女王さまの目玉と旅するナイアルラトテフ
むかしむかし、あるところに、ひとつの国がありました。
その国はさばくの中にあって、砂が太陽の光をあびて、キラキラとかがやくきれいな国でした。
ですが、住んでいる人たちは、みんな、悲しそうで元気がありません。だれもあいさつもせず、じっとうつむいて、通りを歩いています。
この国の女王さまは、ふしぎな力を持っていました。
ほら、道のすみっこの木陰を見てみましょう。ふたつの小さな丸いものが見えます。白色の中に黒い点のもようがあるものです。なんでしょうか?
それは目玉でした。ふたつの目玉がコロコロと転がっているのです。そしてあるく人たちをじっと見つめています。
気がつく人はめったにいませんが、たまにさばくの砂のようにキラキラ光る目玉に気がついた人はギョッと驚き、顔を青くしながら逃げていきます。そうすると目玉は、コロコロと転がってべつの場所を探すのでした。
この目玉は女王さまのものです。女王さまは、自分の目玉を取り出し、コロコロと転がすことで、どんなところでも見ることができたのです。
こんなことがありました。
パン屋のシャダムは、ある日ねぼうしました。前の日にいっぱいはたらいて、とても疲れていたのです。あわててシャダムはパンをグニグニとこね、かまどにいれてやきました。
ですが、いつもの半分しかパンはできません。みんなはガッカリしました。
「ごめんよ、今日は小麦が足りなかったんだ」
シャダムはそう、うそを言って頭をかきました。
コロコロとパン屋のかまどの上から、それを見ていた女王さまは怒って言いました。
「なまけ者のパン屋め、そんなに怠けたいなら腕をちょん切ってやる」
女王さまはシャダムを捕まえ、たくさんのおいしいパンを作ったうでを、チョキンと大きな刃もので切ってしまいました。もう二度とシャダムはパンをやけません。
シャダムのパンをたのしみにしていた人たちは、とてもかなしみました。
こんなことがありました。
ふたりのおどり子がいました。ふたりはいつも相手をそんけいしていました。
広場でふたりは、ぴょんととびはね、くるくると回ります。みんな、ふたりのおどりが大好きでした。おどりが終わると、たくさんの拍手がふたりへとおくられました。
でもときには、失敗することもあります。そんなときは、拍手は失敗しなかった方がたくさんおくられるのでした。
「ずるいわ、わたしだってがんばったのに」
ふたりはたまにはケンカするときもありました。
コロコロとだれもいなくなったステージの上から、それを見ていた女王さまは怒って言いました。
「このふたりはいつも言い合いばかり。ひとりで踊ればしずかになるわ」
女王さまはおどり子を捕まえて、チョキンとひとりのおどり子の足を切ってしまいました。どっちを切るかはクジで決めました。
切られたおどり子も切られなかったおどり子もわんわんと泣きました。もうふたりでおどることはできません。
おどり子たちはふたりでどこかへ行ってしまいました。
こんなことがありました。
ある夜、小さな男の子がお母さんのケンカをしました。
家を飛び出した男の子は、つい地面に「お母さんなんていなくなれ」と書いてしまいました。
すぐにビョウと風が吹いて「お母さんなんていなくなれ」は消えてしまいました。
でも、コロコロと塀の上からそれを見ていた女王さまは怒って言いました。
「こんなことを男の子書かせるなんて、なんて悪いお母さんだ」
女王さまは、男の子のお母さんを捕まえて、チョキンと首を切ってしまいました。
ああ、あんなことを書くんじゃなかった。男の子は怒ったお母さんは嫌いでしたが、笑うお母さんは好きでした。
それに、お母さんの作ってくれる美味しいゴハンをもう食べられないのだと思うと、とてもかなしくなってしまい、ついには泣き出しました。
男の子はいつまでも、いつまでも、泣いたままでした。
そんな国に旅をしていたナイアルラトテフがやってきました。
ナイアルラトテフは真っ黒な顔をした、とてもかしこい旅人です。
国の人は言いました。
「ナイアルラトテフ、わたしたちは苦しんでいます」
ナイアルラトテフはいきなりそんなことを言われて、とても驚きましたが、えへんとせきばらいをすると言いました。
「まぁまぁ、みなさん、ここはパンでも食べながら話を聞きましょう」
ナイアルラトテフはパンを食べましたが、パサパサしていて、まったくおいしくありません。
「なんだこのパンはパサパサしていておいしくない」
「ナイアルラトテフ、おいしいパンを作れる人はもうこの国にはいません。女王さまが腕を切ってしまいました」
つづいて、ナイアルラトテフのために、おどり子がおどりました。ですがつまづいたり、つっかえたり、ぜんぜん面白くありません。
「なんだこのおどりはつまづいたり、つっかえたりして面白くない」
「ナイアルラトテフ、面白いおどりができるおどり子はもうこの国にはいません。女王さまが足を切ってしまいました」
最後に、小さな男の子が部屋の隅で泣いていました。ナイアルラトテフは楽しいことが大好きなので、泣いている子がいてとてもこまりました。
「なんだこの男の子は、なんで泣いているのだ」
「ナイアルラトテフ、この子のお母さんはもうこの国にはいません。女王さまが首を切ってしまいました」
「いったいぜんたいこの国はどうしたのだ」
ついにナイアルラトテフはそう言いました。
「女王さまは目玉をコロコロと自由に動かせるのです。この国の人はいつ女王さまに見られているかわかりません。ナイアルラトテフ、わたしたちを助けてください」
国の人はみんなでそう言いました。
「分かった分かった、では女王さまのところに行ってくる」
ナイアルラトテフはパサパサして美味しくないパンを食べ、つまづいたりつっかえたりするおどり子にぱちぱちと拍手を送り、泣いている男の子に小さなオモチャをわたすと、女王さまのところに歩いて行きました。
ナイアルラトテフは有名な旅人です。とてもかしこいとみんながウワサしています。
そんなナイアルラトテフがやってきたのですから、女王さまも、はて何のご用かしら? と気になってしまいました。
だから、ナイアルラトテフは槍をもった門番に止められることなく、女王さまのところへと通してもらえました。
「ナイアルラトテフ、ようこそわたしの国へ」
「やあ女王さま、ごきげんよう」
ナイアルラトテフはきれいな笑顔を見せて、女王さまにあいさつしました。
「ナイアルラトテフ、わたしに会いたいとは嬉しいことだ。なんのご用かしら?」
「女王さまは目玉を外して、コロコロころがし、どこでも見れると聞いたよ。本当かい?」
「本当だよナイアルラトテフ。わたしの目玉はなんだって見える」
「でも女王さま、あまりなんでも見ない方がいいんだよ。とくに目玉をころがすのは良くないね」
それを聞いた女王さまは怒って言いました。
「まぁ、かしこいナイアルラトテフ。わたしはこの目でなんだって見てきたのよ。目にかけてはナイアルラトテフよりかしこいわ。口出ししないでちょうだい」
「でも女王さま、まぶたの中に目玉がないと、なにか恐ろしい物を見たときに、目をつぶることができないよ。それでもいいの?」
「まぁ、かしこいナイアルラトテフ。わたしに怖いものなんてないのよ。かしこいナイアルラトテフとちがって、わたしはなんだって見てきたの」
それを聞いたナイアルラトテフは大きな声でわらいだしました。
「何をわらっているのナイアルラトテフ」
「女王さまは、本当に恐ろしいものを見たことがないからそう言えるのだ。わたしの言うとおりにしないときっとこうかいするぞ」
ナイアルラトテフはそう言いました。ですが女王さまはフンとわらうと言いました。
「ナイアルラトテフ、わたしに怖いものなんてないわ」
「ではお見せしよう」
ナイアルラトテフはバッと女王さまに飛びつくと、ゆびで女王さまの目玉をぐいと押しこみました。
「なにをするのナイアルラトテフ」
女王さまは驚きました。
ナイアルラトテフがもう一度目玉を押し込むと、コロコロと目玉は頭の奥へところがっていってしまったのです。
「ああ、暗い、ここはどこなの? 何かが見えるわ。 ああ、あれは何? ああ、そんな、まさか、やめて、見たくない、こわい、こわい、たすけて、たすけて、見たくない」
女王さまはひめいを上げて頭をふり回しました。ゴチンと頭が柱にぶつかり、目玉がコロコロと頭のなかからころがり落ちます。
女王さまはそれを足でグシャリと踏み潰してしまいました。
「これで、もうあの怖ろしいものを見ることはないわ」
こうして、女王さまの不思議な目玉はつぶれてしまい、この国は平和になりました。
「ありがとうナイアルラトテフ。でもいったい、女王さまは何を見たのでしょう?」
アハハと楽しそうにわらいながら、ナイアルラトテフは答えます。
「自分の頭の中だよ。頭のなかにころがり落ちた目玉は、頭の中を見たんだ。この世でいちばん恐いものは、自分の頭の中に住んでいるんだよ」
旅のしたくを終え、次の国へと向かうナイアルラトテフは言いました。
「だから、目をつぶったときに、黒いくらやみの中にうかぶ、モヤモヤとしたものを、あまりじっと見つめてはいけないよ。まぶたのうらがわに何が写りこんでいるのか、わかったものじゃないのだからね」
ナイアルラトテフはもういちどわらうと、さばくへと旅立っていきました。