騎神 ‐KISHIN‐
騎神。
正式名称『対鬼神用人型兵器』。“掌の太陽”とも呼ばれる『紅蓮核』という鉱石を動力源とした、身の丈十メートルを優に超える有人型ロボット。
それが一機――いや“一騎”、見渡す限りの荒野を音もなく駆けている。
漆黒と白銀で統一された、西洋式の甲冑と東洋式の鎧を混ぜ合わせたようなフォルム。左右の肘と踵に、異様な突起物を持つ騎体。兵器でありながら、武器のような物は外観から一切見えない。
そんな騎神が一騎、颯爽と駆けている。荒れ果てた大地を踏みしめることなく。
紅蓮核の最たる特長は、その出力もさることながら『反重力』の性質だ。元々この星の物質ではない為、この星の重力を否定あるいは拒絶する力がある。
そしてその力を十二分に活用しているのが、騎神である。故に、その巨体で地を踏むことなく移動ができる。浮遊による飛行が可能だ。
「中尉殿! お戻り下さい! 中尉殿! 聞こえていらっしゃいますか!?」
騎神の胸部にあるコックピット内に、そんな声が響く。声の主は若い男。相当慌てた様子だ。
暫く怒号にも似た声が響いていると、うるせぇ、と黒い騎神に乗る男は呟いた。
「撃鉄。無線の六番、オフ」
今乗る騎体の名を呼ぶと、彼はそう指示した。
《音声回線第六番切断》
コックピット全面に広がるモニターにそう表示されると、指示通り撃鉄は回線を――慌てる若い男の声を途絶えさせた。
騎神―撃鉄。軍の最新鋭の一騎。まだ試用運転期間中の騎体。
「ちっ、やっぱり急ぐか……」
彼が“感覚操作機構”に突っ込んだ脚を軽く動かす。すると、更に高速で撃鉄が移動する。
しかしその途端、目の前に大きな影が現れた。撃鉄の二倍はあろうかという巨体が、水から這い上がるように地面から現れた。
全身が鉱物でできたような獣の姿の化け物――鬼神。無機質なる侵略者。紅蓮核同様、この星の外から来た者。
「はっ! お呼びじゃねぇんだよ、ノロマが!」
高らかと笑った。モニターいっぱいに広がる壁の出現に、彼は撃鉄を止めるどころか更に加速させた。
鬼神―鈍牛型。巨大で重量級で破壊力も抜群だが、その名の通り動きが鈍い。一体だけを相手にするなら、騎神が三騎もあれば対処可能だ。
しかし、彼は撃鉄一騎で突っ込んだ。一見、無謀にも見える行為だが、撃鉄の戦闘方法としてはこれが一番正しい。なぜなら――。
「撃鉄!! 出力最大!!」
“感覚操作機構”に突っ込んだ右腕を前に突き出す。それに応じて撃鉄が、指が食い込まんばかりに右手で、鬼神の牛の頭のような部分を鷲掴みにする。そして、
「衝弾射出!!!」
彼はそう叫んだ。
その瞬間、右肘の突起物が――拳銃の“撃鉄”のようなハンマーが、騎体の右腕に振り降ろされた。
そして次の刹那、鬼神の頭は粉々に砕け散った。撃鉄の手とは真逆の方向に。
頭部の消滅からやや遅れて、次はダメージのなかった鬼神の体が無機物らしく大岩のようにバラバラと崩れ落ちる。当たり前だ。鈍牛型の弱点――紅蓮核のある頭部を破砕したのだ。
撃鉄には、弾丸がない――いや、必要ない。紅蓮核によって増幅された、その名の通り“撃鉄”の衝撃こそが、騎体そのものが弾丸なのだ。唯一無二、最大戦力の攻撃。軍最新鋭の超攻撃特化型が一つ『撃鉄』。
それが彼の乗る騎体。彼が盗み出そうとしている騎体。
「ちっ、余計な時間を食った」
彼が吐き捨てると、コックピット内に警報音が鳴った。
《紅蓮核出力低下 陽核炉一時休止推奨》
モニター下部にそう赤く表示された。
「まずいな。本気で急がねぇと動けなくなっちまう」
前進を再開しようとする撃鉄。しかし、再び目の前に壁が立ちはだかった。
「中尉! あなたの部下として、これ以上の暴挙は見逃せません!」
それは、一騎の騎神だった。騎神―九門竜。モスグリーンのカラーリングの、量産型の汎用騎体。その手には騎神用のサブマシンガン。
「これ以上勝手な事をされるのでしたら、力尽くでも止めさせてもらいます」
撃鉄は音声回線を切断している。なので、それは目の前の九門竜のスピーカーによる声。先程とは違う、はっきりとした男の声だった。
「撃鉄。スピーカー、オン」
《拡声器起動》
モニターの表示通り、撃鉄のスピーカーがオンになった。そして彼は部下に――元・部下に向かって話し掛ける。
「悪い。悪かった。俺が悪かった。だから――悪いな!」
言い切る前に、彼は九門竜の左脚部に蹴りを入れた。そして続けて、
「撃鉄。出力最小。衝弾射出」
踵の“撃鉄”を鳴らし、九門竜の左脚だけを吹き飛ばした。
「なぁっ!?」
スピーカーを通し、驚きに満ちた元部下の情けない声が響く。
「軍人ならこの程度で狼狽えるなよ。……そう教えたはずなんだけどなぁ」
そう小さく呟くと、バランスを崩して荒野に倒れる九門竜を見届けることなく、彼は全速で一気にその場を離脱した。
「本当にいいのかよ? お前さんなら、今から謝ったら減給程度で済むかも知れないぜ?」
ずっとオンにしていた無線の一番回線から、そんな疑問の声が聞こえた。低くて渋い中年の男の声が。
「いいんですよ、これで。上層部があんなことを行っていると知りながら、軍に居られるほど俺は馬鹿じゃありませんよ、教官」
「教官じゃねぇよ、元・教官。今はただのお尋ね者だ。でもって今日からお前もその仲間入りってわけだ。どうだ? これから歓迎会がてら一杯付き合わねぇか?」
「了解です、教官。急いで合流ポイントに向かいます。……でも、本当に一杯だけですよ? 教官は酒癖悪いんですから」
「なんだよ、お前までカミさんみてぇなこと言うんじゃねぇよ。だいたいよぉ――」
騎神―撃鉄は駆ける。見渡す限りの荒野を。
鬼神が飛来する前、かつて“東京”と呼ばれていた大地を。
「……君は、そうやって僕を置いて行くんだね」
漆黒と白銀の騎体を、遠くから眺める一騎があった。
純白と黄金で統一された、左右の腕が刀剣状になっている騎体。軍最新鋭の超攻撃特化型が一つ『村正』。
この黒と白の二騎が次に向かい合うのは、同僚でも親友でもなく、宿敵としてである。
以上、自身初のロボットモノでした。楽しんで頂けたなら嬉しい限りです。
今拙作は三人称の書き方の練習も兼ねておりますので、何かお気付きの点がございましたらご一報頂けると幸いです。
ではでは、ここまで読んで頂いたあなたに最大級の感謝を!