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GUNMAN GEORGE  作者: 根井
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第1話 2つの「G」AN編(前編)

 


この「話」は、NYタイムズ紙の下請記者、ジェームズ・ラングドン氏が突然の行方不明故私イゾルデ・エリザが資料を引き継ぎ、執筆したものである。


これは主にパーク・ロウにあるワン・ポリス・プラザの内情を「フィクション」という建前として書いたものである。


ワン・ポリス・プラザ、またの名を「ニューヨーク市警本部」はお察しの通り、あの911事件以来情報「極秘主義」を貫き、入り口前交通規制が厳しい上、一般人もうかつにプラザ前に近付くことができない状況にある。


しかし、我らNYタイムズのジャーナリズム精神、もといラングドン氏の情熱は、その「理屈」さえ乗り越え、見事、メディア史上初めてワン・ポリス・プラザの情報を大量に集めることができた。


その結果が「小説」風で書かれているのは、これを読む「貴方」自身が、ラングドン氏の「二の舞」にならぬための配慮でもある。


どうかここは貴方のためと思って御許諾を願いたい。

そしてもしもの場合であるが、ある時、やたらと手足の長い白人の男に絡まれたときは、いち早く逃げることをお勧めするのをここに書き残しておこう。


―編集長コルト氏、編集担当者リジー、そしてその愛娘クリスティーナにもう一度感謝を。そして命知らずで好奇心旺盛な貴方にひとときのスリルを贈る。




1、ワン・ポリス・プラザ


 それはクリスマス前のことであった。イルミネーションに彩られたNYの街で、閑散としている所が1つだけある。


それはNYマンハッタン、ロウアー・イーストサイド、「パーク・ロウ」に位置するワン・ポリス・プラザ-その前の広場だ。

ここには俺以外の人間は誰1人いない。

規制外エリアの向こう側、俺の背後で鳴るエンジン音と、広場の中央にある「いつも通り」のもみの木が冷たい風を通す音以外、ここには何も聞こえなかった。


相変わらず人を寄せ付けねえなぁと、呟きながら俺はその木の向こうにいるプラザの入り口へと歩いていく。中に入ろうとした時、当然のことながら、入り口近くに警備していたオフィサー(巡査)に行く手を拒われた。


「ちょっと。ここはプラザですよ!一般人は入ってはいけません!」


いつものと違って、妙に丁寧な口調で注意するソイツは、2、3本前髪を垂らしたオールバックの黒髪に、シャープな黒縁メガネをかけたアジア系っぽい男である。その男はキッと黒い瞳を鋭く光らせ、192cmの俺を見上げた。


「あんだ?勝手に交通規制しやがったことに対する抗議をするために、今から乗り込んでいく所なんだよ!」


俺は、自分より奴が低いのをいいことに高圧的に詰め寄って、このあんちゃんの出方を見ることにする。


「いいえ!そういう抗議でしたら、あちらのビジター用の入り口にて受け付けております!とにかくここには入ってはいけないことになっていますから!」


怯む事なく、しかしそれでも逆上することなく応答する彼の態度。メガネの底から除く

真摯なその黒い瞳に、しばし俺は困惑を受けた。珍しく真面目なヤツに会ったものだ。

よし、「冗談」いうのはここまでにしよう。と判断する。


「なら、あんちゃん。コレをみても入ってはいけねえのかい?」


黒いジャケットを翻し見せたのは、胸章に縫いつけられた金色の四つ星。彼はそれを見た瞬間目を丸くして、そして規律正しく敬礼をした。


「し、失礼致しました!まさか委員長とは知らず・・・!」


「分かったなら良いンだ。さっさと中に入れな。警護は他の奴にまかせて、案内はお前がやれ。」


「は、はい!今すぐ・・・!」


高い声を上げながら慌ただしく前を走るソイツの姿がおかしくて、俺は声を上げて笑った。


プラザの1階、吹き抜けのホールの向こう、金属探知機(当然俺は「ブツ」を持っているため引っかかってしまったが)を抜けたあと、左手にあるリフトに俺とさっきの巡査-、ヨーナス・トラヴィスと名乗る男は乗った。


リフトに乗りながら右に左に交差して歩く職員の姿を見下ろすことが出来る。

「へえ。リフトが前のと違うな。そのせいでプラザもいつの間に広くなった気もするぜ。」

「ははは・・・・。実は以前、エレベータの中でちょっとした職員同士の暴力事件起こったものでして、それ以来リフトをガラス貼りにしたのですよ・・・。」


と、苦々しく笑うヨーナス。その情けないという表情に、ヤツの生真面目な性格がのぞく。


「暴力事件といやあ、最近クイーンズも火ィ吹いたように騒がしいじゃねえか。牝馬に頭蹴られて醒まされたようなヤマが突然起こってきたよな。」


「ああ・・はい、ギャングの連続抗争事件ですね。あっちは分署の管轄なので私たちプラザの者は関わっていませんが・・・、連続して起こるゆえ調査が進まない上に、事件の度に銃撃戦も激しく非常に混乱していると聞いています。もしかして、委員長殿はそれについて此処に来られたのですか。」


ヨーナスは「警察委員会」の委員長、という地位にいながらも、俺が気難しくない性格である事を知ったのか、おのずと気安く話しかけるようになった。

そこに俺も悪い気はしないのだが、それに答えるにはまだ、このリフトが目的の階に「着いて」いない。


「まあ、そういうもんかな。しっかし、あの騒ぎようにはまいったもんだよ。5つの行政区の分署はみんな駆けつけたというのに、プラザの方はいつなったらお呼びがかかるもんかねえ。」


「それは上の指示次第なので私には分かりかねますが・・・・、それでも、もし貴方の要請がきたのでしたら、私たちNYPDワン・ポリス・プラザは、2000人の総力戦の元、誠心誠意、その業務に取り掛かる事でしょう。私もその1人であることを強く願っています。」


俺の皮肉を範例回答よろしく清々しく対応するヨーナス。その少し切れ長に伸びる瞳は、黒く伸びる眉毛とあい重なって、勇ましい眼差しを放っていた。彼こそ、この黒ずくめの巡査服を着るに相応しい男なのだろうか。俺は下を向き含み笑いをする。


「ふっ・・・なら、その勇ましいプラザの中に、実はいんのかもしんねェなあ・・・。」


「はあ・・・何がでしょう。」


「『NYPDのディンゴ』、がよ。」


一瞬、沈黙が走った。


「ディンゴ(野犬)・・・?警察犬でしたら確かにここにもいますけど・・・?」


その時、軽く鳴った音が目的の階に着いたことを知らせた。

扉が開いたことでそこで会話は途切れてしまう。


「え、あ・・その!応接室の場所はその向かいにあります!それでは私はココで失礼しますね!」


俺が下りた瞬間、ヨーナスはさっきまでの親しい会話がなかったかのように、そそくさと逃げようとしている。

やはり「ディンゴ」という言葉に明らかな戸惑いの色を見せているようだ。しかし俺は逃さなかった。閉まる扉に無理やり足をかける。ガタンと鈍い音が響いた。


「ヨーナス、お前も、来るんだ。」


「は、はい・・・・・。」


俺の眉の奥にある眼光に、ヨーナスは従う他なかった。


***

 

 向かいの扉を足で開くと、これまたガラス張りの部屋で、NYの街を見下ろす男の背中が見える。振り向く姿にヨーナスはまた声を上げた。


「ほ、本部長どの・・・!?」


「ヤー、フェルナンデス。お前の頭もまた「砂漠化」したか。」


俺はその男に向かってヒラヒラと手を振って挨拶をした。


「ふっ。その馴れ馴れしい口と、肥えた腹も相変わらず変わっていないようですね、ウェッブ殿。」


お互いいつもの「挨拶」を交し合い、ひと時の再会を確認する。


「え、委員長は本部長殿とお知り合いで・・・!?」


と話をそらそうとするヨーナスを、そんな事はどうでもいいと一蹴した。


「ああ、今日、俺がわざわざここに来たのはな、さっきも言った「ディンゴ」のことよ。それをコイツと探すためにココに来たんだ。あの、クイーンズのギャング事件とも大きく関わる、正体不明のディンゴをな。」


ヨーナスはメガネを光らせ、俯く。


「ディンゴ・・・あの、すみません。私はあくまで噂でしか聞いたことないのでその事についてはよくわからないのですが・・・。」


「聞いたことあるだろ?あれは1ケ月前、連続事件の一番最初のヤマが起こったときに出てきたって。」


俺に続いてフェルナンデスが話を始めた。


「その事件はなんてことのない、麻薬取引の交渉金額の不一致が招いた痴話喧嘩。2つの組がショットガン、拳銃とあらゆるモノをぶっ放して大暴れしていたものだ。しかし、そこを偶然通りかかった一般人女性がその銃撃に巻き込まれ、運悪く彼らの盾扱いにされる所だったのを―。」


「あのディンゴが現れ、助けた。」


ヨーナスははっとしたように顔をあげた。


「人数は合わせて15人、その女の証言曰く、それをたった「1人の男」が、「漆黒のハンドガン」2丁を携えて、弾幕の嵐で奴らを制圧したというじゃねえか。しかも、フルオートであったにも関わらず、9mm弾は奴らの致命傷から外れる所に丁度当たり、その上首根っこをつかまれ、ガラ開きだった女の「処女」も奪う事なく、立ち去ったという神業をやってのけたという。ソイツは漆黒の巡査服を着ていた、ともいわれているってね。」


「後に追い付いたクイーンズ分署の連中も、その銃さばきに驚き、やられた奴らにも怖れられた。たった一度の活躍に関わらず警察・ギャング共々から、巡査であるのに正体の分からないという姿と、畏れと嫌悪の意味をこめ次第にこう呼ばれるようになった。」


フェルナンデスの言葉にヨーナスのごもった声が続く。


「・・・・それがNYPDのディンゴ(野良犬)だと・・・。」


しばしの沈黙が流れた。

がヨーナスは、「それでも」と言葉を続ける。


「黒ずくめの制服、しかも巡査服を着ているNYPD職員なんてこのNYの中でゴマンといますよ!このプラザにいる確証なんてどこにもないっていうのに・・・!」


ヨーナスは眼下に広がるNYの景色を指差して問う。


「それは、簡単だ。この中から「見つかった」からだ、よ。」


それに対して俺はニヤリと笑った。ヨーナスはまたさっきのように目を丸くする。


「それを確認するためにお前を呼んだんだろうが。」


そう答えた時、応接室の扉がまた開いた。その顔を見た瞬間ヨーナスは更に目を丸くする。



「あ、貴方は・・・!」


無精ひげにカール巻きの短髪をもつ、今にも泣きそうな顔を持つ中年の男。

ヨーナスと相棒を組んでいる古株巡査だった。


「まさか、貴方あなただったなんて・・・・!アレクサンドル・・・!」


突然の呼び出しに,頭を整理しきれてない相棒の首襟を掴み、ヨーナスは詰め寄った。


「あなたが・・・・!NYPDのディンゴだったなんて!!」


「すまねえ。ヨーナス。バレちまったよぉ。」


アレクサンドルという男はほぼ半べそ状態でヨーナスにしがみつく。ほぼ混乱状態でヨーナスの話もまともに聞き取れない状況だ。


「そんな・・・!一言言ってくれたら私だて一諸に自主しても良かったのに・・・!許してください本部長殿、委員長殿!彼、家族がいるのです!どうかディンゴのことはこの話だけの事にしてもらえませんか・・!」


「すまねェ。本当にすまねェ・・・!」

一見腕を組み合う男2人の暑苦しい「友情」といった所だが、俺はこの中からいかがわしい姦計をとっくのとうに知っている。


「おい、良い加減にしないか。ヨーナス。」


「はい?」


崩れるアレクサンドルを支えるヨーナスは怪訝な顔をした。それに向かって俺は確信を突くように言った。



「NYPDのディンゴってのは、お前のことだろが。」



フェルナンデスと俺は淡々と固まるヨーナスの顔を見据えた。続けてフェルナンデスが続く。


「そんなに弱気なアレクサンドルが野犬なワケがないであろう。ディンゴはお前だヨーナス。ま、最も、始めウェッブからそういわれた時は、私もまさか君がそんな事をするとは思ってもみなかったがね。」


「本部長までなにを・・・・!!」


ヨーナスが抗議の声を上げた時、俺は寸時にヤツの前に駆け寄り、その勢いのままにヤツのヒザを思いっきり蹴った。


「・・・・・っ!?」


アレクサンドルを抱えながら崩れるスキに、奴のレッグホルスターから例の黒いブツを素早く取り上げる。


「ほれ見ろ。これが証拠だ。フェルナンデス。これは19じゃねえ、1引いたヤツだ。」


俺が投げたものを受け取り、フェルはまじまじとその「規定」のものから、12ミリも長いスライドを確認した。


「やはりな。ヨーナスお前が持っていたのはGLOCK18だったのか。」



GLOCK18。


-オーストリアを代表するハンドガン「GLOCK」シリーズの中で、最も危険と評され、law enforcement only、ロー・エンフォースメント・オンリー、つまり公的に限られた者しか持つ資格を与えられない「ハンドガン」だ。

9mmパラベラム弾ロングストックに1丁連続33発装弾可能、それはハンドガンの中でも最も多い装弾数を誇る。


それが2丁であれば66発、それがもしフルオート攻撃であれば、サブマシンガンにも劣らない威力を増すことができる代物。


しかし、それをヨーナスが今持っているということは、コンパクトサイズの19のみを持つ事を義務付けたNYPDの規則を破った事、つまり正真正銘の違反行為だ。




「ヨーナス!まーさかな、オメーそのメガネ結構曇ってて選び間違えたとか言うんじゃねえだろうなぁ?」


「そんなつまらないジョークで誤魔化すつもりはありません。」


「言うなこの野郎。」


嘲笑を浮かべて見下ろす俺を、ヤツはまた同じ瞳で睨み返した。


「しかーし、混乱しているアレクサンドルをわざわざディンゴに仕立て上げ、狼狽する最後っ屁。サイコーだったぜ。ちなみに、アレクサンドルは、お前の正体をたまたま知って、「ディンゴ」って名づけた張本人ってだけだ。」

「な、なんですって!」


ヤツは知らなかったらしく、今度は相棒を睨んで、その襟首をつかんだ。


「まさかあの名付け親が貴方だったなんて!なんでディンゴなんですか!!私がオーストラリア出身だから!?私そう呼ばれているのを知った時、屈辱的で溜まんなかったんですよ!野犬なんて失礼じゃないですか!」


「すまねえよぉ。つい面白半分で言っちまって・・・。このままにしたらもっとお前のディンゴっぷりが楽しめるかなと思ってさ・・・!」


間近に顔を寄せ怒り叫ぶ様、さっきまでの友情が嘘のようである。

俺はフェルと顔を見合わせ、ため息をついた。


「で、そんな所でよ。」


俺は低い声で呟く。途端、顔を紅潮させていたヨーナスの顔が蒼くなっていく、それを面白いと笑うながら俺は腕を組み、歩み寄った。


「これから、NYPD教育委員会ウェッブ委員長様として、お前にた~っぷりと、お説教を聞かせてやらねえとなあ?ランボーもちびるほどの楽しい時間をテメーにくれてやるぜ。あ、勿論ほったらかしにした相棒くんも一緒に、な?」


葉巻を加え、フェル曰く死んだ目で笑う俺に、2人は互いの体を支えながら怯えた。そのウサギのような姿に、俺がトドメを刺そうとした時― 唸るような警報音が応接室否、プラザ全体に響き渡った。


「な、なんだ・・・・!?」


それと同時にアナウンスも響く。


「報告します。只今ロウアーマンハッタン街にて、新たなギャング銃撃戦勃発!規模は最大級。分署の方はESU(特殊部隊課)も含め状況をおさめる事が出来ず、幾人かが怪我、人質にとられている模様!至急最短距離からのプラザの応援を頼みます!繰り返します!今・・・・」


「ちっ、こんな時に始まりやがったか・・・!」


プラザにつんざく警報音は、よほど緊急の時でないほど鳴らない。

それは事の大きさを示す合図だった。


フェルナンデスは無線でその対応として幾つかの部隊を送ることを報告した。


が、騒がしく動き回るプラザの様子を見て、俺は少し心もとない雰囲気を感じ取る。何か他に強力な部隊かなんかないか、と考えている内、更に混乱する2人を見て俺はある事を思いついた。


「おい、ヨーナス。」


ぽんと彼の震えた肩を叩く。


「なんですか・・・?」


澄んでいるにせよ、弱々しい瞳。とても野犬という名に相応しいヤツとは思えないが―


「お前、今から支援援護行って来い。そこで制圧できたらNYPDのディンゴとしてのお前デビューを認めてやる。」


「え、ええ―――――――っ!」


突然の展開に2人の悲観と歓声の声が、耳障りな警報音と共に響いた。





2、チャイナタウン・ウェルデストリート

 

 「なに?あと1人だけ残っているって?」


ヤマがあった所は、パーク・ロウからチャイナタウンとリトルイタリーとの境目、レンガ造りの古臭い建物に挟まれた路地である。

その路地にはNYPDパトカーがすし詰めに停留している。


一方、俺たちはその路地と交差した大通りに待機し、続々と救急車に運ばれる負傷者の様子を眺めていた。路地の中のパトカーには無残な弾跡が刻み込まれ転がり、俺たちの行く手を阻む。


これが人数確保による俺らお得意の突入攻撃も、うかつに使えない要因となっていた。


「はい、あの路地―ウェルデ・ストリートの中に1人だけ武装したギャングが残っています。そもそもこうなったのは、その中にある小さな料理屋でのギャング同士の喧嘩が原因でした。

幸いにして(?)クイーンズの1件で警戒体制が厳しくしていたNYPDがすぐ駆けつけて、彼らは逃げる間もなく押さえつけることができたのですが・・・。」


「なら、なんで残っているソイツも一緒にブチこめなんだ!!」


俺の怒声に管制車のオペレータがそばかすだらけの顔を埋めて呟く。


「それが・・・その・・・彼だけがあまりにも「強く」て・・・。」


「はあ!?」


俺の後ろに待機するヨーナスとアレクサンドルも、驚きで口を開けた。


「本当に強かったんです!「あいつ」は・・・あいつは!突入する警官も、そして敵味方もいっしょくたにして遠慮なく撃ってきたのです!

ESUが駆けつけ突入しようにも、この周辺の勘もあるのか、建物づたいに屋上に挙がる所を、部屋の物陰から攻撃して全滅させてしまったのです!」


「特殊部隊をたった一人で!?」


そのさばきに感嘆の声をあげる。屋上にあがる所を狙うという、俺らのやり口もそれなりに把握しているという奴の実力に対しても。


「ESUがやられてしまうなら勿論、私たちオフィサーにも叶うべくはありません。パトカーの中で待機していた私たちも抵抗もむなしく撃たれ続けました。ヤツの味方であるはずのギャングも、確保しようとする所を撃たれ、その撃たれた相棒を運ぼうとした警官も撃たれ、それはもう、今までにない酷い被害をうけました・・!」


唇を震わせながら話すオペレータの言葉が、がらんどうのパトカーが転がるウェルデ・ストリートに漂う、その不気味さを助長させる。


-あの薄暗い路地の中に俺らを襲う敵が潜んでいる。


大通りにまで尻込みされた、我らNYPDのメンバーは、その暗く正体の見えない路地の中の獣に、パトカーとシードでもって防御し、必死の思いで監視を続けていた。


開けっ放しの管制車のドアの縁の側に立つヨーナスも思わず、その緊迫した状況に唾を飲み込む。


「そして今、最悪なことに1人のESU隊員が脚を撃たれたまま人質に取られています。このまま監視を続けても彼の命が危ない上に、もうすぐ日が暮れます。視界確保ができないままの人質救出は困難です!それに、相手があいつとなるともっと・・・・!!」


狼狽してついにオペレータは目を覆ってしまう。この様子だとどうやらコイツは一生オペレータ止まりの人生だろう。震える彼女の肩に手を置き、上司であるもう1人のオペレータが話を続けた。


「・・・・なんとか摘出した味方ギャングの証言によれば、1人だけ残っているヤツは、ギャングのリーダと同様に、イタリアマフィア「テスト」の用心棒の元締めも務める男だそうです。

特に戦闘力がずば抜けて高く、マフィアの間では「テストの猟犬ハウンド」と評され恐れられていたとか・・・・その暴虐武人で好戦的な性格も含めても、だと。」


最後の部分を強調して、上司は顎を引いた。


「自分が助かるために味方ごと巻き込むワケの分からん奴だからなあ・・・。どんな容姿だ、見たか。」


「それが・・・すべてブロック(角)かパトカーからによる攻撃の仕方だったため、私たちははっきり目撃をしておりませんが、話によるとテストのメンバーの中では、唯一の白人だそうです。」


「なぁるほどねぇ。」


俺は伸ばした手の口の髭をなぞる。

その意味あり気な仕草に、ヨーナスは野生の勘が働いたのか、「嫌な予感」と言いたげな顔をした。


きつく締め付ける腕時計を覗けば、時間は午後6時頃。さて、夜になる前にそろそろ何か行動を始めなければ―。


「ちょっとそれを貸すぜ。」


「あ、ちょっと・・・!」


泣き崩れる彼女の手からスピーカを取り出し、俺は大声をあげた。

それは闇の向こうにいる奴に向かってのメッセージだ。


「おい、聞いてるか!!テストの猟犬!!」


潜伏するNYPDのみならず、大通りの両端に群がる野次馬共も大きくどよめいた。


「そのまま俺らが観念するまで立ちこもるのも良い趣味だが、ソイツは少々「退屈」になってきたろう?ここでちょっと楽しい1つゲームをしてみねえか、ワンちゃんよ。」


「ちょっ。何言っているの、この人!?」


ヨーナスは、「嫌な予感が的中した」と、思わず俺の文句をいう。俺はそれを手で押さえながら向こうの出方を見るが、路地の向こうからの返事はない。しかしそれでも俺は続けた。


「イタ公マフィアにも良い猟犬がいたもんだな!だがしかし、俺らにもちゃんと「犬」はいるんだぜ?テメーもマフィアの用心棒なら話は聞いてんだろ!今ココに、NYPDの野犬さまもいるってことをなあ!!」


俺が語尾を強くして豪語した途端、野次馬が一気に歓声をあげた。彼らはクイーンズでの噂を聞きつけて以来、彼を正義の味方として神格化していたのだ。


「マフィアの猟犬とNYPDの野犬。ぴったりな組み合わせじゃねえか。どうだ。ここいらは一度、手合せ願って、勝った方が負けた奴のいう事を聞くってのはどうだぁ!?」


野次馬は更に歓声をあげた。NYPD久々の大対決。に心なしかアレクサンドルも身体を震わせその興奮楽しんでいるように見える。

しかし、肝心の返事はまだなかった。


「しかしな、犬同士の対決に人間は無用だ。「猟犬」。今お前がその首に噛みついている俺たちの仲間はこっちの方に引き渡してもらおうか。それをそのゲームにのった「しるし」だとしておこう!」


俺がそう提案してしばらくすると、暗闇の路地の中から一人の防護服を着た男がゆらりゆらりと幽霊のように路地の中から出て、そして地面に倒れたのだ。


「彼です!人質にとられていたダニエル隊員です!!」


管制車の彼女の言葉を合図に、メンバーはただちに彼を確保する。響き渡る歓声。

これで、猟犬が俺の誘いにのった-。


「さて、と。ディンゴさん。お前の出番だぜ。」


俺はそうして管制車のドアの前で茫然と立ち尽くすディンゴ、もといヨーナス・ラトヴィスの背中を押す。ゆらめきそうになりつつもそれを押しとどめたヨーナスは俺を厳しく睨みつけた。


「ウェッブ委員長殿・・・!!幾ら貴方といえども警察らしからぬ無茶苦茶な取引は弾劾ものですよ・・・・!!」


震える声は俺に対する怒りなのかそれと猟犬に対する恐れなのか。元々は生真面目な性格の彼に、テメーも違反者はねーかという突っ込みは状況からして野暮ったいものであろう。


「そう言うなヨーナス。しかしな、もしそうしなければあいつは天国行きだったのかもしれなかったんだぜ。」


俺は親指でヨーナスの目の前で担架に運ばれる人質を指す。右脚の大量出血と顔面蒼白。一足遅ければ命が危ない所であったのは、一目瞭然の姿だった。


呻く彼の様子を見てヨーナスは、一旦顔を俯みつつ、あの決意を示す目をメガネの奥に光らせる。


やがて彼の怒りは次第に俺ではなく、敵も味方も区別なく撃ち付けて仲間を危機に陥らせたその「猟犬」へと向けられていった。


するとその時、ダニエル隊員は一瞬彼に目をむけ、ただでさえ声を上げるのもつらいだろうに、枯れたような声で「ありがとう。」と、呟いたのだ。


この瞬間彼の決心は固まったものとなった。ヨーナスは勇ましく、そして優しい男であった。


「・・・・分かりました・・・・やりましょう。」


「ま、マジかよ!ヨーナスゥ!」


相棒の声に応えず、ヨーナスはメンバーの先頭へとゆっくり歩きだし、そして立つ。


「はい、やります。」


一言、念を押しつつ、メガネを整え彼は前を見据えた。


「しかし、やるといったからには私は絶対に負けません。正義の鉄槌はこのNYPDが持っていることを、コレでもってあの猟犬に思い知らせてやりますよ!」


黒い髪に黒い瞳、黒のメガネ、紺の巡査服、黒のネクタイを身に着けたその男は、漆黒のGLOCK18を両手高く上げ、スライド(遊底)を引いた。


大通りに響き渡るグロック特有の、ポリマー同士が当たる軽い音に、今度はメンバーも含めた大勢から歓声があがった。




3、猟犬vsディンゴ

 

 ヨーナスはゆっくりと歩を進めた。


土のこすれる音も、靴の叩く音さえも響かせぬよう、ゆっくりと見慣れたパトカーの残骸を1つ2つと通り抜ける。その手に、GLOCKをしっかりと構えて。


ガラスが割れた半開きのパトカー、だらりと下がった無線コード、ぺしゃんこになったタイヤと車体。

その場にいなければ実感できない現場の凄まじさ。ピントの合うメガネのレンズの奥から見て、それを成し遂げた「猟犬」の恐ろしさをようやく知ることが出来た。


そしてヨーナスにはもう一つ、「猟犬」の実力を知るに足る、あるものを掴んでいた。


それは人質-ダニエルの撃たれた脚の部分。脚に取り付けられていたボディアーマーを貫通した銃痕である。

ライフルの弾であったら、それはそのままスルー出来たのだが、その小口径の穴は間違いなくハンドガンのものであった、というのに大きな衝撃を受けたのだ。


ESUが装備するアーマーは通常、ハンドガンにとって基本に形無しなはずだ。しかし、それが例外的に貫通されるのはたった1つだけある。それは、 


―ハンドガンで「何回」も「同じ場所」に撃ちつづけた場合だけだ。


死角になる脚は確かに的にはなりやすいが、その分対象面積が小さい上によく動くもので、そこに撃ちつづけるのには相当な技量がいる。


大人数が自分に向かって銃弾の嵐を撃っているというのに、たった1人(しかもESU隊員)の脚の防弾部分、しかも同じ個所を撃ち続けられたその「余裕」を猟犬は持っていたのだ。


ヨーナスは猟犬が人質を差し出したのは情けでも返答でもなんでもなく、

ただそれが出来る「自分」をただ見せつけるためではなかったか、と衝撃のあまりにそう思うまでになってしまう。


しかし、それでもヨーナスは負けるつもりはなかった。真正面に来るか後ろからか、建物の階段からかそれともあの窓からか、扉からか、いくつもある彼の攻撃を何以にして、今はまだ「両手」で持っている、このGLOCKで対応するか。


さっきまでの自分からの歓声が嘘のように静まり返った「戦場」の跡。

猟犬も野犬も、今はただあの時を待っていたのだった。


そしてその時はついに来る。


午後6時。それを示す軽いブラウン管の鳴る音が響いた。

電燈によって急に明るくなる路地。沈黙を貫く発砲音。


「しかけてきたのはそっちからだ!」


明るい所に晒されたヨーナスめがけ、高い位置から鈍い銃声が鳴った。

ヨーナスはパトカーの影からはみ出した左脚に向かっていく弾を、右足を軸にして半回転しながらすばやく左脚を上げることでかわした。


その間にも撃ってくる弾をも弧を描くように回す足で運よくかわし、見事パトカーの後ろに背中をつけた。


すかさずパトカーを盾にヨーナスもGLOCK18で発砲を開始する。

そこでパトカーとの間で激しい戦闘が行われた。ヨーナスは逆光によってまだはっきりと見えぬ「猟犬」の姿をめがけて、何発も撃ち続けた。


しかし、それでも彼がその両手に持っている銃は、影になっている彼の姿とは対照的に電燈の光を反射し、鈍く光った。


それは黒光りするヨーナスの(それ)とは違う、自らの存在を堂々と主張する悪趣味ともいえる「黄金銃」。


「なんだアレは・・・!?」


猟犬はその路地の間に繋がれた幾つものパイプに登り、高位置から斜めに撃ってきた。その角度から1発が当たり、ヨーナスの背中の皮膚が裂ける。


ヨーナスも負けじと、パイプに居座る彼に咆哮を放つが、向こうは向こうでパイプと壁をつたって、銃を両手に持ちながらのバク転、側転、続けて一回転、壁を伝っての跳びと、体操選手も顔負けの技能でもってかわし続けた。


「そんなバカな・・・!まるで弾そのものが避けているようじゃないか・・・!」


現実的にはありえないと歯ぎしりするも、ヨーナスは自分の射撃能力が低いということを思い出し、無理やり気持ちを整える。


一方「猟犬」は弾をかわしながらも、足首を器用に回し、片足にパイプをかけ仰向けに倒れる。ヨーナスはその間一瞬がら空きになった胴体にすかさず弾を撃とこもうとするも、パイプの向こう側に倒れる身体を惜しい所で避けられた。


その勢いで猟犬はパイプに中ぶらりんになった形で海老反りになり、ヨーナスが撃ちにくい所を撃つ。


地面に両手をつく形で避けたと思ったら、今度はパイプにかけている脚の反動で起き上がる途中の態勢で高位置から撃ってくる。


そこで脚を狙われ、ヨーナスはすばやくパトカーのボディに向かって引っ込めるも、その間に今度は靴を撃たれた。


「くそが!」


思わず叫んだ言葉に、猟犬は顔を影にして口をにやけた。

こんな状況で笑う、歪んだような、その狂気的な笑みに、ヨーナスは思わず目を見張る。


浮き出た白い歯から見える鋭い2つの犬歯に本当にコイツは「猟犬」だ。とけぶる弾幕の中で思った。


ふとした痛みに振り向けば、オレンジ色の電燈に照らされた靴に、黒い斑点が広がっている。そうしている間にも猟犬は間もなく弾を撃ちつけてきた。


容赦のない(当然だが)彼の攻撃に避けるため、パトカーの後ろに素早くしゃがんだヨーナスは、マガジンを替えながら、少しでも垣間見た彼の姿を今一度思い出そうとしていた。


背はかなり高い方、逆立った金髪を持つ短髪の白人。相当の身軽。長い手足を巧みに凄まじい銃さばきと身体能力を披露する、安っぽいパーカーを着た男。


防弾装備一切なし。しかし弾のすべてが全く当たらず、それがかなり質の悪いことだといえる。


まとまりのない考察をしていく中で、何より質が悪いと思った事は、彼がこの闘いをとてつもなく「楽しんでいる」という事だ、と思った。


まるでダンスのように舞うさばき方には例の「余裕」さが感じられたし、何と言っても今でも背筋が凍りそうなあの笑顔。まるでこれでは犬同士の戦いというよりはただの遊び相手じゃないか。


ヨーナスは左足に食いつくレッグホルスターから、もう1つのGLOCK18を取り出して悪態をつく。


向こうが2丁の黄金銃でくるならば、自分はこの出し惜しみせず同じ「2丁拳銃」で彼の傲慢を打ち砕いてやらねばならない。

子供の遊びに付き合って「あげる」るのが「大人」というものだしな。

と意気込み、2つの漆黒のハンドガンを見つめながら、ヨーナスは判断した。


「ホラホラ、もうお仕舞かよ。NYPDのディンゴ様がよ!」


その時、弾音の隙間から男の声を初めて聞いた。自分を小馬鹿にしたように話す、甲高く下品な若者の声。


「ほざくな。私の名前は「ディンゴ」じゃない。」



ヨーナスは目を伏せると、両手のGLOCKを肩の前に掲げる。

彼の力強い返事に、猟犬はふと口角を下げた。


「私はNYPDのプラザに所属する、ヨーナス・トラヴィス巡査だ。」


ヨーナスは息を吸った。両手のGLOCKを、その衝撃に耐えられるように、強く握る。そして、啖呵を切ってヨーナスは身を乗り出した。


「そのクソの詰まった脳みそにしっかり叩き込んでおけ!イタ公共の汚わらしい猟犬め!!」


立ちあがり、パトカーの上から両手を上げ、今度は「2つ」のGLOCKが咆哮をあげた。


しかしその先はパイプの上にいる猟犬にではなくパイプと壁を繋いでいる錆びついたネジに向けてだ。小口径の9ミリは幾つもの小さなネジに丁度当たり、飛ばされる。


その命中率に猟犬は当たったと所に顔を向け口笛を吹く。と同時にパイプも崩れ足元をとられたまま地面にけたたましい音と共に落ちていった。


蒸気と埃で見えない、その先に向かってヨーナスはパトカーの上に飛び乗り、勢いよく走り出し、そこから飛びあがって続けて撃った。すかさず折れたパイプの中に見える影の腹に向かって勢い片足を踏みつけるが、しかしそれはまた寸前で後転される事で、不発に終わる。


が、地面に手をついた時にそこの地面のコンクリートに赤い斑点があるのを一ヨーナスは見逃さなかった。


「よっしゃ!当たったか!」


後進しながら地面に足をつき態勢を整える猟犬に、その暇も与えず、ヨーナスは右のGLOCKのスライドを掴む形で持ち替えし、グリップ部分を彼の右手に押し付け、黄金銃ごと振り飛ばす。


漆黒のハンドガンと黄金銃がこの時初めて交差する。ポリマーと鉄が叩く高い音。


それと同時に猟犬の細い右手がきしむ感覚を、グリップを通して感じる事が出来た。続けて左脚で太腿回し蹴り。これも見事に彼の右頬に当たる。


しかし猟犬もその痛手に構わず蹴られた衝動で吐き出されたつばを飛ばし、ヨーナスの視界を奪ったかと思えば、もう一つの銃でもってヨーナスの左のGLOCKを撃ち飛ばす。次の弾はヨーナスの左ひじをもえぐった。

近距離で互いに二丁拳銃でなくなった事態に、緊張が走る。続けて撃とうとする猟犬の銃は弾が出ないまま、軽い鉄の音をたてた。


「弾切れだ!」


ヨーナスはこれがチャンスとばかりにGLOCKを器用に回転させて、銃口を彼に向けた。


しかし猟犬はその前に素早くしゃがみ長い脚で、下からヨーナスのひじに靴の底で撃ち上げた。


撃たれた所を蹴られた痛みに一瞬隙をうめいた所で、手をつき、ひざを曲げて引いたと思えば、続いて猟犬は股間を思い切り蹴り飛ばしたのだ。

これが今まで受けた猟犬からの一番の痛手だった。


「同じ男なのに・・・!卑怯な・・・!」


と言う間もなく、仰向けに倒れたヨーナスに続けて目をかかと蹴りしようとする。さっきから彼の白術戦は蹴り技ばかりだ。それは長い脚を使っての事であろうか、もしかしてこれは―。

ヨーナスはかかとが当たる前に寸時にもぐりこむようにしゃがんで猟犬の脚を掴んだ。彼の脚を掴むと同時に、ヨーナスは一つの確心をも掴む。


「出来る!」


そして獣のような叫び声をあげたかと思うと、腕の筋力のすべてを使い、路地の向かい側へと猟犬を投げ飛ばした。

勢い高く飛ばされた猟犬はガラスの破片とパイプだらけのコンクリートの地面に転がる。パイプが彼に当たる激しい音とホコリの舞う様子を見て相当な痛手を与えたはずだと思った。ヨーナスは嘲笑した。


「おお軽い、軽い。思ったより高く飛んだものですね。」


落ちたGLOCKを拾いながら小馬鹿に言い仕返し、動かない猟犬に二丁拳銃で勢いよく歩み寄る。


しかし彼は犬のように四つん這いになりながらもきっと睨み付け、ヨーナスが撃った2、3発の弾を跳びかわし、横の路地へと逃げ込んだ。


「な、まだ動けるだと・・・!?」


ヨーナスもすぐに追いかける。がしかし、横の路地に向かえど彼の姿は見当たらなかった。ふと上の方で鉄の音が聞こえたと思えば、彼は壁につたったパイプの階段を登っている。

両側の階段を右から左へとスパイダーマンごとく登る軽業に、ヨーナスは驚愕した。そして顔をあげる目の前にマガジンが落ちてくる―。


「・・・・まだ銃も持っているのですか!!」


くそったれが!と言わんばかりに黄金色のマガジンをGLOCKで弾き飛ばした。

おそらく、彼は屋上に上がり予備のマガジンを交換してからまた撃ってくるつもりなのだろう。とヨーナスは恨めしく見上げた。屋上からの攻撃に、負傷したこの身体では最早叶う術はない。


どんどん身軽な身体で屋上に登っていく彼の様子を眺めながら、ヨーナスは唇を噛みしめもう一度、決意の目を光らせながら、肩で一呼吸する。


「もう後はない、というわけですね。」


物ありげに呟いた後、腰にとっておいていたロングマガジンを取り出した。弾が残っているにも関わらずマガジンを捨て、代わりにそれを取り付ける。手慣れた手つきでそれを済ませたそれはグリップからはみ出るマガジンという奇妙な形状。


それは、ハンドガン史上最大の装弾数を持つGLOCK18ならではの成せる形だ。


屋上になど行かせるものか―!


ヨーナスは猟犬が登る反対側の階段を駆け上がった。その様子を見た猟犬は、屋上に着く間もなく急いで、マガジンを取り換え、撃ってくる。階段の手すりがうまく盾になりなんとかそれ防ぎ走り続け、ついにその時GLOCK18の本領が発揮される。


ヨーナスは始めた。GLOCK18のスイッチを親指でフルオートへと切り替え、屋上に片足を付けた猟犬に向かって一気に引き金を引く-!




「これで一気に決着をつけてやる!」



そして、66発連続の弾が瞬時に彼の身体を軽業によってよける「余裕」をも撃ち壊そうと襲いかかった。


「うあああああああああああああああ!!」


止まらない発砲音にまぎれヨーナスが大声で叫ぶ。カタカタと小刻みに震える愛銃の反動を、鍛えた腕で必死に抑えコントロールする。血が噴いても構いはしなかった。もはやヤケクソだった。雨のように地面に落ちる薬莢が階段にも当たり、金属の音をたて続ける。


一方猟犬はその勢いに押され、屋上のへりに隠れこみ身動きがとれなくなってしまった。フルオートのGLOCK18に立ち向かえるものなど、何もありはしなかったのだ。


66発の弾の嵐は勢いの割にはあっという間に終わった。が、自分が彼に追い付くまでの時間稼ぎとしては十分だった。動きが取れない間にヨーナスも向かいの屋上にあがり、それぞれのエジェクションに1発ずつ残った最後の2発でとどめを刺そうと構える。


「これでエンドだ!」


が、ヨーナスはそこで不本意にも手が止まってしまったのだ。


それは66発連造撃ちにより曇った硝煙の中、月明かりからようやく見えた猟犬の顔を見た時だった。



-それは、月の光がそのまま反射したような色白の顔に、逆立った薄い金髪、濃い金色の柳眉と薄い水色の瞳。ヨーナスはこの状況下の中でここまで綺麗な男がいたとは、思ってしまった。


けれども手が止まったのはそのせいではない。この男の顔が―シャープの利いた輪郭で男らしさはあったものの―それが明らかに「少年」のものであったからだった。


「あっ・・・・。」


困惑の声を上げてしまった瞬間、猟犬、「少年」の青い瞳がひそむ眉に隠れた。ヨーナスはしまったと感づき構えようとするが、


「遅ェよ。」


ヨーナスの肩が、少年と同じ「色」をした黄金銃に撃たれた。


「ぐあ・・・・っ!」


ひじに続けて肩も撃たれ、ついに片手の感覚がなくなり、左手から離れたGLOCKは漆黒の闇へと堕ちていく。


少年は向かい側の屋上から飛び超え、パイプの鈍い音を立てて階段の踊り場の手すりにぶら下がった。


ゆっくりと、器用に登り上がる彼に向かい、ヨーナスはもう1つのGLOCKで最後の1発を放ったが、その歪んだ笑顔にかすり傷を与えることで留まった。


「エンドなのはテメーの方じゃねーか。」


ぴょんと手すりに飛び乗る少年。次の視界に映ったのは自分の眉間に当てられた40CPのほの暗い銃口。ヨーナスは恐怖と痛みで肩を押さえた。


「しっかしまぁ、ここまで手間取ったのはお前が最初だったぜ。ツインハンドだったくせに、今や空の1つを持ってる無様な姿になってるとはなァ。テメーくらいなら、もっとやれると思っていたのによ、興覚めだな!」


「よく喋りますね。ボーイ(少年)。」


「はっ。テメーこそ。うめいているだけでも精一杯だろうに。」


ゴツリと鈍い音と、それに伴う痛みが眉間に当てられ、ヨーナスは声をあげる。


確かにそうだった。ヨーナスは今や肩の激痛におさえる事で精神がいっぱいだった。これは、さっきまでの奮闘がむなしい、完璧なる敗北であった。


「まあそれなりに楽しかったぜ、じゃあなディンゴ。先に地獄に行ってな。」


決め台詞のつもりかこの野郎。

そういう悪態もつく力もなく、ヨーナスはただ頭を撃とうと構える少年の顔を虚ろな目でみることしか出来なかった。悔しいのを通り過ぎると逆に人は無表情になるものなのか。と悟る。


少年にとっては何度も繰り返した1つのことなのだろう。彼は、もう一度にやりと笑いながら躊躇なく白く長い指をトリガーにかけた。


聴きなれたあの鉄の音を聞き、ヨーナスはこれが最期だと目をつぶる。


ああ、結局最期まで「ディンゴ」という名前好きになれなかった。

恨むぞアレクサンドル。


荒い息を吐いてうっすらと笑った野犬に向かって、少年が暗闇の中で嗤い、「いつも」のように撃とうとした時―。


ヨーナスはその時なぜか眉間ではなく後頭部に激痛を感じた。痛みが一点からじわじわと広く感じることにより、それがドでかい靴で蹴られたことだと走馬灯の中で知る。


誰かの脚は少年の腹めがけて、ヨーナスの頭ごと蹴とばしたのだ。優越感に浸り油断していた少年はものの見事にその攻撃を受け、階段の外へと飛ばされた。


空中の中で瞬時に顔を歪めながらも少年はまだ撃とうと構える。しかしその前に脚の持ち主は彼の襟首を掴み、とどめのみぞおち撃ちをくらわした。


ぐばと少年の口から吐しゃ物が吐き出され、建物との間の地面に落ちていく。

このままでは彼も落ちてしまう所を、影は、襟首を持った手で彼を勢いよく引き寄せ、踊り場の―、ヨーナスの目の前へ乱暴に突き落とした。


さっきまでの生気のある青い瞳が今や色を失い、口を開けたまま涎を垂らす少年が、ヨーナスの前で転がっている。


「へえ。気絶してもコイツ、なかなか良い顔してんじゃないの。」


巨壁のような硬い肩幅に、でっぷりと肥えた腹を持つ黒人の影。

そして、この状況でのんきな事をいうその口調は-。


「すまなかったなヨーナス。遅くなってしまって。」


「・・・ウェッブ殿・・・・・。」


月明かりの暗い夜の中で振り向く際立つ彼の眼光を見た瞬間、ヨーナスは安心したのか少年に折り重なるように転がり、そして気を失った。



(後編へ続く)





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