みんなで101人。
あの皮むきゴボウが教えてくれた「電算」は、面白い数字をどんどん出してくれた
たとえば、パートたちに支払った賃金。
月ごとに並べて、若干の変動に気が付いた。
同じ労働時間でも 支払い賃金が違う。総務部に聞いたら「労働時間は、厳密には『実労働時間』といってですね…」
法律で決められた方程式で、「残業単価」という時給の値上げ単価が存在するんだそうだ
物流センター配属になって 7年近く。
パートの労務管理を始めたのは ここ半年だったとはいえ、まったく知らなかった
本社に言われるまま 健康診断を受けさせたパートたちの基準も教えてもらった。
社会保険、雇用保険、雇用するだけでもお金が掛かる「人件費」の実態。
知れば知るほど、面白い。
自分の頭の中に、今まで知らなかった「法律界の基準」価値観が組みあがっていく。
この過程が やめられないほど楽しくて、本屋で専門書を探しながら、わくわくする自分がいる。
新しい分野に手を広げるのは、いつになっても 面白い。
そして、ここで覚えたことが この物流センターを救う手になるとは。
この時は まったく予想しなかった
「人をフルタイムで雇用するにあたり、会社が負担する金額は、支払う給与のざっと20パーセント増し」
この物流センターでは 大体こんな数字が出来上がるらしい。
フルタイムで働かせて 残業させなければともかく、フルタイム稼動者は、少ないほど運営経費が下がる。
そして、初めて知った残業単価の割合い。法定外残業の単価は25% 深夜になれば50%、週6日勤務させれば、25%、7勤務させれば50%。
ざっくり言うと、そうらしい。
定時でみんなをさっさと帰した方が、人件費は掛からない。
「全員と面談したらどうだ?」
武藤のおやっさんが 履歴書を見ながらいう。
「稼ぎたい奴、稼ぎたい金額が決まってる奴、都合に合わせて働きたい奴…
採用面接ん時から みんな状況変わってるだろ」
100人。一人30分として。一日面談に使える時間は 3時間として。
一ヶ月掛かっちゃう。
待て待て、じゃあ 15分に削る? いっそのこと、面接デーでも作る?
うめきながら天井を仰ぐ顔に、武藤の親父さんが言う。
「つまんねーツラしてんな。お前、一人で100人抱える気か?」
椅子を寄せてきた 親父に一瞬、一瞬身構える。大体 説教(しかも長いんだ)が始まるから。
でも、今回の説教は 毛並みが違っていた。
かいつまむと、「一人で抱えるな」という話だった。
聞きながら アタシは 半信半疑つつも、大泣きしたい気分だった。
「百戦錬磨の面倒くさいババアどもだ
お前がリストラ指令受けて 閻魔帳片手に ウロウロしてるなんざ、全員 以心伝心で分かってんだよ」
いつまで シケたツラしてるんだ。
「大将、しっかりしろ」
いつもの叱咤かと思いきや
「お前を信じてるんだから、お前が あいつらを信じてやれ」
意外な言葉だった。
「少なくとも、お前がフルタイムで仕事をさせてる主力連中は、みんな お前の事が好きだ」
自覚あるだろう、お前がどんなに 連中に頼ってるか。
「手前ぇがキツイんだから、連中に 助けてもらえ」
上司が部下に助けてという。そんなこと恥ずかしくていえない。
無言の抵抗に、親父さんは続けた
「若い衆は 若い衆なりに アイディアがあるかもしれねぇ
それにな、お前さんが悩んでいるのを 黙って察しながら働いてる
どう口火を切っていいかわかんない。そんな風に考えたことはねぇのか?」
みんなに 助けてと 自分の今をありのままに曝け出す
これほど勇気がいることが、入社史上あったかしら
相手は、パートだ
一方自分は、人事権をもってる責任者。
そんな彼らに そんな面をさらしていいのか
出来ないよ… 体の心が萎んでいくのと一緒に、視界も萎んでいく
そんなアタシが 口から付いて出た言葉は「夜風浴びてきます」だった。
分かってる。痛いほど分かってる。やるしかない。カッコ悪くたって やるしかない。
ガチでぶつかって付き合ってきた100人だ。分かってくれなかったら それはそれで仕方ない。
どこかで フォークリフトが動く音がする。
この音を みんなで聞き続けるために、私が変わるしかない。
夜風の名残が分かるほど 体温が変わった身体で、もう一度事務所に戻った。
まずは、各リーダーたちを集めて 話をしよう。
「弱気になってごめん」と。「みんなで乗り切りたいから、助けてくれ」と。
残業単価の話を書きましたが、あくまでザックリ書いています。
詳しくは、労働基準法で定められており、週6日や週7日連続勤務の概念は、所属の会社によって別途定められていることがほとんど(これは「36協定」と呼ばれています)です。
あくまでザックリなので、詳しくは、自分で勉強してね汗汗