第1話 2つの「G」AN編(後編)
再びワン・ポリス・プラザ
すべての事件が、このパーク・ロウ近くで起こった事件によって解決し、俺は実に鼻高々だった。
解決したどころか、この事件を皮切りに、逮捕したギャング達を問い詰め、芋づる式に仲間の組織を捕りたい放題。
これで治安の悪さで批判していたNY市民共も、今や寄ってたかって、俺たちの事を褒め称えている。
ただしその賞賛を得るために、俺たちはかなりの譲歩を受け入れることにもなったのだが。
それは今から1週間前の話であった。
無事、念願の「猟犬」を確保した俺たちは、意気揚々としていたものの、実はそこから先がそれ以上に大変だったのだ。
なんといってもこの猟犬、これが酷い暴れ者で、ひとまず留置所から取調室に行こうとする時に職員のスキを狙って殴り倒し逃げるわ、捕まえようとするもそこでも蹴られ殴られ撃たれて被害者は増えるだけだわ、なんとか確保して取調室で厳しい口調で問い詰めするも、それを間に受け大喧嘩。
それによりまた取調室の輩を全員ボコボコにするなど、全く捜査が進まない状況に陥っていたのだった。
ヨーナスが入院中ということもあり、まともに対抗できる奴はこのプラザの中誰1人いない事も、状況を更に悪化させて、そして、俺は複数の部下を連れ、その確認のためにプラザの取調室の通路を歩くはめになる。
通路の両側にはこれまた野次馬のごとく紺、白の制服を着た内勤者たちが困惑した様子で騒いでいた。
「向こうのドアだな。猟犬のいる取調室は。」
と後ろにいる部下に問い、部下がそれに答えようとした所、部下は口を開けまま動かなかった。
「くそったれが!マジで死ね!」
激しい怒声と音に振り向けば、取調室をドア1人の職員が壁に飛ばされ倒れていた。
「おおっと、どうやら合っていたようだ。」
当たった衝撃にうずくまる職員の介抱は部下に任せ、俺は衝撃で蝶番が外れ、ドアとしての機能を果たしていないその向こうに足を運ぶ。
先は狭い取調室。その中央にある机の上に脚をかけた猟犬の細長い靴底が見えた。
そして彼は、ほぼ仰向けに寝ているような形で、悠々と煙草をふかしている。
「そこまで譲歩してやってもまだ気に食わねえのか、猟犬。」
猟犬―もとい少年は、俺の声を聞くと気だるそうに靴底の向こうで顔を傾けた。
「その声は・・・アイツか、最後の方で襲いかかってきやがった卑怯者。」
部屋の四隅で固まる職員たちを尻目に俺は彼の横についた。少年が警戒の目を向ける。俺も、はまらないポケットに手を突っ込みあえて横柄な態度でそれに応じる。
「卑怯者上等。なあ猟犬、お前なんで取り調べを受けない?お前がやった事はちょいとムショに入ってりゃ、すぐシャバに出られるんだぞ。」
「気に食わないからやっつけてるだけだ。」
答えになっているような、なっていないような。回りの奴らは顔を見渡せるが、猟犬の性格からしておそらく「そのまんんま」の意味で言ったのだろう。
「分かった。じゃあ気に食わなければいいんだな。」
少年の煙草の煙が俺の所にまで広がる。彼が煙を吹っ掛けるように吐いたせいだった。
「俺の名前はアルバ・ウェッブ。お前は。」
眉をひそめながらの質問に、しばらく沈黙が続いた。しかし猟犬は煙草のくわえた位置を少し変えた後、
「・・・・・・・ジョージ・ルキッド。」
と小さく答えたのだった。
回りの職員が小さい歓声をあげその調子で更に問い詰めようとする所を
「黙っていろお前ら!」
と厳しい口調で制した。ジョージと話せるのはこの俺だけだ。なぜかそう思った。一瞬ではあったものの刃を交わした者同士の共感というか共鳴というか、心なしかジョージもそれを望んでいるような気がした。
「そうか、ジョージ。年は結構若いはずだろ、声に張りがあるからな。」
「・・・・18だ。テメーはさしずめ50位だろ。ジジ臭いから。」
まだ少年であるという事実と、少年の俺に対する態度に職員は更に困惑している。
さすがに、俺もコイツがまだ18というのには驚いた。
「ほほォ。残念ながらまだ48だ。」
「大して違わな・・・。」
「しっかし、その若さでイタリアマフィアの猟犬様とは大したもんだったなぁ!どうりで、味方まで巻き込んで組織の得にもならねェ、ドタバタ騒ぎを起こしたもんだ。あんな事、出来た「大人」がすることじゃねえ。」
「俺にとっては得だったから良いんだ。」
ジョージは、ぬけぬけと言いのけた。綺麗な眉を優雅に動かし俺に向かって、言ってやった感な表情で嗤う彼の姿に、俺は一つの考察がよぎった。
成程。コイツは基本、自分のことしか考えていない。
自分が楽しいから撃つ。蹴る。人を傷つける。自分が好きか嫌いかおもしろいかつまらないか、得か損かでしか物事を考えていやしない。
皮肉な程空のように澄み切った青い瞳には、他人のことなど全く映っていやしないのだ。
今一応受け答えをしてはくれているものの、これがいつ彼の「気分」によって変わるか分からない。
しかしここでも俺はあくまで警察の人間だ。絶対にコイツに吐かせて、マフィアの内情を掴んでやらねばならないのだ。とも思った。
-なんてったて、吐いたものがゲロだけなのは溜まったもんじゃないからな!
「おい、何とか言えよ。テメーの方から話しかけてやったんだろが。」
ジョージが黙る俺にいらだちを感じていた。長い脚が綺麗に組み合わさった所をカタカタと貧乏ゆすりをする。かなり短気な所も若者らしい。心なしか煙の量も増えていくような。このままだと俺も飛ばされた職員の1人になるのか。とぼやきつつ俺はここで一つの決断をした。彼が機嫌を損ねてまた「面倒くさい」ことにならないように。その上で彼にとって得でない「証言」をさせるために。最早周囲に相談する時間も、ない。損をすることもまた勇気だ。と決心する。
「なあ、ジョージ、ここで一つ取引しないか。」
睨みつけていた目が途端に広がった。
ここでいきなりまた取引を受けるとは思わなかったのだろう。
「は?何言ってんのお前。」
「ここで、お前が遊んでいてもいずれ飽きることになる。そうなる前にそれなりに譲歩
することでお前を解放してやろうって話だよ。」
「譲歩?俺が何をしなくちゃいけないってんだよ。」
「お前の仲間たちの事を話せ、すべてな。」
「―っ冗談じゃねえ!そんな俺の何の得にもならん事をすんのが嫌だから今こうしているんだろうが!」
ジョージは眉をつり上げどなりつける。
しかしそれは予想通りの反応だ。だから回りの様に怯える必要はない。
「だから、俺たちはお前に証言するもらうことで特別に解放してやる。」
「解放?はっ。」
ジョージは笑った。口を大きく開け、犬歯を見せつけるように笑った。
「逃げる事だけだったらとっくのとうにやってるさ!
ただ、コイツらが必死になって捕まえようとして、俺に酷い目に合うのを見ているのが面白れェからここに留まっているだけなんだよ!ああ、そうか。そう望んでんなら、今からでも本気出して逃げてやろうか?」
俺は舌うちした。コイツ思ったより、質が悪い。
突然調子よく身を乗り出すジョージのしぐさに、職員は一斉に腰に手を当て、緊迫した状況が流れた。成程。プラザで暇つぶしして飽きたら逃げる。これほど彼にとって得であるものがあるだろうか。しかし散々その暇つぶしに付き合わされた上、に逃げ出されたらこのプラザの面目がたたない、そして何より、命がけで猟犬を確保するきっかけを作った俺たちのディンゴにも―。
「解放するのは、自分で出来るか。じゃあ内容を替えよう。」
俺は再びの沈黙の後、呟くと、ジョージの肩を思いっきり掴んだ。抵抗しようとするジョージを無理やり、椅子の硬い背もたれに押し付ける。その時びっくりする位肩が細いのを感じ取る。まるで今の衝撃で折れてしまったのかと思ってしまうくらいに―。
「なんだぁ!?やるってのかぁ!?」
威嚇するジョージ。その勢いと、それにつり似合わない細身の身体に、俺は一瞬憐みさえ感じてしまった。しかし、ここで俺は彼の顔に近づきそして笑ってやった。いつもの、そうあの死んだ目で―、青い瞳をしかと見定め、そして言ってやった。
「こうしようやジョージ。テメーが、もしお仲間さんについて話してやったら、これから俺がお前の仲間になってやるぜ。」
「・・・・!?それはどういう・・・!?」
職員が口を割った。しかし今度はそれを制することなく、俺はジョージを見つめたままそして、続けた。
「ここですべて話してやったら、今日づけでお前をNYPD巡査に任命してやる、ていう話だよ。」
一気に回りの空気が変わった。
「楽しいぞぉ?サツの仕事はよ。さっきのようにどんなに蹴ろうが殴ろうが撃とうがすべてが「正義」のための正当防衛だ。お前らマフィアのようにいちいち責められる必要もねえで、税金で好きにやりたいほうだい。場合によっちゃテメーらよりも質が悪い「お役所」さ。な?これほどお前の性に合う話もないだろ。」
俺も口角を上げ、顔が近いにも関わらず葉巻を吸って、彼の顔に煙をかけた。そうだ、これがいつもの俺だ。ジョージは眉間に皺を寄せたまま黙っている。
「な?追われる身から追う側の人間になるってのも楽しいモンだぜ?おいおいそんな怪訝な顔をすんなよ。銃もあのままで使わしてやるからよ、そのへんの所は要相談だ。」
と、言い終えて、ようやくジョージのそばを離れた。その瞬間に浴びる内勤者共の抗議の声。この肥えた腹をくくった俺にとっては、最早雑音以外の何物でもなかったが、だた1人、「あいつ」の声だけは違っていた。
「ウェッブ。」
声の方へ振り向けば壊れたドアの傍にいる男。それは久しぶりに見る姿―
「ア、アーサー・・・。お前どうしてここに・・・。」
痩せこけた、そして荒削りされた色白の顔立ちに、ほぼ白に近い灰色の短髪、同じ色の瞳。
その下には、目の下半分を覆っているクマ。銀のチェック柄が映える黒のスーツを纏った顔色の悪い男が、腕を組んだまま、ボディーガードを引き連れ現れたのだ。
「すげェ・・・久しぶりだな!大学卒業時以来じゃねえか!」
「その話は後だ、ウェッブ。それよりどういう風の吹き回しで、犯罪者を巡査にしようとしているのか、と聞いている。」
無表情のまま低く落ち着いた声で尋ねるアーサー。その所も全く変わってはいない。
「なあに。犯罪者を警察側につかせんのは漢王朝の劉邦しかり江戸の今大岡奉行の同心しかり、歴史的には理にかなっているはずだぜ?」
「とんだ理屈を言うな。誰が責任を取るんだ。」
「そりゃぁもちろん、「俺」に決まっているだろう。」
「そうか。お前だけが決めたことなのか。」
「あ?誰なんだテメー。気色悪い顔しやがんだな、ゾンビかよ。」
ジョージが間を挟む。彼の遠慮ない一言に俺は背中が震えた。
「ちょっ・・・!オマ!それを明からさまに言うもんじゃねえ!」
アーサーはその言葉を無表情に聞き取り、彼に近づいてきた。
ああっだから、言わんこっちゃない!
俺はアーサーを止めようとするも、彼はそれをかわしジョージの横に立った。しかし特に何もすることなくアーサーは彼をただ見下ろしているだけだ。しかし、灰色の目に光はなく、ただ黒い瞳孔がジョージの青い目を見つめている。
ジョージもジョージでほぼ眉毛のない額と、クマとの間から見える彼の鋭い目とその荘厳なる雰囲気に、いつしか沈黙で苛立つ気持ちも忘れてしまった。
さっきまでの同じ戦闘者としてのウェッブとは違う、最早自らのいる次元をも超える所にコイツは存在しているのだ、と感じていた。
「ジョージと言ったな。お前、アメリカ市民権持っているのか。」
やがてアーサーは突然そう聞いてきた。ジョージは意味有り気に笑う。
「ああ、2年前にな。犯罪者の俺がどうやって取ったかも教えてやろうか?」
「結構だ。取れているかどうかだけ、確認できていればそれでいい。」
それだけ言うとアーサーは、ジョージと机を挟んだ向かい側に歩いて立った。
そして机の上に手を置く。ジョージはそのただ者ではない雰囲気につられつい足をどけてしまう。
「ウェッブ。お前、こう誘うならもっと「賠償金と保釈金で儲け放題」というのも付け加えるべきじゃなかったのか。」
相変わらずのジョークセンスに呆れると共に、途端俺は思いもよらない友の言葉に声が裏返した。
「お、おい・・・・!ならアーサー・・・!」
「ああ、「私」は認めよう。ただしそれはお前が考えたことを尊重したまでだ。たずなはしっかり引いておけよ。」
「もちろんだっての!」
思わず敬礼もしてしまう。
アーサーはそのまま黙ってドアの方へ歩いた。どうやらそのまま帰ってしまうようだ。しかし、一瞬だけ振り返り、もう一度ジョージを見据える。
「話は大体聞いた。ジョージ・ルキッド。
これからは誠心誠意、十信の誓いの元でNYの民を守ることを心掛けろ。」
そうして突然の訪問者が帰って行った。姿が見えなくなる寸前の、ゆらめくスーツの裾が印象的であった。
「なんだぁ・・・あいつ。変な奴だったな。」
ジョージがぼやきながら再び脚をかけ、自分のひざで頬杖をつく。
「え、貴方知らないんですか?!」
さっきまで心あらず、と立っていた職員の一人が驚きで口を開けた。
「あの方はアーサー・ベリャーエフ議員。NY出身のロシア系、連邦議会の下院議員ですよ!あの次期下院議長の最有力候補者として注目されている方で・・・!」
「ああ。なんかソレ聞いたことあるかも。つーかそいつがなんで、プラザに来てやがるンだよ。」
「さあ・・・多分、それはこのプラザで新しく導入する交通管理プラグラムを、確認するつもりじゃなかったんですかね。あの人今、「トゥールデの魔女」対策実行委員も兼ねていますから・・・。」
「ウオリャッ!!禁則事項!!それはコイツが巡査になってからにしな!!」
鉄拳一発。奴の回りに黄色い小鳥が飛び回った。
「それからヤツァ、俺の大学時代の親友でもあるんだぜ。いやー今夜は良い酒が飲めそうだ!ちなみにアイツ、噂によりゃあ下院議長どころかいつか代表入りして大統領になるつもりでいるんだってな。」
「プレシデント?無理だろ、あんなゾンビみたいな顔じゃ。」
俺は遠慮のない突っ込みに苦笑せざるおえなかった。
さっきジョージと対面したとき、確かに同じ色白同士でもアーサーの方が圧倒的に「血が通ってない」感が強かったのである。
「コラ!そういう事を言うモンじゃねえ!せいぜい「死神」(あだ名)って言いな!」
「そっちの方がもっと酷ェだろーがよ。」
突然の部外者の出現に、取調室の様子はまた、今度は良い方向へと変わっていった。やがてジョージも跳びかかって噛みつく様子もなくなり、他の職員たちとも会話が出来ている。これはいけるかも、と今度は軽く置くような感じで、ジョージの肩を掴んだ。今度は、ジョージは抵抗しない。
「よし、じゃあもう一度聞こうじゃねえか。バイショウキンとホシャクキンで麻薬売るよりオオモウケー、ということで、」
一呼吸して、息をのむ。
「巡査になってみないか、ジョージ。」
その提案にジョージはただにやりと笑っただけであった。
***
「お帰り!ヨーナス、お前もう大丈夫なのかー!?」
アレクサンドルが病み上がりのヨーナスにしがみつく。大丈夫じゃないのは君のせいだと、開きそうになる傷口を抑えるヨーナスは笑っていた。
あの事件から3週間、体中の打撲と、左腕の弾傷から、ヨーナスはプラザに帰ってきた。全治は3ケ月ということで右腕のギプスと顔を含めたあちこちの治療跡が生々しく残る。
それと比例して俺の心も少し軋んでいく。
「ありがとうございます。わざわざ仕事の合間をぬって、みんなも、ウェッブ殿も迎えてくれるなんて・・・。」
頬に湿布を貼り、その痛みに耐えながらぎこちなく笑うヨーナス。その儚い程の健気な姿に、回りにいた同僚、先輩も心を撃たれ駆け寄ってきた。
ヨーナスのGLOCK18C所有許可もこれにて承認(俺が)。
真面目な彼が何故こんな違反を犯したのかはとりあえずはまた「問題」が起こった時に聞くことに決めた(俺が)。
休み時間も終わり、皆がそれぞれ仕事に取り掛かる頃、俺はヨーナスを呼び出し一つの部屋へと招き入れた。それは刑事部の一室。一部の巡査にとっては憧れの仕事場だ。
「え、こんな所呼び出して何の用なのですか・・・。」
「あ、最初に言っとくが、ここにしたのは単に偶然人がいないからな。」
もしかして、この貢献で試験なしで刑事にまで一気に昇格とか!?
と言いたげな瞳に釘を刺したつもりだった。
が、ヨーナスは動揺する様子もない。どうやらコイツには昇格願望もないようだ。
「ったく、どこまで「律儀」なんだよな、お前は。」
とぼやきたくなるのを抑え、いっその事と開き直り俺は思い切り笑顔でヨーナスを見る。
「とりあえずは、まあ、退院おめでとう、だ!ヨーナス!お前の元気な姿が見られて来たかいがあったぞ!いやあー良かったよかった!」
突然のハイテンションにヨーナスは戸惑い、顔がひきつっている。しかし、それをも真面目に受け取ってヨーナスは感謝の言葉を述べた。
「あ、ありがとうございます。直接ここまで言ってくれるとは本当に嬉しくって、―ってうわぎゃあああああああああああああああああ!!??」
当然の恐怖にヨーナスは目をひん剥き、続く言葉は絶叫となって広い部屋に木霊した。無理もない。それは今、自分をこんな身体にさせた張本人がドアを蹴り飛ばし、しかも自分と同じ漆黒の巡査服を着て、目の前に立っているのだから。
「ひいいい・・・!どうして、どうして今ココに!?」
ヨーナスは怪我した足でバランスを崩し、腰をぬかす。混乱と怖れに震えるヨーナスに対して、俺は精一杯の笑顔のまま、この状況を説明した。
「はい、というワケで今日からこの、ジョージ・ルギッドが巡査としてこのプラザに来ることになりましたー。マフィアの情報を提供してもらう代わりという事で、なってもらったんだぞー。ちなみに今日から相棒はお前とだからねー。じゃあ仲良くしとけよ!グットラック!」
ヨーナスが答える間もなく箇条書きに説明を終え、俺はそそくさと部屋を出ていってドアをしめた。
すまない、ヨーナス。今の状況はお前にとっちゃまるで下手なホラー映画、全く笑えない悪い冗談だろう。しかしな、ヨーナス。このNYPDの中で「猟犬」と唯一渡り合える者は、やはり同じ類の「野犬」しかいないのだ。
「たのむ、何とかうまくやっとくれ・・・!」
俺は走りながら彼の行く末を祈る事しかできなかった。
一方ヨーナスは、ウェッブの箇条書き説明を反芻しながら頭を抑えていた。
夢のような話だと思った。刑事部の部屋、ウェッブの言葉、今目の前で宿敵だった奴が今同じ服を着て、あの時の青い瞳で見下ろしているというこの状況。
白い肌に細身の身体を持つ彼の巡査服は、自分のが見劣りする程実によく映えていて、上着を着てないため丸見えな革製のショルダーホルスターからは、自分を襲った悪趣味な黄金銃が輝く。
それに、「彼」に一度殺されそうになったあの階段での出来事を思い出し―。
以上をふまえこれは紛れもない「現実」なのだとヨーナスは嫌でも実感した。
ヨーナスは、今すぐにでも目の前のやつにGLOCKぶちかまたいと歯を食いしばるものの、如何せんここはプラザ、そして宿敵は今や「仲間」となってしまっているのである。
いやいや、断じて認めるつもりはない、とヨーナスは首をふる。が、一応今は形付けてみなければと、しばらくの長い沈黙の後、ヨーナスは立ち上がり、手を差し伸べた。
再びそのみぞおちにぶちこみたい衝動を抑えて、ただ手を差し伸べる。そして下手くそな笑顔であいさつした。
「初めまして、でしょうか・・・ジョージさん。私はヨーナス・トラヴィスです。どうかこれからよろしく―。」
が、終わる間に手を叩く音が響いた。ジョージがヨーナスの手を弾いたのだ。
「知ってる。『あン時』に言っただろ。いっとくけど俺、テメーとは馴れ合うつもりねーから。」
吐き捨てるように応え、ジョージはヨーナスの横を通り過ぎた。ヨーナスの必死の努力は杞憂に終わる。叩かれた手の痛みが引かぬまま、取り残されるヨーナス。
そして―
「いやだあああああああああああああああああああ。」
今はただ、これから起こる自分の過酷な生活を、手で顔を覆って嘆く事しかできなかった。
〈終〉
〈あとがきと、キャラ設定〉
この小説を書くにあたって目指したものは、私が愛してやまないハリウッド版B級(これ大事)映画風、キャラ小説といった所でしょうか。
置いてあるCDが洋楽か、米米CLUBしかない家で育った中、洋楽からやがて映画へと興味が映り、自然にアメリカンなものが好きになっていったのは、環境を考えると必然の事だったのでしょう。
理由はともあれ、昔から大好きだったこの感じ、ようやく自分が書きたいと思っていた「雰囲気」の小説を書くことができて、どこか心なしか、結果はどうであれ「やり遂げた」感を覚えたことは許されるものだと願いたいです。
キャラ小説ということもあって、やはり焦点を入れたのは登場人物のこと。
今回、視点がはずれてしまいましたが、主人公は一応ジョージです。次回からはちきんと活躍(大暴れ?) させていきたいなと思います。NYが舞台ということもあり、どうフィルターをうまく載せて、全員人種は違えどいかにアメリカ人っ「ぽく」見せるかという加減を意識して書きました。
それと同時にそれに伴う文体を作ること、実はこれが一番難しく、うまくいかないと途端にルー語になって、
「こんなハードなリーディングなんて私キャントリードだわ」
な感じになったりで、そうならぬよう注意するのが大変でした。また、1人1人の登場人物にはそれなり思い入れがあるので、いつか、続きでも書ければ他に登場する人物と共に性格や背景をもっと掘り下げていきたいと思います。色々伏線もありますし・・・。
でもね、ジョージ!アンタ主人公でイケメン(笑)という最強キャラなのに、初登場でいきなり吐くとかさすがのゲロ吐きヒロインもドン引きだよ! それでも大好きだよ!チクショウ!
NYPDがあの911以来、極秘主義になったために、あまり良い情報や資料が見つけられないという現状は本当の事です。極秘主義なのは911の時に限らずあの「こち亀」の作者秋本治も「NYPDは資料がない。」という事で「NYPDを舞台にしたハチャメチャアクション漫画」を断念したことはファンの間では有名な話。
私はそれを知った時は、
「資料がないからこそ好き勝手に書けるもんじゃないのよ♪」
と短絡的に考えていましたが、それなりにある情報を調べていくうちに意外に(失礼)銃使用は制限されているとか、警察官になるためには(やはり)それなりの資格が必要だとか、自分がフィクションとして考えているNYPDと現実とのギャップがあまりにも大きすぎてショックを受けてしまいました。
今時西部警察みたいに爆破シーンがお決まりな刑事モノもはやらないしなあと落ち込んで、一時期は急路線も考えていたら、ふと立ち寄ったツタヤで、とあるDVDを見つけたのでした。それはいわゆるアメリカ映画で、2人の落ちこぼれNYPD刑事がペアを組み、事件を解決するという話なのでありましたが・・・お、なんか似ているじゃないと興味深く手に取ったら・・・
その2人の持ってる銃がそれぞれ、
木のおもちゃとデザートイーグル(世界最強ハンドガン、当たれば首から上がなくなる)の二丁拳銃トゥ―ハンドだったというね!
本場はいつでも平常運転でした。
この映画のおかげで本当の意味で開き直り、このまま話を書き進めることができました。この偶然の出会いに感謝です。と、同時に貴方にこの話を読んでもらえた運命にも感謝を。
この感謝の気持ちが何より、あとがきで伝えたかったことであります。本当にありがとうございました。少しでもこの話が心に留まってくれればこれほど嬉しいことはありません。また次回もお会いできればと思います。
「地球の歩き方―NY編―」もありがとう。
それでは最後にほんのオマケ。
外国文学の表紙の裏に書かれてありそうな簡単な登場人物紹介を。
〈ジョージ・ルキッド〉・・・主人公。18歳。186cm。短く逆立った金髪にスカイブルーの瞳。眉目秀麗の白人少年。イタリア系マフィア「テスト」の用心棒として牽制し「猟犬」と評され恐れられたが、ふとしたきっかけでNYPD巡査に任命されることになる。
〈ヨーナス・トラヴィス〉・・・ジョージの相棒。21歳。178cm。アボリジニーの祖母を持つオーストラリア出身のNYPD巡査。生真面目で誠実な性格だが実は戦闘能力が高く、規律違反の銃を両手に活躍する。別名「NYPDのディンゴ(野犬)」
〈ウェッブ・アルバ〉・・・ジョージ、ヨーナスの上司。192cm。48歳。NYPD警察教育委員長を務める黒人男性。大胆かつ豪快な性格と言動でNYPDを翻弄する。
〈アーサー・ベリャーエフ〉・・・アメリカ国会下院議員。45歳。182cm。白に近いグレーの短髪に同じ色の瞳を持つロシア系アメリカ人。血色のない顔色からあだ名は「死神」。ウェッブの大学時代の親友。ジョージが巡査になることを認めた。
〈イゾルデ・エリザ〉・・・女性であるという事以外、すべて詳細不明のジャーナリスト。先輩の仕事を引き継ぎ、極秘主義のNYPDの内部情報を探ろうと模索する。
・・・・本編に入ってない設定もありましたが、そこがいかにも「それ」っぽいだろうということで。
それではまた第二話でお会いしましょうm(--)m
根井舞榴