚すれば、純粋なルーブ族の子が産まれる。クロードは一族の中で群を抜いて優秀よ。彼はそうとは思っていないけれどね。だからこそ一族のみんなも望んでいるの。クロードの子が純粋なルーブ族であることを」

「…」

「ルーブ族は、純血が必要なの。それもクロードの純血が。クロードだって、きっと同じことを望んでいるわ」

 レリアは妖艶な笑みを浮かべた。どこか勝ち誇ったような笑み。セシリアは、先ほどのクロードを思い出す。一瞬で背中が見えなくなるほど速く走れる彼は、自分とは圧倒的に違った。それを侵すことがあってはならないのだ。

 そこまで考えてセシリアは愕然とした。「侵す」可能性を考えている自分に。ハプス家のために、母の望んだ人と結婚する。それに何の疑問も抱いていないはずだった。それが、クロードとの結婚を視野に入れ、しかも、心のどこかでは諦めたくないと必死になっている。

「…わ…私は…」

「何かしら、お嬢様?」

「私は…」

 何か言いたかった。けれど、何を言えばいいのか、何が言えるのかわからず、セシリアは再び口を閉ざした。そんなセシリアを心配するようにリディがセシリアの肩を抱いた。その温かさが心地よかった。

「ねぇ、リディさん。お嬢様、すごく体調が悪そうだけど大丈夫?よろしければ留守番を変わるから、おうちに帰ったらどう?」

 レリアの申し出にセシリアは小さく頷いた。それを見たリディは顔を上げ、レリアを見る。

「レリア様、ありがとうございます。それではお言葉に甘えて帰らせていただきます」

「ええ。クロードには私から言っておきますわ」

「…一つだけ、質問が」

「何かしら?」

「私やセシリア様のことはクロード様から聞いたのでしたね?」

「ええ。婚約者に話すのは当たり前でしょう?」

 楽しそうに笑うレリアにリディは頬を持ち上げ、頭を下げた。

「そうですね。ありがとうございました。それでは、失礼いたします」

「お嬢様、お大事に」

「…ありがとう」

 セシリアはリディに手を引かれ、クロードの家を後にした。近くに止めてあった馬車に乗り込む。メイド服のままだったことを思い出し、けれど、着替えるのが億劫だった。レリアのいるあの家に戻るのはもっと。

「リディ、このままでいいわ。早く、…早く帰りましょう」

「…かしこまりました。セシリア様」

 そう告げ、リディはセシリアの手を強く握った。少しだけ痛い。その痛みが現実なのだと教えてくれた気がした。泣きそうになって、けれど、涙は流れなかった。

 鳥かごの中にいればよかったのだ。セシリアは馬車に揺られながらそう思った。鳥かごの中は窮屈だけれど、心地よい。エサだっていつだって与えられる。外に出て、自分の力で空を飛ぶのは大変だ。風に吹かれて、行きたいところにも上手く行けない。鳥かごの中にいれば、「行きたい」なんて思わずに済んだのに。

「リディ」

「なんですか?」

「…恋って難しいのね」

 聞き取れないほどの小さな声だった。リディは小さく頷いた。


 

 空には薄黒い雲がかかっていた。風が土のにおいを運んでくる。雨が降るのだとセシリアは思った。道端に咲く花はかすかに揺れる。雨の気配を感じて喜んでいるようだった。黄色い小ぶりの花がセシリアの目に入った。クロードの家で見た小さな花。何という名前だったのかは忘れてしまった。そんな風にきっといろんなことを忘れていくのだろう。セシリアはそう思った。

 城の前に馬車を止め、リディは上着を取りに行った。メイド服の上に、黄色の上着を重ねる。セシリアが着ればそれは新しいドレスのように見えた。ぐっと腹に力を込める。いつものように完璧な笑みを浮かべた。

「セシリアさん」

 馬車を降り、城の門をくぐる前に、声がかけられた。振り向けばそこにいたのは、見知った顔。

「…あなたは」

「はい。あなたの婚約者候補のロランです。お会いするのは、初めてですね」

 ロランは慣れたしぐさでセシリアの手を持ち上げた。口元に持っていき、軽くキスを送る。赤茶色の髪が白い肌によく映えていた。

「ロラン様、どうしてここにいらっしゃるのですか?」

「おや?婚約者候補なのですから、会いに来てもいいでしょう?」

 ロランは楽しそうに笑みを浮かべた。人懐っこい笑みに、セシリアもつられて笑う。

「ええ、もちろんですわ」

「セシリアさんこそ、今までどこに?いつ会いに来ても、セシリアさんは勉学のため出かけられていると言われてばかりですよ」

 ロランの言葉に、セシリアは微苦笑を浮かべた。

「…セシリアさん?」

「…少しだけ、…少しだけ、夢を見てきました」

「はい?」

「いいえ。なんでもありませんわ。ロラン様」

「そう。それならいいんだ。ところで今、時間はありますか?」

「?」

「どうしても君と話したいんだ。少しだけ君の時間をもらってもいいでしょうか?」

「……もちろんですわ」

「それはよかった。今日という日をどれだけ楽しみにしたことか!」

「ロラン様、それは大げさではありませんか?」

 小さく笑うとロランはとんでもないと首を横に振る。

「私はね、ずっと前から君に惹かれていたんですよ」

 詩を読むように言葉を繋いだ。ロランの頬が赤く染まって見える。セシリアは言葉を飲み込むのに、時間がかかった。それでもロランは次々と言葉を繋ぐ。

「半年くらい前かな。たまたま、この城の前を通りかかった時、君がいたんだ。美しさにすぐに目を奪われた。会いに来たかったけれど、色々忙しくてね。なかなか来られなかったんだ。だから君の婚約者候補になれたと聞いたとき、本当に嬉しかったんだ」

「…そう…ですか」

「そうとも。こんなに幸せなことはないよ。ま、君が私を選んでくれたのなら、これ以上幸せになれるのだけれど」

 片目を閉じて、優しく微笑むその顔は端正で、胸が一つ音を立てた。この人を好きになればいい。この人を選ぶと言うだけでいいのだ。そうすればすべてが上手くまとまる。きっとロランは自分を幸せにしてくれるだろう。そして愛してくれるはずだ。母の期待にも応えられる。すべて上手くいくのだ。

 けれど、どうしても頭に浮かぶのは、黒髪の端正な顔だった。からかうようにこちらを見て、けれど、いつも心配してくれたあの顔。セシリアは泣きそうになって慌てて視線をロランから外した。

「…ロラン様、大変申し訳ありませんが、セシリア様は気分がすぐれなくて、休もうとしていたところなのです」

 セシリアの後ろに控えていたリディの言葉にロランは驚いたようにセシリアを見た。

「本当だ。顔色がよくない。すみません、気づかず、長々と話してしまいました。誠に残念だけど、今日はここまでにしておきます」

「あの…でも」

 引き留めるようとするセシリアにロランは小さく首を振る。

「もちろん君と話したいけれど、気分のすぐれないレディを休ませないような男ではないよ、私は。…今度は君が元気な時に来ることにするよ」

「…ありがとうございます」

 ロランは笑みを深めた。

「気にやまないでくれ。君は笑っていた方が美しい。…綺麗な花畑を知っているんだ。今度はそこに一緒に行ってくれるかい?」

「ええ。もちろん」

 セシリアが頷くとロランは幸せそうに笑った。セシリアの手を取り、口づけを送る。

「今はこの約束で十分だよ。セシリアさん、お大事に」

「ありがとうございます。ロラン様」

 頭を下げるセシリアにロランは小さく手を上げ、背を向けた。紳士的なそのしぐさは彼にとても似合っていた。

「セシリア様、中へ入りましょう」

「…リディ、ありがとう」

 泣いてしまいそうだった。それを察知し、対処してくれた。本当に自分にはもったいないほどできた侍女だと思う。

「ロラン様、素敵なお方ね」

「ええ。そうですね」

「きっと、彼と結婚すれば、幸せになれるわ。私のことを好いてくれているみたいだし」

「…」

「…そこは、そうですねっていう所でしょう?」

「申し訳ありません」

 どこかつらそうなリディの表情にセシリアは少しだけ笑った。

「明日、クロード様のところに行って、もう行かないと伝えるわ。…私が結婚するのはロラン様なんだから」

 それはリディに言うというよりは、自分に言い聞かせるようだった。リディは返事を声にせず、ただ頷いた。



ファンタジーじゃないですね。でも楽しいからいいのです。

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