ブレイクタイム
わたくし、一二一二三と申します。よろしくお願いします。
いよいよ冬本番ということもあり、インフルエンザが猖獗を極めております。
わたくしの学校でもインフルエンザが蔓延しており、ぽつぽつ欠席がみられます。皆様も体調管理には重々お気をつけください。
カマキリに模した店構えで、一見テーマパークに間違えてしまいそうになるこのファミリーレストランこそ、大人気チェーン店の『蟷螂』です。入口はカマキリの口になっているので被食者の気持ちが追体験できると子どもたちにも人気があります。
「えーと……、ここは、下手物を取り扱う場所、なんですか? 吉岡先輩」
自動車からおりて、屋根の看板を一瞥するなり、笹柳奈保ちゃんは血の気がひいた顔になりました。
「まっさかー! 序盤から戦意喪失しないでよ、奈保ちゃん。私にとって奈保ちゃんは一縷の望みなんだからさ。知らぬ神より馴染みの鬼だからね」
私は、強力な助っ人がいるからとっても心強いよ、と言ったつもりでした。
ですが笹柳奈保ちゃんは、無表情でちょっと苛ついた様子になりました。
店内に入り、店員にエスコートされていくと、窓側のテーブルに小流先輩が座っていました。テーブルの上にはドリンクの入ったコップとフライドポテトが置いてありました。
「うわー、おいしそうです、いただきまーす」
などと、がっついては相手の思うつぼなので、私は皿に盛られたフライドポテトはなるべく見ないようにしていました。
「うわー、おいしそうです、いただきまーす。……うーん、おいしい、カリッとした衣にほくほくのジャガイモが絶妙にマッチしています。さらに塩加減もあっさりしていて良いですね。……ケチャップつけてもいいですか?」
ということはもちろん、このセリフを言ったのは私ではありません。
文脈から考えて、小流先輩もありえません。
「ちょっと奈保ちゃん、談笑しに来たんじゃなくて商談しに来たんでしょ? そんなにむさぼったら、いくら小流先輩でも怒っちゃうよ」
私が諫めていると、「ちょうどお昼どきだし、歓談しながらご飯にしようか」
小流先輩はメニュー表を広げて、なににする? と微笑みました。
まったく屈託のない笑顔でした。
私はいりませんと突っぱねるのもどうかと思いましたので、仕方なく食事をとることにしました。
コールボタンを押して、店員が来ると、
「私は、チーズinハンバーグ&海老フライのライスセット大盛りにします。あと、ドリンクバー付きで」
「あたしはマグロのたたき丼と、味噌汁。それからシーザーサラダとドリンクバーにします」
笹柳奈保ちゃんが頼み、
「わたしはサバの味噌煮和膳とほうれん草のソテー、具だくさん豚汁にします」
小流先輩までが注文を終えると、店員は復唱してから立ち去りました。
食事が済むまで、ひとまずガールズトークを楽しんでいました。
「では、本題に入りましょうか」
30分後。
ようやくランチを終えたので私は口を開きました。
「あっ――ちょっといいですか、吉岡先輩。デザートを食べたいんですけど……」
「いいわよ」笹柳奈保ちゃんには冷たく言い放ち、「でも、小流先輩は食べませんよね?」小流先輩には媚を売るように言いました。
「いいえ、折角だからいただこうかしら」
こうして彼女らは店員を呼ぶと、
「あたし、ガーナ産チョコレートプリンパフェにします」
「わたしは、ほろ苦ビターチョコ&バナナサンデーにします」
それを聞いていた私はあわてて、
「私は、クリームあんみつで」と、ノリで注文してしまいました。
無駄に遅れること、更に30分。計1時間。
「さーてさてさてさて、人生の9割は無駄で構成されるとはいいますけど、ちょっと無駄話が過ぎたようですね」
私は相変わらず明るい外の様子を眺めてから、ケータイ電話で時刻を確認しました。
「死に急いじゃってどうしたんですか、吉岡先輩」
笹柳奈保ちゃんは、さっきまで延々とパフェとサンデーの違いをうるさく熱弁していたくせに、いまはもうケロッとしています。――あんたのせいで焦っているんだからね!
「急いではいるけど、死に急いではいないよ」
適切なツッコミを入れてから、「小流先輩。まだ沙紀ちゃん犯人説にこだわっているんですか?」
ようやく核心をつく質問をしました。
「沙紀ちゃん犯人説? あー、そういえばそれで悠莉ちゃんたちは集ってやって来たんだったわね。危うく主旨を忘れるところだったわ」
小流先輩は、世にもおぞましいことをサラッと述べました。
主旨を忘れるところだったって、まさか会食をしに来たわけじゃあるまいし……、いやもしかしたら小流先輩は事件について話し合うつもりすらなかったのかもしれません。
「うんとね、沙紀ちゃん犯人説は……」
小流先輩は、私と笹柳奈保ちゃんを見比べるようにしてから、もういちど口を開きました。
「たぶん、立証不可能だと思うわ。物理的にというより化学的に難しいという意味なんだけど……、よかったら一緒に思案してみてね――」
小流先輩はドリンクバーのグラスに入ったメロンソーダーを飲んでから、私案を教えてくれました。
「沙紀ちゃんと悠莉ちゃんが仲睦まじく映画館へ向かう前に、沙紀ちゃんがお風呂場に塩素ガスを発生させたのだと仮定してみて」
おやっ! 小流先輩が、わやな弁舌を始めましたよ。
「失礼ですが、なぜ私と沙紀ちゃんが映画に行く前に、容疑者が浴室に塩素ガスを仕掛けたとご推論なさったのですか?」
「わかっているはずだけど、これは飽くまでも仮説だよ。――沙紀ちゃんを犯人と邪推した場合のね」
「はい」
「沙紀ちゃんはね、あなたと映画館へ行く前までしか、お風呂場に近づかなかったのよ。つまり犯人は映画館へ行く前にしか、仕掛ける暇がなかったと考えるのが妥当でしょう?」
「なるほど、そういうことですか」
せっかく馬脚を露わしたと思ったのに、残念です。
「それはともかく、ついてきてるかな、奈保ちゃん? いまは、沙紀ちゃんが映画館へ行く前、お風呂場に塩素ガスを発生させたという仮定で話しているよ?」
小流先輩は笹柳奈保ちゃんのために解説しましたが、当の本人はケータイに夢中で全く気がついていません。
それでも小流先輩は、意に介さず続けました。
「もしもご都合主義で、塩素ガスが発生しているにもかかわらず、だれも気がつかなかったとしてみよう」
「はい」
「でもそうなると、排水口、換気扇、鍵穴。まずこの3つが通気孔となって、ガスは分散してしまうはずなのよ。ちなみに鍵穴というのは、お風呂場と脱衣所を仕切る、磨りガラスのドア鍵の部分ね」
「はい」
「これの対処として、換気扇には天板で隙間をふさぎ、鍵穴には爪楊枝を刺し込み、排水口には毛髪を詰まらせておけばいいのではないかと深慮したんだけど、その可能性はないわ」
「なぜですか?」
「そこまで不自然な工作があれば警察は気づくはずだし、それに……」
私はオレンジジュースを飲みながら、目で続きを促しました。
「それに私は、あなたたちがシネマに行ったあとで、あることをチェックしたのよ。毛髪の詰まりはないか、タイルは磨かれているか、換気扇の汚れは拭き取ってあるか……」
「なるほど。ということは、異常がなかったんですね」
「そうよ」
「通気孔をふさいでガスを充満させたという説は、廃案ですね」
「そうね」
「謎は氷解しないままですか」
私は肩を落としましたが、一寸でひらめき、「こおり!」と叫びました。
「これはどうでしょうか? 犯人はお風呂場の天井に氷柱を作って、タイミング良く殺した」
「背筋が凍りそうなギャグね」
小流先輩は冷たく言ってから、「なんだかんだで、事故死かもしれないわね。だってここまで考えてみても駄目だし、三人寄って出た文殊の知恵が氷柱で殺した、だったし、事故とみるのが妥当かしら」
小流先輩って意外と根に持つタイプですね。根深い根暗ですね。
「奈保ちゃんも飽きてきたみたいだし、解散にする?」
小流先輩が立ち上がろうとした瞬間、
「はげどうです。激しく同意します」
笹柳奈保ちゃんは喜んで賛同しました。
こうして私たちはレストラン蟷螂をあとにしますが、なんとこれから、物語は激変していくことになります。
センベイ先生は狷介な人で、異文化(海外小説)をなかなか受け入れません。わたくしとしては、もう少しポジティブになって欲しいと思います。




