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御寛恕できない人間感情  作者: 一二一二三
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吉岡悠莉VS小流杏子、決着……

だれもが悪人になるという視点では、吉田修一さんの『悪人』に似ています。


小流先輩は、アガサ・クリスティーの『そして誰もいなくなった』のようだと言っていましたが……視点を変えればそうみえるかもしれませんね。

「そうですね。私はあなたを許さないし、通報させてもらいますけどね」

「飴と鞭ならぬ無知と鞭だね、残念だけど、悠莉ちゃん。いまの話をそっくりそのまま警察に話しても、 事実無根だから聞いてはくれないよ? それにもし聞いてくれたとしても、自殺という処理になるんじゃない? だって塩素ガスを発生させたのは、高島康平くんなんだしね。――ああ、でも沙紀ちゃんにも容疑がかかるんじゃないかな。物理的には彼女にだって犯行は可能だし……」

「ざっけんな――」

 無意識でコーヒーカップをつかみ、無意識で小流先輩にぶつけました。

 カップは小流先輩の頭部で破損し、周辺に欠片が散乱しました。

 突然の急展開に小流先輩は狼狽し、流血もしていましたが、時すでに遅し。

 ――逃げようとする小流先輩の胸には、果物ナイフの刃がめり込んでいたのです。ナイフからはリンゴの果汁と鮮血が混じるようにして、したたっていました。

「ラスプーチンじゃあるまいし、刺殺で十分ですよね?」

 要人暗殺ならぬ、用心暗殺。

 念のために肉切り包丁で、のど元を掻っさばこうと思いましたが、感触が気持ち悪そうなので中断しました。

 その代わり――のど元に向けて、肉切り包丁を投擲しました。

 それはまるで、メンコを叩きつけるような勢いでした。

 ザグッ……。鈍く、肉を切り裂く音。ボギッ……。低く、骨を粉砕する音。

 赤く、血で絨毯じゅうたんが赤く染まっていきます。

 ああ、なんて綺麗な色だ――

 それは、恍惚こうこつとしてしまうほど、興奮してしまうほど、刺激的な光景でした。

 私はたがが外れてしまい、わけもわからず、愉快な気分になってきました。

「わーいわーい」

 報復を成し遂げた私は、水遊びをして遊ぶ園児さながらに、血液を撒き散らしながら、狂喜乱舞していました。

 読者の皆様からしてみれば、私は狂気で、

 私からしてみれば、私は狂喜です。

「そういえば、小流先輩は、こんなことを言ってたなあ……」

 しばらくして――脳が正常に機能を始めたころ、

 私はひとりごとを述べました。

「アメリカの社会学者、ハーシの唱えた社会的絆ソーシャルボンド理論が好きだって……。たしかこの理論は……」

 お風呂場に、お風呂用洗剤とトイレ用洗剤をばらまいて、私は塩素ガスを発生させました。

 ドアや窓、換気扇から空気が漏れないようにして、私は入浴をしました。

 追いだきにしていなかったので冷たい水でしたが、骨身にしみるようでした。

「この理論は、家族、学校、友人といった社会的集団と結びついている場合、犯罪行動を取りにくいという学説だったかな……」

 なぜか頭が冴えています。――走馬灯でしょうか。

 ソーシャルボンド理論(=社会的絆理論)。

 もしかすると小流先輩は、他人との距離感が分からなかっただけで、本当は私たちと、仲良くなりたかっただけなのかもしれませんでした。

 だとしたら、私はなんて罪深いことをしたのでしょうか……

『過つは人、許すは神』

 アレキサンダーポープの、批評論の一節です。

 これも小流先輩が好きな言葉でした。

 頭に浮かぶ日常の些事は、ほとんど小流先輩が中心です。

「やっぱり私、小流先輩のことも大好きだったんだ……」

 それなら良かったです……。康平と天国に行くことはできないのでしょうが、小流先輩とともに、地獄めぐりができるのですから。

 ツンとする塩素の臭い――プールの消毒液の臭いが、浴室に充満してきました。

 いよいよ現身と現世にお別れを告げるときがきたようです。

 どうか私が死ぬことで、

 家族には迷惑が及びませんように………………。

 冷水で身を清めて、祈祷きとうをさせていただきます。

「…………っ――ッ……」

息が――

苦しい。です。

これが……死。ですか。

たすけて。ください。

死にそうです。

力が。抜けて。しまいます。

水没――

しちゃう……しちゃい。ます。

やだ……

しにたく。ない。たく、ない、よおおおおお。

たす。けて。けて、よおおおおお。


 以下のような文面がつづられた遺書を発見したのは……

 吉岡悠莉の親友、石田沙紀だった。

 ――その手紙は、吉岡悠莉の自宅……

 小流杏子の残骸が転がっているリビングにあった。

 ――正確にいえば、座卓の上である。

 だから悠莉が行った、自殺の方法は分かるが、どのように死んだのかは定かでない。

 無様に死んだのか、潔く死んだのか、分からない。

 遺書に書いてある死に方は、飽くまでも想像の産物でしかないからだ。

 そして、警察は一度、高島康平の死因に疑いの念をもった。

 彼はたしかに臭いでは異常を感じ取れなかったかもしれないが、頭痛やめまいの症状があったはずではないかという意見である。

 この理由はやはり風邪気味だったから、で解決した。

 石田沙紀も事件に関与しているのでは、という警察の捜査もすぐに終了した。


 事件は和平的な筋道を辿り、平和的に解決したのであった。

 多くの屍を踏み台にして……

最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

嘘偽りなく、皆様からの訪問があったおかげで、無事に擱筆かくひつすることができました。


またお会いすることがあれば、ぜひとも御慈愛のほどよろしくお願い申し上げます。

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