心理学生、小流杏子
わたくし一二一二三は、国立大学の教育学部卒(という設定)なので、心理学については掻い撫での知識しかありません。
心理学については半年ほど研鑽を積んだので、鍍金が剥げることはないと思います……
さすがに仏さんを目撃した晩ですので、この日はまったく眠ることができませんでした。
私は気を落ちつかせるために、ユーチューブをみたり、深夜番組をみたり、雑誌を読んだりして、一睡もせずに過ごしました。
水平線から太陽がひょっこり出てくる前に、ケータイが着信を知らせました。
「もしもし、おはようございます」
「あー、おはよう。昨日はよく眠れた?」
小流杏子先輩から電話がかかってきました。
「昨日はちょっとショックだったんで、夜中からずっと起きていました」
「そうだよね。追い打ちをかけるようだけどさ、康平くんのお通夜、明日になったよ」
「わざわざどうもありがとうございます」
なかなか不愛想な返事だということは、自分でもわかっています。しかし、これ以上なにかを話す気にはなれませんでした。
「いまからそっちへ行ってもいい? ちょっと話したいことがあるんだけど」
「いいですけど?」
「わかった。じゃあすぐに行く」
小流先輩はそう言って電話を切りました。
「話があるって、いったいなんだろう? 朗報ではないんだろうけど」
布団を押し入れにしまいながら、底知れぬ不安感と際限なくわき出る好奇心を抑えて小流先輩を待ちました。
彼女は日の出とともに、姿を現しました。
「こんな朝早くからごめんね」
小流先輩は玄関口で詫びてから、リビングへとすすんでいきました。
「あのさ、せっかくだから事件のおさらいでもしない?」
水を渡して丸テーブルの向かいに座ると、小流先輩は平坦な口調でそう言いました。
私は水をひとくちすすって、「現実主義なんですね、小流先輩は」
冷や水をあびせました。
いや、ちがいます。コップの水をかけたんじゃなくて、出鼻をくじいたという意味ですよ。念のためです。
「私は現実主義じゃなくて、実現主義だよ」
この言葉はのちに布石となりますが、いまは気にしなくていいですよ。
真意はわからない筈ですから。
「それより水を差すってことは、嫌な話題だったかな?」
小流先輩は終始笑顔です。
「滅相もありません。そのことは軽く水に流してくださいよ」
「とりつくろわなくてもいいよ。嬉しい話題じゃないんだからさ」
「そうですけどね……。ではどうぞ始めてください」
私はそれとなく水を向けました。
小流先輩は真顔になって、「高島康平くんが殺されたのはお風呂の中、もとい水中だったよね」
「ええ。そうですね。故意にせよ無為にせよ、康平はお風呂場に沈んでいました」
「お風呂場の窓は開いていたけど、外部による犯行とは考えられない」
「お風呂場の周辺には積雪があったんですが、足跡は見当たらなかったそうです。またその時間帯は、雪も止んでいましたから降雪によっておおわれたとは考えられません」
「外部からの犯行ではないということね」
「極端な話、そうなります」
「私たちはお互いにアリバイを証明できるから、悠莉ちゃん、沙紀ちゃん、奈保ちゃん、私も含めて、この4人は犯人ではない」
「そうなります」
「それじゃあ自殺という案はどうなの?」
「ありえません。私は昨日、康平とビッグアメリカシリーズについての諸考察を語りあったり、マフラーをプレゼントしてもらったりしましたが、康平はいつもと変わらず元気でしたよ」
「元気、明るい、ポジティブ。それだったら自殺しないの?」
「わかりませんね。小流先輩はわかりますか?」
「いちおう私は心理学部に在籍中なんだけど、人間の心情って画一化されてるわけじゃないからね。○○理論なんていうのが、みんなにポンって当てはまるわけじゃないんだよ。過去の心理学が現代では否定されていくようにね」
「よくわかりませんが、よくわからないということですね」
「そうだね。今の時代、性格は画一化されてきているけど、心理面は多様化しているからさ。よくわからないといったらそれまでなんだけど、本当に十人十色なんだ」
「つまり自殺の可能性は、大局的には考慮に値するというわけですね」
「悠莉ちゃんからしてみたら、対極的だけどね」
「そんなことを言ってたら水掛論になりますよ」
「そうだね」
私たちは立て板に水で議論をしていましたが、水を飲んで小休止しました。
頭がすっきりしました。
「じゃあ自殺は最後の落としどころとして視野に入れるとし、事故の可能性も検討してみようよ」
小流先輩はたんたんと整理していきます。
コンビニのおでんといえば、どこが好きですか?
――わたくしは、ファミリーマートのおでんが好きです。とてもおいしいですよね。
コンビニの弁当といえば?
――わたくしは、セブンイレブンの弁当が好きです。カレーが好きです。
やきとりは、サークルKが好きですね。