何度目かの長い夜
各セクションのリーダーといっても5人だ。
正直 言葉遣いに悩むクセモノ揃いだけど、彼らは パートの立場にもかかわらず いつも気持ちを入れて仕事をしてくれる彼らが いつも大好きだった
経費の15パーセントを削減しろ、と言われている。
人を削らなければいけないけど、かといって、誰もクビにしたくない。
案があれば、仲間として助けてほしい。
「リストラしたくねぇったってよ」
下手な言葉を並べなくても、彼らは わかっていた。どうにもならない現状を。
「蕃昌サンは やるしかないんだろ?」
もう、見栄も体裁も繕う気にも起きなかった。
うなだれて返事をする
あれだけ 柏木がしょっちゅう顔を出していたんだ。リーダークラスなら 察するだろう
「助けてくれって言っても、俺たちは 何をすればいいんだ? 蕃昌サンが分かってなきゃ、なんも出来ねぇよ」
もっとも過ぎる事をいう。
ないて部屋から出て行きたいくらい、自分の不甲斐なさが嫌。
でも、会話の流れに光を見つけたくて、一言しゃべろうと思った
「今の体制で、なんか 思うこと無い? ヒントだけでも今は ほしいの」
しばらくは静かだったけど、一人が堰を切ったように話始めた。
どちらかというと、日々の愚痴に近い。
一人が愚痴を言えば、みな とめられない愚痴を言う。
「なんで、○○なの?」「△△が大丈夫なのに、××が駄目なのは納得がいかない」
どこまで私が 彼らと寄り添って背負って解決させれば良いのか分からないけど。
出てきた話題は、みな 私には刺さる会話ばかりだった。
一つ一つを 受け止めるたびに、全身に滝のような冷水が流れるような錯覚に陥る
でも、ひとつだけ 思ったことがある。
愚痴が出るということは、その仕事に 少しでも愛着があるということ。
本当につらくて嫌だったら、リーダーなんかにならない。
労働者でも パートと社員 心意気に隔たりはないんだなぁって
仕事は仕事。なんだかんだで みんな、ここの物流センターが好きで愛着を持っていてくれるんだなぁって
それが、なんだか嬉しくて これが最後の支えになりそうな気がした
夜も21時を回ろうとした事務所で。そろそろ帰りたいなとみんなが思ったとき。
一人がポツリと言った
「元はといえば、蕃昌サンが 俺らとあんま話をしないのが悪いんじゃん」
ザクっと刺さる一言が 今夜一番痛い。
確かに、アタシは 自分の価値観で手一杯で、彼らとひざをつきあわせて話をしなかった。
今日話すのも 彼らからしてみれば「なにが今更」だ。
「ありがとう、ごめんね」
今夜の事は、簡単に気を許してもらえないとは思ったけど。
取り急ぎ謝った
数人がやっぱりだけど「やるしかないんでしょ」そっけなく言う
そう。そうなんだけどね、ごめんね。
ちょっとだけ、視界が緩みそうになって、鼻水がタレそうになって。
視線をそらしたり、ごまかしてたけど、アタシの気持ちが 一段落するまで、彼らは残っていてくれた。
明日から、一緒にみんなで考えよう。
リーダー5人を集めて話した翌朝以降。
彼らと別に 何か目新しいことは起きなかった。
ただし、ぽつぽつと 確実に 踏み込んだ話が出来るようになってきた。
「旦那の扶養の範囲内で 年収収めたいからって
年末になるとバタバタ休みたがるババアたち、なんとかならない?繁忙期と重なるのに迷惑。」
「蕃昌サンが 経費を気にするのは分かったけどさ。
ウチの部署の子が一人、どうしても 自立したいみたいだから、なんか 考えてやってくれねぇ?」
「都合よくシフト組やがるジジイと、ジジイの埋め合わせで苦労してるオバちゃんいるんだけど
待遇考えてあげられない?」
喫煙所へ行くと タバコは吸わない私に付き合って、大体 火を消してくれた
入出荷の業務管理以上に、彼らとすごす時間が増えた。
業務はどんどん溜まったけど、この際 割り切った。
彼らとのやり取りを残したノートは、どんどん 薄汚れていったけど、
これからの希望で埋まっていくような気がして、気にしなかった。
ころあいを見計らって サブリーダー格と重鎮組へ出向こうとしたら、向こうが話し始めてきた。
リーダーたちは やっぱり リーダーだった。重鎮組は、彼らと違い、勤続年数に任せて 手に負えない自分勝手なわがままを とうとうと言う人もいる。
でも、「わがまま」と判断した瞬間、毎回本気で突っぱねた
この場の全員と喧嘩になってもいい。
私は、真摯に助けてくれるリーダー格5人を裏切りたくない。
支えてくれ むしろ逆に育ててくれたような彼ら5人に、不誠実なことは言いたくない…
いつしかそれが信念になり、突っぱねる言葉に 優しさと愛情?が籠もるようになった
説得交渉するにも、リーダーたちが一緒になって助けてくれたから、そんなにつらくなかった。
充実、といえるほど甘い毎日だったわけじゃない
休みの前夜は 毎回 仕事の夢を見た。
見たくない悪夢もみた、これが夢じゃなければいいのに という甘い夢も見た。
倉庫の屋上で 月を眺めながら 泣いたこともある
それでも、どうすればいいか。
薄汚れたノートを見返すうちに分かってきた。
後は、これが 数字上でも目標値へ行くか 書き落とせばいい。
不思議と何とかなる気がした。
だめなら、また みんなに相談すればいい…
通常のシフトで、25人工削る。事実上の25名リストラ案には替わらなかったけど。
何とか、100人の不満が出ない程度に 収拾をつけることが出来た。
ソレは勿論、紆余曲折もなく、平々凡々と 各セクションで日々25人工分の削減が出来たわけじゃない。
余計な残業代を払わなくて済むよう、戦力をみながらシフトを組んだり
向き不向きを理解したうえで、部署異動をさせたり。
小ざかしい計算の中で、実は感謝もされた。
年配のパートたちを 雇用保険へ入れたことだった。
雇用見込み31日以上で週20時間の労働が見込める場合は、雇用保険への加入が義務付けられる。
万が一の退職時には、期間次第では失業給付が受けられる。
掛け金が ものすごく低いことに加え、遡って掛け金を積むことも出来る。
「お払い箱になったとき、3ヶ月だけでも収入があるってのは嬉しいわ」「アルバイトみたいなもんだから、諦めていたんだけどね。」
そして、何人からか言われた。
「もう謝らないで。蕃昌サンがいる限り、頑張れるから」
100人の思いの積み重ねで この物流センターは回ってる。
実感が沸いたとき、母屋いっぱいに広がる感傷で、一日だけ 声を出して泣いた。
明日、正式に、みんなの前で朝礼をする。
「これからも 助けてください」と
アタシは、責任者で管理者だけど、女王様じゃない。でも、多分みんなから大事にしてもらってる自信はある。
幸せなことじゃないか。