謎々は解けないまま……
22股を公言しているアイドル、谷一歩ちゃん。嗚呼、うらやましい……。
一二一二三です。よろしくお願いします。
わたくしは一途な性格です。
学校が休みのときは一途に思いをはせています。
(児戯に等しい作品ですが、詳しくは、センベイ先生の『故意的~』をご覧ください)
日付けは変わりませんが、夕刻になりました。
私は警察の捜査が思いのほか、順調だったことから、「この調子ならすぐに犯人を検挙してくれるだろうな」と、安易に考えていました。
そんな折に電話がかかってきたので、上機嫌で出ることができました。小流先輩からでした。
「はいもしもし……」
「あっ――悠莉ちゃん?」
小流先輩はまたもや、「ちょっと話したいことがあるんだけどさあ、いまからそっち行っていいかな?」
「いいですよ」
自宅でテレビをみていた私は、余計な雑音が入らないようミュートにしました。
「夕暮れどきにごめんね、あなたはどこのヨネスケですか、とか言わないでね」
「じゃあ、突撃!隣の晩ごはんですか、と訊きましょうか?」
小流先輩は少し笑って、
「そしたらこれから、大きなしゃもじを用意しなきゃいけないね」
などと軽口をたたき、電話を切りました。
しばらくしてから、ピンポーンと来客を告げるチャイムが聞こえてきました。
フローリングが冷たいので、スリッパをパタパタいわせて玄関を開けると、小流先輩がいました。
「突撃隣の晩御飯!」
無駄にしゃもじを持参しています。
「…………」
私があっけにとられている様子をみた小流先輩は、「ごめんね、リアリティがなくて。趣向を凝らそうとユーチューブで検索したんだけど、なかなか参考になる映像がみつからなくって……」
「いや、そうじゃなくてですね……。なにを、やってるんですか?」
「なにって、ヨネスケよ?」
小流先輩は気でも触れたのでしょうか。触り三百っていいますし、ここは一丁、舌先三寸で追い返すべきかしら。
「いきなり秋波を送られても、困るわ。じろじろみつめないでよ……」
私は、小流先輩は気がおかしくなったんじゃないか、と怪しんで観察していましたが、小流先輩からしてみたら、私は妖しい目つきだったみたいです。
漢字や感じ方に差はありますが、お互いがお互いを、『あやしい』と思っていたようですね。
「いえいえそんなつもりでは……。眉目秀麗の小流先輩ならいざ知らず、私には秋波を送る技術なんてありませんよ」
手を振って否定する私の言葉を、小流先輩はさらに否定しました。
「眉目秀麗は男性に用いる言葉だから、女性をほめるときは容姿端麗と言ったほうがいいわ」
「勉強になります」
私たちは上がり框からリビングに移動しました。
「それではコーヒーをお出ししますね」
「どうかお気になさらず」
少し背伸びをしたやり取りを終え、私は小流先輩にブラックコーヒー(Hot)を差し出しました。
小流先輩は、薫りを楽しむことも味を堪能することもなく、ミルクで苦みを緩和しシュガースティックを3本も入れてから飲みました。
「失礼ですが、今日はなにをしに来たんですか?」
ブラックコーヒーを受け皿に置いてから、私は訊きました。
「俗に言う、自首……だね。悠莉ちゃんにだったら、懺悔してもいいかなって……」
自首……懺悔……。
読者の皆様には小流先輩が犯人だと伝えてあるので、混乱も困惑もなかったでしょうが、私にとっては突然の告白だったのでまったく理解ができませんでした。
「おっしゃられている意味が、よくわかりません」
不安と悲哀で表情が崩れそうになりましたが、なんとかこらえました。
「ごめんごめん、驚かせちゃったかな? ――順序立てて説明していくから、ちゃんと聞いててね」
小流先輩は音吐朗々と話し始めました。
「まず事件当日の朝、私が悠莉ちゃんにメールをしたこと、おぼえてる?」
「はい。たしか『今日は暇ですか』というような文意だったと記憶しています」
私は頭の中から情報を引っ張り出して答えました。随分昔のことのようでした。
「それに対して悠莉ちゃんは、『高島康平くんと図書館に行きます』と返信してくれたじゃない?」
「そうですね、折角のお誘いを無下にしてしまい、申し訳ありませんでした」
小流先輩は私の謝罪を無視して、
「それでさ、悠莉ちゃんは図書館にいるとき、日本国憲法とか六法全書を読んでいたはずなんだけど、それもおぼえてる?」
「はい。ですが、なぜそれを知っているのですか?」
私は興奮してコーヒーをこぼしてしまったので、布巾で拭いてから、「小流先輩も現場に居合わせた、のですか?」
「まさかー、そんな筈がないよ。私は悠莉ちゃんの自宅に居座っていたんだからさ。それは共犯者の沙紀ちゃん奈保ちゃんが、証明してくれるよ」
いよいよ不可解です。私の動向を監視せずに、それでいて一挙手一投足を見透かすなんて、一時期流行したメンタリストでもなければわかる筈がありません。
「どうして分かったんですか?」
「ごめんね、どうして分からないのかなあ?」
「…………」
おちょくられていることは、察しがつきますが、やはり訊かずにはいられません。
「幾分、思慮浅いものですから……」
「そんなに気を落とさないでよ、悠莉ちゃん。世界的に有名な名探偵、シャーロックホームズは、短編集、シャーロックホームズの冒険(赤髪組合)でワトスンくんにこんなことを言ってるわ」
シャーロックホームズはそれほど好きではありませんが、私は疑問を呈しました。
「ワトスンではなく、ワトソンではないでしょうか。映画とかでもそんな呼称だったと……」
「まちがいじゃないわ、悠莉スンくん。シャーロックホームズをシリーズとして考えると、第1作目は緋色の研究でしょう? そのときホームズはワトスンくんと呼んでいたわ。少なくとも本場イギリスでは、ワトスンと呼ばれているんじゃないかしら」
ネーミングで揚げ足をとっても意味がありませんから、私は、「シャーロックホームズの冒険(赤髪組合)で、ホームズはなんと言ったのですか?」
と、話題を変えました。小流先輩は不敵ではなく、無敵にみえました。
「一般に事件というものは、不可解であればあるだけ、解釈は容易なものだよ。ちょうど平凡な顔というものが見覚えにくいように、平凡で特徴のない犯罪というものこそ、ほんとうに解決が難しいものなんだ」
名探偵にしては、弱気な発言です。
ホームズは解決できたのか気になりますが、
「なるほど、たしかに小流先輩の地味な能力も平凡でとらえどころがありませんね」
どうして私の行動を予見できたのか。
それはたしかに地味だし、この際、看過しても支障はなさそうでした。
そんな私をみかねた小流先輩は、
「私が悠莉ちゃんの行動を見通せたわけは、奈保ちゃんがうっかり口を滑らせ教えた筈だけど、まだ思い出せない?」
奈保ちゃんが教えた? なんのことでしょうか。
「分かりません」
私が白旗をあげると、
「沙紀ちゃんの友人が目撃してたんだよ、建前上ではね」
そういえば、奈保ちゃんはそんなことを言ってました。でも、建前上って……どういうことでしょうか?
「本当はね……。図書館近辺で悠莉ちゃんたちを発見したという沙紀ちゃんの友人は、私が仕向けたパパラッチなんだよ。だから私だけは逐一、パパラッチから情報を貰えていたのよ」
「パパラッチは比喩だとしても、その子、よく協力する気になりましたね」
「女の子は恋愛譚が大好きだからね、興味を煽ればイチコロだよ」
了解しました、続けてください。と私は促しました。
「これでミスリードは完成する。高島康平くんは、悠莉ちゃんと浮気してたんだからね。沙紀ちゃんが殺害に至る動機としては十分じゃない? ちなみにあなた方がいっしょに図書館へ行くことを知ったのは、メールの返信をみたときよ」
小流先輩はまだ湯気の出ているコーヒーをすすりました。
私はごくりと唾を飲み込んで、そのさきを聞きました。
「ここからが肝要よ。よく聴いて頂戴」
小流先輩はカップの中身を飲み干すと、「悠莉ちゃん沙紀ちゃんは、午後からいっしょに映画館へ行ったでしょう?」
「はい」
「私はその間隙を狙って、シャンプーやボディーソープの空容器にお風呂用洗剤とトイレ用洗剤を分割して混入させたのよ」
ふむふむ。たしかにつじつまはあいますね。
けれどそうしたら、この可能性はどうなるのでしょうか。
「化学反応を起こしたのはいつなのですか?」
「そう慌てないでよ。わたしは段階的に説明するつもりなんだから」
小流先輩は足を組み替えて、「ところで、沙紀ちゃんはゆずを買ってきたよね」
「はい」
「もうお分かりかな?」
これで終わり、というように、小流先輩は説明をやめました。
私はなにがなんだか分からないままです。
「分かりません、最後までおっしゃっていただかないと……」
「宇多田ヒカルちゃんの曲で、『なぞなぞは解けないまま、ずっとずっと魅力的だった』という歌詞があるけど、そうは思わないの?」
「賛同しかねますね」
内心苛々しながら、私は結論を間延びさせる小流先輩を睨みつけました。
「挑戦的になったり激情的になったりすると、たちまち五里霧中になるよ」
深呼吸をしながら、私は隔靴掻痒としている心を落ち着かせました。
2月4日くらいにわたくしの好きなジャンプコミックスが発売されます。待ち遠しいです。
週刊少年サンデーに連載中、荒川弘先生の『銀の匙』も読みたいです。(2巻まで読みました)




