理論武装だ、笹柳奈保
こういう晦渋な文章もいいですけど、ライトな文章も書きたくなります。一二一二三です。よろしくお願いします。
皆様の恋愛対象って「年下」「同年」「年上」どれに当てはまりますか?
わたくしは「年下」が好きです。年下の男の子ってかわいいじゃないですか。キャンディーズのあの名曲も好きですよ。
(注)わたくしはショタコンでもショコタンでもありません(笑)
まさか小流先輩が仲間をも疑うような酷薄な性格であるとは思いませんでした。
むろん私は、沙紀ちゃんが犯人ではないと信じてこそいますが、どんな間違いで誤認逮捕にむすびつくかもわかりません。油断大敵です。
私は沙紀ちゃんに電話をかけました。
「………………」
しかしこれも小流先輩の策謀か、つながることはありませんでした。
「どれだけ根回しがいいのよ」
私は感心しましたが、悠長なことはいってられないかもしれません。
沙紀ちゃんが警察に任意同行させられた可能性もあるのです。
ただしすべては仮定。なんだかんだ思い悩んでも、杞憂かもしれません。
「だったら行動しなきゃだよね。若いうちの苦労は買ってでもせよ、っていうし。取り越し苦労も買ってでなきゃね」
まったく自分の誇大妄想癖には辟易しちゃうな。
車のエンジンをかけ、さっそく石田沙紀ちゃんの自宅に行きました。
チャイムを鳴らすとドタドタ足音がして、「宅配ご苦労様です」と、笹柳奈保ちゃんがでてきました。
「…………」
なんで奈保ちゃんがいるの? 警察は、警察は来ていないのかな?
沙紀ちゃんはどこだろう?
私の頭は混乱してしまいました。
「吉岡先輩もお見舞いに来てくれたんですか、わざわざご足労をおかけしました」
笹柳奈保ちゃんは一礼して、私をむかえてくれました。
「お見舞いってどういうこと、沙紀ちゃんになにかあったの?」
私はつい、張り倒すような勢いで訊いてしまいました。
笹柳奈保ちゃんの話によると、沙紀ちゃんは、康平が殺されたショックを受けて高熱をだしてしまい、いまは寝込んでいるのだそうです。
「だから私が看病をしていたんですよ」
誇らしげに言って、笹柳奈保ちゃんは洋室のドアを開けました。石田沙紀ちゃんの寝室です。
ピンク色のカーテンからはやわらかい光が差し込んでおり、床には整然と積まれた女性週刊誌やファッション誌がありました。ベッドの上にはマスクをして咳きこんでいる友人の姿があります。沙紀ちゃんの枕もとには皮の剥かれたリンゴが……というよりは、皮を剥いだリンゴが置いてありました。
「熱だしたんだって? 大丈夫?」
私は室内に荒らされた痕跡がないことから、警察はまだ来ていないと目星をつけました。
「うん、全然平気。体調はもうバッチグーだよ」
沙紀ちゃんは伏した状態で、親指を立ててみせました。
「それなら安心した……」私は胸をなでおろすと、「全然っていう副詞あるじゃん? さっき沙紀ちゃんが使ってた」と、話題を切り替えました。
「うん、あるね」
「全然ってさ、そのあとは否定形にしなきゃダメなんじゃないの? 沙紀ちゃんは肯定で使ってたけどさ」
私は責めるというよりは、意見が聞きたかっただけなのですが、
「ごめんね」
なぜかあやまらせてしまいました。
しばし沈黙が続き、気まずい雰囲気になりました。
この嫌なムードを知ってか知らずか、笹柳奈保ちゃんは盆の上に湯呑み茶碗を載せて現れました。
「吉岡先輩、それはしゃくし定規な意見です。日経新聞では『全然+否定形』の説は迷信として紹介されています。もともと戦前では、全然のあとには肯定を続けるとか否定にするとか、そういう規定はありませんでしたし、かの有名な文豪、夏目漱石先生も全然のあとに肯定を使ったといわれています。まあ真偽がどうであろうと、戦前と戦後で価値観が変わってきているということですね。つまり、一概にこうしたから間違いだとか、そんなふうに決めつけることはできないのではないでしょうか?」
「その通りだよ、奈保ちゃん。満点の回答だね、模範解答の通りだよ」
論破されたくせに、私はえらそうなことを言いました。
むっ……待ってくださいよ。論破とか説破って――
うまく利用してあげれば、この子、使えるかもしれないじゃないですか。
「ちょっとここの部屋を出られる? 奈保ちゃん」
「ど、どうしたんですか? 吉岡先輩。石田先輩の容態は……」
「確認したからいいよ。それよりも喫緊の用事があるんだけど、急げる?」
「わかりました」
しぶしぶ承諾して、笹柳奈保ちゃんは寝室を出ました。
「なんですか、用事って」
「他言無用をお願いできる?」
私は急いて事を仕損じないよう、自重していました。
「お願いできますよ? なんでもおっしゃってください」
「小流先輩が、沙紀ちゃんを犯人と見立てて、警察に通報するって言ってたんだよ」
「石田先輩を犯人に見立てる? 犯人扱いをする、という解釈でよろしいでしょうか」
「そう。それで奈保ちゃんはどう思う? 沙紀ちゃんが犯人だと思う?」
「思うもなにも、石田先輩にはアリバイがありますよね?」
私はトイレ用洗剤とお風呂用洗剤を混合させ、塩素ガスをつくり、浴室に充満させたのではないかとの見方を示唆しました。
「なるほど。たしかにお風呂の掃除をしていたのは石田先輩ですからね。可能性というか、犯行に及ぶことのできる蓋然性は高いですね」
「そう、だから困ってたのよ。もしかしたら小流先輩はもう通報したんじゃないかと思ってここに来たんだけど、無事でなによりだったよ」
「いいえ、まだ無事とは断言できませんよ。いますぐ小流先輩に電話をかけてもらえますか? 警察に報告したのかどうかだけでも聞いておきたいです」
「わかったわ」
私が電話をかけるとすぐに通じました。「もしもし? 悠莉ちゃん、どうしたの?」
「小流先輩、韜晦しないでくださいよ。意地が悪いですよ」
私は眉根を寄せ、ケータイを握りしめました。
「なんの話かな? もしかして、沙紀ちゃんを警察に売るって話をしてるの? だったら安心してよ。動かぬ物証をみつけてから連絡しても遅くはないからさ。密告のほうは延期させてもらうわ」
「それはよかったです。賢い判断ですよ」
「で、用件はなにかな? まさかこれだけじゃないんでしょう」
「はい。会って話がしたいのですが、お時間は大丈夫でしょうか?」
「講義はもう出なくていいし、卒論も順風満帆だから……」
小流先輩はひとりごとを呟いてから、「いいわよ。じゃあファミレスの蟷螂にする? それとも蜥蜴がいい? どっちもドリンクバーがあるけど……」
「蟷螂でお願いします。1時間後にそこへ集合しましょう」
「蟷螂の斧がいいの? わかったわ、じゃあ楽しみにしているわね」
ドキッとするようなことを言って、小流先輩は電話を切りました。
前書きで恋愛話をしたので、その続きをします。
異性も同性も好きになれない、無性愛者と呼ばれる人は、世界に1%(7000万人)もいます。
そういう人は恋愛感情の機微も知らないのでしょうか。ちょっと寂しい気がしますね。