第4話 ペチカ編(後編)
そう思った瞬間、アーサーの意識は完全に少年と同化していた。
「嫌だ!もう嫌だよこんな家!」
まだ声変わりをしていない10歳の少年の声は、三十年前のこの部屋で甲高く響き渡る。
拳を握り、眉を顰め、唇を血が出る位噛みしめる悲しみの顔は、ポーカフェイスで通っている今のアーサーとは思えない位、豊かなものであった。
それを祖父は淡々と、哀れな目で見下ろしていた。
「また言われたんだ!お前の家はお化け屋敷、そこに住むお前もお化けの様な顔して気持ち悪いって!もうヤダ!この家にいたくない!学校にも行きたくない!」
理不尽なやっかみに混乱し、不満をぶちまけるアーサー。
涙が溢れ、一滴一滴が真紅の絨毯にしみとなって広がった。
「また、そういう風にいじめられたのか。アルトゥール。」
祖父が揺り椅子に座り、アーサーのロシア語名でもって応え、パイプを持つ。その無頓着さに更にアーサーは腹が立って叫んだ。
「また、じゃないよ!毎日なんだよ、おじいちゃん!」
「毎日だろうが何だろうが関係ない。そういうやっかみは我ら誇り高き白き者、ベリャーエフ家の繁栄に対する嫉妬であり、常に取るに足らないものであるといつも言っているであろう。気にするんじゃない、その時はアルトゥール。ベリャーエフ家の長兄として毅然とした態度をとるべきなのだ。」
祖父はいつもの様に長兄である事を引き合いにだして、アーサーを諭そうとしている。確かに、今までアーサーはそれでいつも励まされていた。しかしその時はもう違っていた。
「なにが誇り高きベリャーエフ家だってっ!?」
アーサーは手元に置いていた分厚い本を放り投げる。
「僕だってそう信じて今まで頑張ってきた・・・、けれどこれは一体何なのさ・・・!」
今日だっていじめから逃げるように、ベリャーエフ家の古文書を図書館で読んでみじめな自分を慰めようとしていたのだ。しかしそこにあった記述が、更に幼いアーサーを追い詰めた。
「そこになんて?」
突然ジョージの声が頭の中に響いた。
「祖父は昔から、私の顔を見てはいつも、こう言っていたんだ。お前のその白き顔は、先祖由来の「高貴なる白き者」を意味するベリャーエフの象徴であると。
それを父に代わり受け継いだお前は誇り高い者なのだと、な。まだ物事を知らず幼かった私はそれをそのまま信じて実に鼻が高かったものだ。がしかし・・・・。」
「「白き者」ってのは本当は、本当は!!昔の貴族がその容姿を蔑んで名付けたものなんだろ!?「生きている感じのない気味の悪い貴族ども」ってね!」
「アルトゥール・・・、お前・・・。」
涙をまき散らせながら叫ぶアーサー。
まさか未だ若干十歳の孫が、いつの間にロシア語の古い文献を解読できていたとは思わなかったのだろう。その時の祖父はいつも以上に驚いた顔をしていた。
「ベリャーエフ家はロシアへ亡命しようとした時、結構な数が革命派によって粛清されたと言うじゃないか!「白き者」だから他のと違って見つけやすいってされてッ!」
もうだめだ、もうやめろ―。と言うように祖父はアーサーの叫びにうなだれた。
「ベリャーエフ家は昔からこの顔で軽蔑され、呪われてきた一族なんだ!この家も呪われてる。この僕も呪われてる。もう嫌だ!こんな顔、こんな家なんて捨ててどっかに逃げてしまいたいッー!」
心の奥底から湧き出るままにアーサーは泣き崩れた。それを見た祖父は揺り椅子から身体を起こし、震えるアーサーの肩を優しく掴む。
「アルトゥール・・・。そう、思ってもない事を言うんじゃない。人というのは残酷な「モノ」だ。一つの事柄に勝手に解釈をつけて、好き勝手に、あるはずもない価値をつける自分勝手なモノなんだ。
そんな曖昧なものに私たちは揺らがれる必要はない。たとえ呪われてようが、軽蔑されようが我々は間違いなく高貴なる白き者なのであって、お前は私の可愛い孫だ。それでいいじゃないか、アルトゥール。」
それはアーサーを励ます祖父の精一杯な言葉であったのだろう。しかしこの時アーサーは祖父のの言葉に全く心が響かなかったのだ。しゃくりあげながら一言だけ呟く。
「僕はアルトゥールじゃない。アーサーだ。」
祖父は諦めるように目を伏せその場から離れ、アーサーを1人に部屋を出ていってしまった。
思えば祖父もつらかったのであろう。孫に自分の信念を嘘っぱちと指摘され、白き者を受け継ぐ自分自身の存在さえも「同じ者」に否定されて。
しかしそれでも、アーサーは祖父の言葉に揺らぐことはなかったのだ。
「何故?」
「あの時私は貴族どうのより、ただ学校でいじめられた事が悲しかった。ただ、両親が自分を残し、顔の似ている妹に、つきっきりでいたのが寂しかった。
本当はそれをただ慰めてほしかったのに、唯一慕ってくれる祖父も私自身より、あの通りいつも家の事を優先するばかり。そして、何も言わずに取り残された事で、私の微かな期待は裏切られたのだ。もう、どこにも居場所がないと思ってしまった。」
そうだ、この家にも、学校にも、家族にも僕が生きていける場所はないんだ。
1人泣きじゃくる部屋の中―、一時の思いに駆られてアーサーは囲炉に駆け寄った。
仄暗い穴の中で燃え盛る薪の赤い炎を、目が潰れそうな程見つめ続け、決意を表す唾を飲み込む。
そして壁に掛けられていた鎌の柄を力強く掴み、鎌を薪に押し付けるように炎の中へ突っ込んだのだ。赤く錆びついた所が炎の熱によって橙色に光っていくのが目に見えた。そんな行動に移ったのはアーサーが前に得た知識―、
「熱された切っ先は、鋭くなる。」事を実践するため。
柄にまで届く熱い鎌を、側にあったバケツの水に突っ込んで冷やし、焦げるような匂いを放つ煙をも構わず、しっかりと鎌を掴んだ。
そして、チリリと音を立てる切っ先を取り出し、それを自分の首元にかけたのだ。アーサーは震えながら、目を瞑りそれをかけたのだ。
「こんな僕なんて・・・最初からいなければ・・・・っ!」
そうして精一杯の力をこめて、その切っ先を引いた―!
「・・・・斬ったのは・・・自分自身だった・・・・!?」
ペチカの効いた暖い部屋で、皮膚が焦げる痛みと同時に、皮膚が裂かれる感覚に悲鳴をあげながら、止める事はない。
生ぬるい血が首筋にどぷと流れていき、やがて目の前が朦朧となって囲炉の前で鈍い音と共に、四肢を放り投げるように倒れた。とくとくと音をたてる程に静脈が波打ち、白い首筋から流れる血が真紅のカーペットに黒い染みとなって広がっていく。
しかし、それもやがて緩慢になり、それに呼応するように、アーサーも自分が死ぬ瞬間を感じとっていった。
「死ねる・・・これでやっと逃げられる・・・・。」
そうだ―、アーサーは声をあげた。
その時に見たのであった。ぼんやりとした視界の中で、自分がさっきまで持っていた鎌を持ち、ゆらりゆらめく「死神」の姿を―。
しかしもう、それが何であるかも、何故いるかも理解する間もないまま、血だまりの中アーサーは目を細め意識を失った。その最後の瞬間まで、死神はその黒い穴をアーサーに向けたままで。
5、「顔」
「しかし、その後私は祖父に発見され、救急車に運ばれてなんとか一命をとりとめた。」
アーサーはジョージと並び、「今」のペチカを見上げながら言った。
「・・・・・ふゥーん・・・。それがフラッシュバックの真相ってェーワケか。」
ジョージはふてぶてしく頬を膨らませながら共にペチカを見上げる。でも、と片眉をあげアーサーの方へ顔を向けた。
「でも、おかしくね?鎌で首を掻っ切ったんだ。いくらガキの頃だろうが、そこまですっかり忘れるモンでもないだろーがよ。」
アーサーは目だけをジョージの方へ向ける。
「ああ・・・、今だからこそ言える事だが、私はあの時点で一度死んだんだ、きっと。」
「はあ?」
暗喩を解しないジョージは煙草をくわえたまま、口を開く。
「こうして色々思い出した事で、分かった事が1つある。」
とアーサーは言った。
「今思えば、あの頃からだったんだ。私が泣かなくなったのは。あんなに悔しくて、憎かったはずなのに、包帯を巻かれ、血の点滴を打たれ、白いベッドで起き上がった時から、その日々は変わらなかったはずなのに、私はそれ以来途端に家族も学校も嫌いじゃなくなっていた。」
そう、祖父の言った通り、すべてが「気にならなくなった」のだ。
まるで記号として、その言葉が私の中へ通り過ぎていくように。
それはあの日を境に、糸が切れてしまったような変わり様だった。そうした後、私はあの家から逃げるように11歳の冬、マンハッタンの実家に引っ越した。
「その中で、あれを忘れようと無意識に過ごしてきたのであろう。」
それは両親も、そして祖父も同じ気持ちだったから。と、アーサーは語った。
そこで私はふと思う。死神が鎌を持っているのはそれでもって人の魂を吸い取るためだという。
あの日、一時の感情でもって死を選んだ私から、この「死神」は、魂の源である、「感情」を抜き取る事で救おうたのではないか。
おそらく、「死神」が、鎌を私から取り上げたのもそのため。
もしかしたら、途中で鎌を奪い取って未遂にもさせたのではなかろうか。と。
「結構ロマンチックな事言うんだな、おめーって。」
アーサーの言葉にジョージはせせら笑うように応えた。しかし、振り向いた時にゆっくりと頷く死神によってそれが正しい事であると示されたのだ。
アーサーは黙ってその2つの漆黒の穴を見つめる。心なしかそれが慈しみの表情であるかの様に、思えた。
過去を思い出す事でひも解く様に映しだされる彼の正体。
思えば、コレが現れた時は大抵何か大きな時を抱えた時だった。
今日現れたのも近く始まる議長選挙故、それで自分がまた陥らないように、コレは守ろうとして―。
「馬っっ鹿みてェ。よけーなお世話じゃねーかそんな話。」
ジョージのやっかみに死神は不服そうに、身体を揺らす。
「余計なお世話だと。」
「あァ。感情を取って「何も思わなくなった事」が救いになったって?はっ、くっだらねえ。戦う楽しみも、人を蹴落とす快感も無しの人生たァ生きていく意味なんてありゃしねえだろ。」
首を振り、蔑むように死神に目をやるジョージ、にカタカタと音を鳴らしながら死神の目は逆立てた。そして黒い影で、持っていたジョージの鎌を瞬時に取り上げる。
「あ・・・?!」
黒い影は鎌を包むように蠢き、鎌はやがて黒い影を靡かせる刃の大きい大鎌、となった。
黒くなった柄を骨の手で持つ死神は、アーサーの頭上からそっと降ろし、のびる両手でその柄をアーサーの片手に掴ませた。
「・・・?これでジョージを懲らしめろという事か。」
そう言う前に、死神はカタカタと首を鳴らした。
「へえ!面白そうじゃん!のってやらあ!」
ジョージはにやと笑いコック服に合わせた白のホルダーに手をかける。睨みあう二者(?) 、しかしその間に挟まったアーサーは、毅然とした態度で応えた。
「やめろ。」
その低く荘厳な態度に、ジョージはまた一瞬の「次元の違い」を感じ、舌打ちしながら、腰に手をかけて留まった。死神も萎縮したようにその身を縦に震わせた。
無表情に立つ男と、その背後に寄り添うように付いている情緒豊かな死神の姿が今、ジョージの目の前にある。
その非対称な姿、それはまるで死神がアーサーの感情を取り除いたというよりかは―
「・・・・自分の中に、吸い取ったみたいだ。」
すると、死神ははっとなってジョージの方へ顔をあげた。
「ん?」
ジョージはその様子に一つの勘が働き、途端アーサーの隣へすがすがと割り込んだ。
その勢いに後ずさる死神のたどたどしい態度、そして間近に死神の姿を捉えた時に、ジョージは目を見開きにやけ、指をつきたてた。
それはさながら探偵ごっこの好きな少年が、犯人を言い当てるかのようなものであった。
「おめー!やっぱアーサーだなーっ!?」
ジョージの大声に死神はのぞけり、飛び上がった。アーサーは眉をひそめる。
「なんの話だ。コレは私を守ろうとしている「死神」だぞ。これが私なんてそんなはずは。」
「正しくいやあ、コイツはお前の「半身」だ!」
まさかと言いたげなアーサーの目の前にぴっと指を突き立てる。
「こいつはな、アレなんだよ!お前の中にある「半分」をそのまま表したモンなんだよ。お前は本名を、こっちは異名を、お前は肉体を、こっちは骨を、お前は意識を、こっちは無意識をって感じに丁度半分こによ。まあ、今の話にゃ感情はすべて「コッチ」が吸い取ってしまったようだろうな!」
「馬鹿な。そんな事があるものか。おそらく、コレは先祖の霊だ、またはこの家にいるこの世ならざる者がもたらした幻影だ、大体なにを根拠にそんな事を言いだして・・・。」
言葉で応える前にジョージはつんと立てた人差し指を自らの頬につける。その意味ありげな口角の上げ方にアーサーは途端に目を見開いて自らの口元を抑えた。
「俺は前から知ってるぜ。時々お前は口を少し開ける癖がある。その理由ってのがよ。」
アーサーは瞳を小刻みに震わせ、口元を抑えたままゆっくり顔をあげる。
「ちなみに言っとくが、その癖はあの毒蛇野郎もよくやってンだよ。もう分かってんだろ?おめーら2人に共通している事、それは―、」
「「犬歯。」」
2人同時に死神のしゃれこうべを見上げた時、死神の右の方にだけ鋭くのびる「犬歯」があった。
それに気付いた時、アーサーは遂にうなだれた。間違いなく、あれは自分の「骨」だと分かったのだ。
「そんな・・・・なぜ、何故半身が・・・・・・「私」が、ここに・・・・・?」
カーペットに膝をつきそうになるのを抑え、無表情のままに、そして乞う様に死神を見上げるアーサー。
「さあねえ。お前の中の無意識(死神)ってヤツがそうしでもして袂を分かねえと、オメーも「自分」も死んじまうって思ったからじゃねえの。
悲しいねェ~、あの時救ってやったのは、家の霊でもなく、先祖でもない、結局ただの「自分自身」だったなんてな。」
まあ人が救われるってのは大抵そういうモンだろ。と分かったように吐き捨てるジョージ。
そうして、アーサーはその事実に悲しみに嘆いてるだろうと振り向いたら、アーサーは少々ふらつきつつも唯真っ直ぐ、灰の瞳で死神を見ていた。
そこには、すべてを受け入れようとする心意気が感じられた。
「・・・っなんだよ・・・やっぱ面倒くせえ奴だな・・・・コイツ。」
一筋縄では崩れないアーサーの底の知れなさに、ジョージは小さく悪態をつく。それを知ったか知らないか、アーサー細く白い首をのばし斜め上にジョージを見定めた。
「・・・それは少し、違うな。長い間眠らせて・・・・、忘れさせていた間、コレは私から奪った感情を1人で肥大化させて、私とは別の人格を持ってしまったんだ。確かにお前の言う通り、これは半身ではあろう。しかし最早「私」ではないのだ、ジョージ・ルキッド。だからもう、これから先私はずっと感情を取り戻す事はないのだろうな。」
その答えにジョージは非常に腹が立った。
何だよ。他人の俺がここまで突き止めてやったのに、何1人結論を決めつけてそんな悟ったような顔しやがんだ。気に食わねえ。
瞬時に走った怒りのまま、にジョージはアーサーの結論を否定する。
「さあ、どうかな。この死神も、感情を持つ奴としちゃあまだ不完全だぜ、アーサー。」
「不完全?どこが。こんなにも笑っているというのに。」
「馬鹿いえ、コイツには「顔」がねえ。感情は顔があってこそ初めて現れるモンだろ。しかしはて、「顔」を持っているのはどっちのアーサーさンでしたッケネエ?」
手を広げ、「ほらこれが感情の表し方だ」といわんばかりにわざとらしく端正な顔立ちを歪ませるジョージに、死神は腹を抱えて笑った。
一方アーサーはそれを淡々と見つつ、ジョージが本当に言いたい事を察する。
互いが不完全であるなら、いつか一つになった事でようやくそこで「感情」が現れる。
だから、私にも感情を取り戻すチャンスはあるという事か―。
しかし、その日は来るのだろうか。アーサーはもう一度、顔を持たざるしゃれこうべを見上げた。
これから、更に過酷な道を進むであろう政治社会に生きるにはやはり「このまま」の方がやりやすいのではないのかとも思うが―、しかし、それでも、いつかはきっと・・・・・・
そう思った瞬間、気まぐれな死神は姿を鎌ごと霧の如く目の前から消え去った。
「・・・・・まだ、お前には渡してやらないって事かな。」
アーサーは目を伏せふと息を出す。
それは決して笑顔といえるものではなかったが、ジョージが見た初めての微妙に穏やかな表情だった。
突然、庭の方から盛大な拍手の音が聞こえる。どうやらつなぎの演奏会が終わったようだ。
「アーサー様―!なんとかケーキのデコレーション終わりましたぜー!」
ドアの向こうで甲高く報告するコックの声にアーサーは、
「分かった。今行く。」
とだけ答えた。今度はもう無理に立つ事はない。颯爽とアーサーはジョージの横を通り過ぎていく事が、出来る。
「ジョージ、今回の事は感謝する。この借りはいつか返そう。」
義理を立てねばと、通り際にアーサーは声をかけた。
「さあ、果たして良かったンスかねえ? おめーに何のこだわりもねえ、赤の他人のこの俺に、こんな過去をばらされちまってよ?」
背後にいるアーサーに向かい、皮肉たっぷりな声で感謝の念に応えるジョージ。開いた扉のドアノブの手を持ち替え閉める間際、アーサーはそれに対し最後の一言を添えた。
「私に対して何のこだわりのない、赤の他人だからこそ言えたのだ。」
動揺の欠片もない灰色の瞳が、ジョージを一瞥した後、扉は閉められた。
その瞬間、みるみる内にジョージの余裕の表情が崩れていく。
「あ――――っ!!やっぱつまんね―――や!アイツ――ッ!!」
地団駄を踏み、咥えた煙草の火をカーペットに押し付ける事しか出来ないジョージであった。
***
「cheers!(乾杯)」
その後、無事にパーティーは開始された。豪華にデコレーションされたショートケーキの登場と共に、クラッカーが鳴る。
年の数だけ刺された赤い蝋燭の灯を吹き消す事を、アーサーが遠慮した瞬間風もないのに突然消えた時は、それはもう大騒ぎであったが、それ以外は、比較的落ち着いた穏やかなパーティを皆が楽しんでいた。
音楽隊に割り込み、その美声でもってカントリーソングを弾き語るウェッブ。
それに合わせて飛び回る子ども達。
色々な男に口説かれても食べる事はやめない高珊に、寡黙な未亡人を誘惑する椴。
それに対し、音線コードを引っ張り、彼がずっこけるのをじっと待ち構えるミナに、コックとして料理を運びながらもつまみ食いをするジョージ、アーサーからのケーキの御裾分けに、顔を綻ばせるヨーナス。
そうして、皆が各々のパーティーを楽しんでいた。
これは成功と言った所であろうかと、アーサーはその様子を眺めながら思う。
「すっげええ!分かったぜ!!あの部屋、10回に1回はお風呂になるんだぜええええ!?」
「きゃーっジョージさん!握手してー!こっちきてー!」
「見てごらんなさい奥様。私の仲間の車すごいでしょう・・・?私のHSV―010にレジェンドに、インスパイア、そしてこれはNSX type R GTと・・・。」
「あらン、まあ・・・。」
「けっ。お約束通りホンダばっか。」
「誰だ―っ!今、俺がこの腹で声を響かせてんだとか、ほざいた奴はァああああっ!!」
「ギャ――――ッ!!蛇がーッ!机の下から蛇が――――ッ!」
成功といったら成功なのである。
一方アーサーは、取材陣の挨拶を一身に受けている所であった。
そんな中、猫背ゆえ小柄で出っ歯の男が、数多の取材人を押しのけアーサーの目の前に立つ。
「今日は46歳の誕生日おめでとうございます。」
と定型の挨拶を交わし、握手を求めた。隣に、助手と見られる栗色の髪をポニーテールにし、翡翠色の瞳をした女もそれに続き、アーサーと握手をする。
さて、と言った所で女を側に置いて、その男はこう切り出した。
「ここは初めて公開されたベリャーエフ家の邸宅でございますねェ。なかなかの豪勢な邸宅で感激的です。改めて貴方の高貴さを思い知りましたよ。」
本当にそう思ったのか、それとも皮肉だったのか、それっぽく口角をあげ男は笑う。
それに対し、アーサーはクマのある眼を男に向けこう返す。
それはまるで、様々な思惑から吹っ切れた清々しい口調であり、一同が思わず声を詰まらせたものであった。
「忘れてしまっては困るな。ここはアメリカだ。共和社会に、貴族は関係ないさ。」
〈終〉
〈あとがき〉
終わりました~。アーサー主人公にしたと思ったら、いつのまにか群集劇になってしまったと思って居る根井舞榴です。
GGもいよいよ4話。ここでようやく大好きなアーサー氏に焦点をおいた話が書けて(自己)満足です。
今回もまた「背後になぜか現れた死神」というSF?ファンタジー?チックな話となってしまいましたが、ここはあくまで現代の話です。現代の話なのです。
(言い聞かせるように強調)
しかし、いつもながら作品の出来栄えは別として、とても楽しい4話となりました。おそらく、全員が集まる回はこれで最後でしょうね。各々のキャラクターと同じ場所に集まれる機会が作れて良かったです。
そして今回の、アーサーです。本当はすこしでも表情を作らせたいと思って居ましたが、ここはあくまでそれをほのめかす程度に留めてみました。
タナトスに陥らないようにと、無意識(死神)が自らの身体から離れたと同時に、感情をも奪われてしまったアーサー。
いつかあの死神から感情を取り戻す事は出来るのでしょうかね。それは念願の大統領になった時なのか、はたまたウェッブら仲間たちと交流を深めた時なのか、それとも誰かを見初めて結婚した時なのか・・・キーッ。「お前は私の母親か」と言われそうですが、つい考えられずにはいられません。
ちなみに私は死神がした事はジョージと同じく「余計なお世話だった」と思います。無意識と感情を取り除かれた人間なんて、最早「人間」じゃあないですか。
これはアーサーも、ジョージとヨーナスとは別の意味で「人間をやめている」とみても良いのでしょう。でも、確かに政治家って普通の感性持ってたらやっていけないもんねーとか分かったような事を呟きながら、改めてアーサーという存在の哀しさや切なさを思い知り、更に好きになりました。
無表情でも、私はアーサーのすべてが大好きです。これからも愛していきます。
と親バカ話はここまでにして。
さて、いよいよGGもあと残り3話となりました。
5話はまた引き続きの馬鹿騒ぎ、この話でもかなりフリーダムだったウェッブとあのジョージが大暴れいたします。ご期待あれ。
段々と長くなっていく話を読んで下さって本当にありがとうございました。
根井 舞榴