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御寛恕できない人間感情  作者: 一二一二三
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聴取取調べ(Ⅰ)

ワイヤレスマウスの反応が悪くなってきて、ちょっと苛々していました。

一二つまびら一二三ひふみです。よろしくお願い致します。


「『故意的~』の文体は、松本清張さんの『砂の器』を意識していますね」

わたくしがセンベイ先生に問いましたところ、以下のような返答を頂けました。

「砂の器はモデルではありません」

当たり前ですよね。はずれて当然の問題です。

さらになぜか、こんな文句まで言われました。

「砂の器といえば平成16年1月10日の87刷りを拝読したことがありますが、上巻の304ページに、

『今西は、’ざぶり’と顔を洗った。”それから”流し場に出て体をこすった。

 ”それから”太郎をつかまえて洗ってやり、”そのあと”、’すぐに’湯槽(ゆぶね)にはいる気もせず、’そのまま’すわっていた。’いい’気持ちである。』


と、記述してありましたが、ここの文章は’副詞’と”接続詞”を多用しすぎています。そのせいでテンポが乱れてしまうのであまりよろしくありません」

わたくしも反論致します。

「それはわざとやったのではないでしょうか? センベイ先生ならいざ知らず、松本清張が凡ミスをしたとは考えにくいです。センベイ先生、他人の瑕疵かしばかり指摘するのではなく、自分の文章をまずしっかり読んでください」

 まずこの出来事にいち早く気がついたのは、康平の彼女である石田沙紀ちゃんでした。

「康平くんは烏の行水ではないけど、1時間近くも入ってないはずだよ」

 沙紀ちゃんはそう言ってお風呂場をみに行こうとしましたが、「ここは私が引き受けるよ」

 最年長者である小流杏子先輩が様子を確認しに行きました。

「どうしたんだろうね」

「だいじょうぶかな」

「心配だね」

 私、石田沙紀ちゃん、笹柳奈保ちゃん。女子3人でこそこそ話しあっていると、「警察と救急車に連絡して!」

 血相を変えて小流杏子先輩はやって来ました。

 私が事情を聞くと、高島康平が亡くなったと伝えられました。

 石田沙紀ちゃんは言葉を失って気絶し、私は発狂したように慟哭し、笹柳奈保ちゃんはなにやら譫 ( たわ )言 ( ごと )を述べながら座卓にある料理をみつめて歔欷 ( きょき )してしまいました。

「オブラートに包むべきだったか」

 小流先輩は露骨に教えてしまったことを後悔したようでした。

 しばらくすると遠くからサイレンの音が聞こえてきました。その頃にはすでに正気に戻っていたので、私は事故現場または事件現場をまじまじと見つめました。

 現場保存のため康平は沈んだままにしてありましたが、もしそこからブクブクと気泡が出てきたらどんなに楽だろうと、思わずにはいられませんでした。

 検視官や鑑識による調査も終わり、私はかんたんな事情聴取を受けました。

 温厚篤実にみえる優しい顔をした刑事さんが相手でした。会話は肝要なところを中心に抜粋しました。

「シャンプーやボディソープなど、お風呂場には空になったボトルも置いてありましたが、ああいうものはお捨てになりませんか?」

「詰め替えパックを買っているので、資源の無駄になるようなことは避けています」

「お風呂にはゆずが浮かんでいましたが、普段からそういうことをされているのですか?」

「ゆず湯は冬の季語ですので、冬至が近くなるとやりますね」

 本当はやりませんが、ちょっと賢くみられたかったのでそう言いました。

「なるほど……。ところで吉岡さんは被害者の高島康平くんとは仲が良かったそうですが、彼はだれかに恨まれるようなことをしていませんでしたか?」

「していません」

 反射的に否定しましたが、もしかしたら石田沙紀ちゃんは、私が康平と2人で図書館にいたことを気に病んでいたかもしれません。言及されなかったので、そこは話しませんでした。

「わかりました。事件が発覚した前後にあやしい物音を聞いたりはしませんでしたか?」

「パーティー中で騒がしかったので、気付かなかったかもしれません」

「つまり聞いていないということですね?」

「その通りです」

「換気扇は被害者の高島康平くんが入浴する前からついていたのですか?」

「わかりませんが、ついてなかったと思います」

「溺死か扼殺か、どっちだと思いますか?」

「警察の選択肢はもうその2つに絞られたのですか? ということは事件性があるということですね?」

「事件性の有無はともかくとして、意見を聞かせていただきたいのです」

「外部からの犯行が可能ならば、闖入者が介在する余地があれば、他殺と考えられなくもないですね」

「お風呂場の外には雪が積もっていて、足跡もなかったから、外部による犯行の線は薄くなります。そちらを探るより内部を探るほうが賢明な気がしますね」

 刑事さんは事件性がないことを立証するためか、やけに他殺論に拘泥しているようだった。

「とはいえ、私や石田沙紀ちゃん、小流杏子先輩や笹柳奈保ちゃんはずっといっしょにいたので、アリバイがありますよね」

「はい」

「それともうひとつ、溺死か扼殺かという質問ですが、それは遺体の首元をみれば判明するのではないでしょうか? もとい判明していますよね?」

「はい、絞殺でも扼殺でもありませんでした。やはり自殺または事故なのかもしれませんね」

「自殺は論外として事故という説ですが、刑事さん。なんだか詭弁を弄するみたいで、いまいちピンときませんね。ふつう、お風呂場で溺れますか?」

「じつは入浴中に眠ってしまったため、水難事故に遭われたというケースは少なくないんですよ」

「なるほど。たしかに湯ぶねにつかって寝ていれば、ふとした拍子に沈んじゃうこともあり得ますね」

「そういうことです。今回のケースですと、だれにも動機が見当たりませんから、もしかしたら事故なのかもしれません」

 ではもし他に、気のついたことがあればご連絡ください。すぐに駆けつけます。と、刑事さんは名刺を差し出しました。

「どうも……」

 私は及び腰で受け取りました。

「可及的すみかやな解決を心掛けますが、お友達のほうも終わったようなので、余所 ( よそ )者はこれにて失礼いたします」

 振りかえると、石田沙紀ちゃん、小流杏子先輩、笹柳奈保ちゃんの3人は、別の部屋から、聴取を終えて戻って来ました。

 私の相手をしてくれた刑事さんは、職務に似合わず、慇懃いんぎん一揖いちゆうしてから帰っていきました。

前書きでは答えを発表できなかったので、ここで述べます。


『故意的~』の文章は、適当に書いた、そうです。

だから文体のモデルとかは特にないんですって……。


ちなみにわたくしのこの小説は、江戸川乱歩さんをイメージして書きました。

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