サイレント
『サイレント』
登場人物
アナタ 女
ミキ 女
マサキ 女
ユウト 男
パトカーと救急車のサイレンの音。いくつも重なって聞こえて、次第に大きくなる。
ゆっくりと明転。薄暗い照明。
舞台ではミキがサイレンをきいている。その少し後ろにアナタ。
サイレンの音が遠ざかっていく。「左に曲がりますご注意ください」「左に曲がります道を開けてください」という機械越しの声。そのままフェードアウト。
ミキ 左に曲がりますご注意ください。……左は……東? 山のほう。なんかあったのかな。
アナタ 私には関係ないなって思ったでしょ?
ミキ 関係ない? そう。関係ない。
アナタ 本当に関係ない?
ミキ 関係ない。山のほうには行かないもの。
アナタ 行かないの?
ミキ 行く必要がないから。
アナタ 行ったこともないの?
ミキ 行ったことはあるわ。
アナタ 行く必要もないのに?
ミキ その時はあったの。
アナタ そう。時と場合によるってことね。
ミキ そういうこと。
アナタ なんで行ったの?
ミキ なんで……?
アナタ そう。なんで?
ミキ 覚えてない。
アナタ ん。いつ行ったの?
ミキ 覚えてない。
アナタ 覚えてないの?
ミキ 忘れちゃったから。
アナタ そんなに前なの?
ミキ ……。(無言でケータイをいじる)
アナタ ……なるほどねぇ。
間。ミキ、ケータイをいじっている。
アナタ 20時46分「みきみき」さんのツイート、『なんかパトカーがすごい聞こえた! なんか事件かな、こわーい><』
ミキ ……!?
アナタ 全然怖いとか思ってないくせに、よく言えたものね。それに「パトカーが聞こえた」って、頭悪そうな文章。
ミキ、ケータイをアナタから隠しながらいじる。
アナタ 20時47分「みきみき」さんのツイート、『買い物してるんだけど横の人がめっちゃケータイ見てくる。まぢきもい』……酷い嘘ばっか。
ミキ (警戒しながら)……あなたは誰?
アナタ ……わたし?
ミキ そう。いつからそこにいたの?
アナタ わたしはずっといたよ?
ミキ だからいつから?
アナタ だからずっとよ。
ミキ 馬鹿にしてるの?
アナタ とんでもない。ずっとなんだから、ずっととしかいいようがないじゃない。
ミキ ……なんなの?
アナタ 何って
ミキ いったいなんなの? あなた。
アナタ わたしはアナタよ
ミキ え?
アナタ わたしはアナタ。
ミキ ……アナタって名前?
アナタ 違うわ。だから、わたしはアナタなの。
ミキ え? 私ってこと?
アナタ そう。頭いいわねアナタ。
ミキ 自画自賛?
アナタ え?
ミキ 自分を褒めたことにならない? それ。
アナタ ああ。違う。そうじゃないわ。アナタはわたしじゃない。
ミキ あなたは私でしょ?
アナタ そう。わたしはアナタ。
ミキ ……あなたは私
アナタ ええ。わたしはアナタよ。でも、
ミキ 私はあなたじゃない……?
アナタ そう。やっぱり頭いいわねアナタ。
ミキ きっとあなたの方がいいと思う。
アナタ それは自画自賛になるわ。
ミキ あなたは私だから?
アナタ その通り。
ミキ ……。
アナタ わからないって顔してる。
ミキ うん。
アンタ わたしはアナタだけどアナタはわたしじゃないの。
……つまりね、ゴリラはB型だけどB型はゴリラじゃないっていうのと一緒。アナタの知り合いのB型がゴリラじゃないように、アナタはわたしじゃないの。
ミキ ……あなたはゴリラなの?
アナタ そう言えなくもないわ。
ミキ でも私はB型じゃない。
アナタ そうでしょう。つまりそういうことよ。
ミキ そうなんだ。
アナタ ええ。
間。ミキ再びケータイをいじる。次もアナタからは見えないように。
アナタ 20時49分「みっきー」さんのツイート、『なんか頭おかしい奴がいるんだけど。ゴリラがどうとか言ってくる。まじでキモい』……別のアカウントねー。こっちの方が素のアナタらしいね。さっきのアカのキャラはキモいって。
ミキ 何で見えるの?
アナタ なんでって、だってわたしはアナタだから。何だって知ってるわ。
ミキ 何だって……?
アナタ ええ。アナタが知ってることなら、何だって。
ミキ 見てたの?
アナタ ?
ミキ 見てたんだ……。
アナタ 何を?
ミキ とぼけないで。あなたは私なんだからわかるんでしょ?
アナタ わたしはアナタだけど、考えてることの全部がわかるわけじゃない。アナタはわたしじゃないから。
ミキ …………。
アナタ 20時50分「みきみき」さんへのリプライ『だいじょーぶ!? 最近キモいャツ多スギ! 気をっけてねッ!』……「や」と「つ」が小文字って、(笑う)いつの時代のギャルよ! まだいたのこんなの! てかこんなのと知り合いなのアナタ!
ミキ どうでもいいでしょ。
アナタ うんうん。どうでもいいもんね。ただその子が輪の中にいるからアナタも礼儀で仲良くしてるだけなんでしょ? わかるわかる。それで、それは向こうも同じ。知ってるよ。わたしはアナタだから。
ミキ いい加減しつこいんだけど。
アナタ 帰って欲しいんでしょ? でも残念わたしは帰らないし帰れないよ? 帰るとすればそれはあなたの中。
ミキ ……ああ、そっか。
アナタ ?
ミキ 妄想か。
アナタ もうそう?
ミキ あなたは私の妄想なのね。やっとわかったわ。疲れてるから、仕方ないよね。あんなことがあったんだから、そうだよね。仕方ないよ。ちょっと疲れてるから見えちゃった妄想か。そっか。そうなんだ。
アナタ ……アナタがそう思うなら、そうなんじゃない?
ミキ ほらね? あー。早く家に帰らないと。
アナタ なんで?
ミキ (無視する)
アナタ なんで早く帰るの? 何かあったから?
ミキ 家帰ってお風呂はいって、ご飯は……今日はもういっか。
アナタ 何かあったんだもんね。関係ないことが? 関係ないの? 本当に?
ミキ 早く帰ろ。
アナタ 関係ないことがあったからね。山のほうで。
ミキ ……
アナタ ねえ、あなたはいつ山のほうに行ったの?
ミキ ……
アナタ ねえ。
ミキ 覚えてない。
アナタ 本当に?
ミキ ……
アナタ 20時51分「ユウト」さんのツイート、『たすけて』
ミキ !!
アナタ ほら、いつ山に言ったのか忘れちゃったアナタには関係ないことが山のほうであってパトカーが聞こえちゃったから早く帰らないと。
ミキ ……やめて
アナタ 助けられないから、早く関係ないことにしないと。助けたくないから、山のことは関係ないことにしないと。そうしないと…
ミキ (遮って)やめてったら!!
アナタ やめるわ。アナタはわたしじゃないから。わたしはアナタだもんね。帰るんじゃないの? 足動かさないと帰れないよ?
ミキ、何かにおびえるように「関係ない」「早く帰る」とぶつぶつとつぶやきながらおぼつかない足取りで舞台からはける。それに少し遅れてついていくアナタ。
アナタ でも覚えておいて? わたしは助けることはできないけど、追い詰めることはできるの。
それを聞いたミキは動きを止めてビクつくが、再び「関係ない」「早く帰る」とさっきより鮮明に言いながらはける。
ミキがはけ、舞台袖ぎりぎりで立ち止まるアナタ。
アナタ 13時16分「みっきー」さんのツイート、『同じ大学のあの女うざい』
13時18分「みきみき」さんのツイート、『わかる! 男みたいな名前しててねー。』
13時19分「ミケ」さんのツイート、『すぐに男子に馴れ馴れしく近づくし』
13時24分「みっきー」さんのツイート、『ホント気持ち悪いよね』
13時26分「ミケ」さんのツイート、『大学やめればいいのに』
13時26分「みきみき」さんのツイート、『まぢキモイよねー』
照明を変えて雰囲気の違いを。
アナタ 13時51分「マサキ」さんのツイート、『人ってどうしてこうなんだろう。くだらないことばっかり。そんなことしてる暇があるならもっと有意義に時間使えばいいのに』……でも、これも関係ないって思ってるんでしょ?
アナタの台詞の間にマサキがケータイをいじりながら舞台上に出てきている。
マサキ 関係ないね。ほかの馬鹿どもが無駄なことしてる間にあたしは有意義に時間を使うから。
アナタ ほかの人たちはどんなふうに無駄なことしてるの?
マサキ くだらない噂話とか、ケータイのアプリでゲームとか。馬鹿みたい。
アナタ じゃあアナタはどんな風に有意義に時間を使うの?
マサキ そんなの、もっと健康的なことに決まってるじゃん。勉強、運動、恋愛。学生の間はこれだけやっときゃいいのよ。
アナタ ふんふん。
マサキ あんたもそう思わない? くだらないことばっかりやってる奴らを見下す側っぽい雰囲気してるよ。
アナタ あー。わかる? そうなの。見下すの結構すきなの。
マサキ うんうん。ところで、あんたは誰?
アナタ わたし?
マアキ 他に誰がいるの? ほら、時間の無駄だから早く言っちゃってよ。
アナタ わたしはアナタよ。
マサキ ……は?
アナタ だから、わたしはアナタなの。
マサキ ……あんたが、あたし?
アナタ そう。
マサキ ……へー。面白い。面白いナゾかけするじゃん。いいよ。続けて。じゃああたしは?
アナタ アナタはわたしじゃない。アナタは真咲でしょ?
マサキ ふんふん。あんたはあたしだけどあたしはあんたじゃない。それであたしは真咲。つまり、あんたはあたし、つまりマサキっていうジャンルに包括される個体ってこと?
アナタ 違う。
マサキ え……? えーと、じゃあ、あれか、あんたの中にはマサキじゃない部分もあるってこと?
アナタ そうよ。
マサキ なるほどね。つまり、集合体としての個があんたであって、その集合体を象るパーツとしてあたしが存在している。ただしそのパーツの構成要素はあたしの存在全てではなく、あくまであたしの中の一部分。こういうこと?
アナタ アナタは頭が良いわね。
マサキ そう! あたしすごく頭いいんだよ。どう? ナゾかけはこれでいいでしょ? あんたの名前を教えて?
アナタ まさき。
マサキ マサキっていうの!? 名前一緒! 珍しい! じゃあ、苗字を教えてよ。あんたとは面白い話ができそうだから。いろいろ哲学的なこと知ってそうだし!
アナタ みき。
マサキ ミキ? 変わった苗字だね。どういう漢字?
アナタ ミキは名前よ。
マサキ え? でも、じゃあ、マサキが苗字? そっちのほうが珍しいけど……。
アナタ どっちも名前よ。
マサキ は?
アナタ だから、どっちも名前。さっきアナタが言ったんじゃない。集合体って。
マサキ ……おちょくってるの?
アナタ まさか。アナタはわたしをおちょくってないでしょ? だからわたしもそんなことしないわ。わたしはアナタだもの。
マサキ …………。ああ、そういうこと。ごめんなさい。あたしの勘違いだった。面白い奴じゃなくてオカシイ奴だったんだ。
アナタ アナタがそういうならわたしはオカシイのね。
マサキ そう。あんたオカシイんだよ。自覚して生きな。
アナタ わかったわ。自分の常識の許容を超えるとすぐに相手をオカシイっていう程度の見識しかないんだねアナタは。
マサキ は?
アナタ 何?
マサキ ……何見下してるわけ?
アナタ 見下すよ。アナタがわたしを見下したから、わたしはアナタなんだから、見下すしかないもの。
マサキ ……っ! だから、あんた、そういうのホントに止めたほうがいいよ。気持ち悪い。
アナタ 気づいてるんじゃないの? 見下されてるのはアナタのほうだって。アナタが見下している噂話がアナタを見下してるんでしょ? アナタは見下されたくないから噂話を見下すんでしょ? 噂話を、噂話をする他人を、見下すんでしょ?
マサキ 何を、知ったような口を、
アナタ そうやって、自分を保ちたいんでしょ?
マサキ うるさい。喋るなクズ。
アナタ アナタがそうやってわたしを見下すから、わたしはアナタを見下すんだよ?
マサキ うるさい! うるさい! 黙れしゃべるな!
アナタ さよなら。
マサキ 何だその目。やめろ! ふざけんな! あたしを、あんたらみたいなクズがあたしを! 悠斗! 悠斗! 電話出なさいよ早く! あんたはあたしを見下さないもんね。あんたはあたしの味方だもんね。そういうもんでしょ? ね? ……だから早く電話出なさいよ。早く! こういうときに出ないで何のためにいんのよあんたは!
マサキの台詞の前半でアナタはマサキを一瞥してはけていく。台詞が終わってもマサキはケータイにすがり何かしら操作を続ける。
ゆっくり暗転していく。
アナタ 14時00分「マサキ」さんのツイート『クソ』
14時00分「マサキ」さんのツイート『ふざけんな』
14時01分「マサキ」さんのツイート『あたしが何をした』
14時06分「マサキ」さんへ「ユウト」さんからのダイレクトメール『落ち着いて。20時には帰るから』
暗転。
明転。
薄暗く、かろうじて影が見えるような照明が点いたり消えたりとおぼつかない様子。
二人の男女が立っている。立っているのはミキとユウト。ただし顔はほとんど見えない。
何かを話していて、男が首を横に振る。
女の影が動く。しなだれかかるような動き。
男はそれに薄い拒絶の反応を見せ避ける。が、影が被った時に二人の動きが止まる。
女の腕は男の腹部に何かを刺したように見える。
同時に暗転。
アナタ 15時22分「ユウト」さんへ「マサキ」さんからのダイレクトメール『ありがと』
14時49分「みきみき」さんのツイート『あの女アタマおかしいかもまぢキモイ』
19時53分「ミケ」さんのツイート『やっと解放できた』
16時29分「さき」さんのツイート『あいつ驚くかな。ちょっと不安だな』
アナタ 11時26分「ユウト」さんへ「みっきー」さんからのダイレクトメール『マサキさんのことで話があります。今日の19時ごろ運動公園の入り口あたりに一人で来て下さい』
明転。
薄暗い照明。
ユウトが寝転がっている。よく見ると服の腹の辺りが赤いようだ。
アナタ 20時27分「ビーバー@二十歳」さんのツイート、『やばいってこれ。救急車呼んだけど、これやばいって。近づけねーって。なんでこんな日に限って散歩してんだよ俺。いや、見つけただけよかったのか? なんにしろ早く救急車来いってコレ。生きてるのかもわかんねーよ』
ユウト ……
アナタ ってことらしいよ?
ユウト 生きてるよ。
アナタ あー、でもその声じゃ届かないかな。そもそもアナタ今その声口に出せてないし。
ユウト 二十歳のビーバーさん? に、救急車呼んでもらえただけで助かったよ。
アナタ まだ助かってないわ。
ユウト あーそっか。
アナタ ……。
ユウト ……。
アナタ 意識モーローとしてるの?
ユウト うん。
アナタ やばいんじゃない?
ユウト やばい。
アナタ あ、そんなアナタに嬉しいお便り。20時28分「マサキ」さんのツイート、『ユウト遅い。大丈夫かな』
ユウト マサキ……。
アナタ 彼女なんでしょ? よかったじゃない。心配されて。
ユウト 帰らないと
アナタ そうね。
ユウト ……助けを呼んでもらえないか?
アナタ ……わたしに言った?
ユウト ああ。誰だか知らないけど、
アナタ わたしはアナタじゃないから無理ね。
ユウト ああ、そうなのか、無理か。
アナタ まあ、今は、ね。もしもアナタがケータイに手が届いて文字を打ち込めたら、助けを呼ぶお手伝いくらいなら、まあできなくもないわ。
ユウト それ、直接俺が呼んだほうが早いよな。
アナタ そうね。助けにはなれない。あなたの彼女が「無駄なこと」って言ったのも頷けるわ。
ユウト マサキ、口調きついからなぁ。
アナタ そうね。あの子の口調きついから、わたしまで口調きつくなっちゃった。
ユウト ……きみ、何なの?
アナタ 普段なら、わたしはアナタよ。って答えるんだけど、わたしは今アナタじゃないから、んー。じゃあ、ヒントだけ。無駄なことで、関係ないことで、アナタを助けられない存在。ただただ、目に、耳に、入ってくるだけの存在。
ユウト ……そっか。
アナタ ごめんなさいね? ただ、アナタがわたしの対象になってるから、わたしはアナタの傍にいるの。
ユウト 対象?
アナタ そう対象。わたしの対象になるってことは、それはつまりアナタがこの世界に関心されているってことよ。良い悪いはともかく、おめでとう。
ユウト ……。
アナタ ……。
ユウト ……。
アナタ ……。
アナタ、ユウトの手を動かし、ユウトのそばに落ちているケータイに何かを打ち込みだす。
パトカーと救急車のサイレンが小さく聞こえてくる。
アナタ 20時51分「ユウト」さんのツイート、『たすけて』
アナタ、ケータイを自分の手に持ち操作しながら客席を見て、
アナタ ××時△△分(その時の時間)「アナタ」さんのツイート、『アナタはわたしになられたい? それともわたしの対象になりたい? ……どちらもいや? それなら、誰とも関わらずに、どこかでひっそりと埋もれているしかないんじゃない? そうする覚悟もないのに、わたしと関わりたくもないなんて言うのは、贅沢ってものよ。こんな社会に生まれちゃったからには必ずどちら(ここからは口パクで声にならない)』……? ……ああ、字数制限か面倒くさい。言いたいことも言えない世の中ね。…………わたしが言っても、説得力ない、か。
パトカーと救急車のサイレンが大きく、うるさくなってゆく。
アナタは笑いながら何かを喋っている。が、聞こえない。
暗転
終劇