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夢の続きは見ないはずだった②

白い天井。


「……あー」


思わず、間の抜けた声が出た。


「入院コースかー。やってもたなあ……」


ぼんやりとした頭で、天井を見上げる。

消毒液の匂い、カーテンの隙間から入る光。いやどう見ても病院やわ、これ。


「まあでも、最近ちょっと働きすぎやったし……」

ゆっくり瞬きをする。

「これ、強制休暇ってことでええんちゃう?ラッキーラッキー」


……なんて。

軽口叩いてみたものの、身体の感覚に違和感がある。

軽い。

びっくりするくらい、軽い。


「あれ?私こんな体軽かったっけ?」


いつもなら、起きたらギックリ腰になっているんじゃないかと怯えながら、恐る恐る体を起こしているにもかかわらず、すっと上半身が起き上がる。

なんか、妙に動きやすい。


「……え、ちょっと待って」


視線を下ろすと、自分の左手が視界に入った。

細い。

いや、細いというか――


「そもそもこれ、私の手じゃなくない?」


指先までスッとしてて、ネイルもしてないのに妙に整ってる。

こんな“仕上がってる手”にした覚えはない。

そのまま視線を下げていって、ふと、手首で止まる。


「……ん?」


一瞬、脳が認識を拒否する。

細い線が何本も重なってる。

古いのと、新しいの。

薄くなってるのと、まだ生々しいの。


「……いやいやいや」


軽く笑ってごまかそうとするけど、笑いきれない。


「なに、これ……」


ないない、と言いかけて止まる。

知らない。

これは、知らない。

じわっと、背中に嫌な汗がにじむ。



「……鏡、鏡……」


とりあえず現実確認や。

そう思って、ベッド横のスタンドミラーに手を伸ばす。

そして。


「……は?」


映った顔を見て固まる。


誰?


いやほんまに誰。

若い。

とかいうレベルじゃない。

お肌つるつる、おめめぱっちり、輪郭すっきり。

客観的に言って、

「めっちゃかわいい♡」



……いや、ちゃうねん。


「誰やねん!!!」


思わず小声でツッコミを入れると、鏡の中の少女も、同じように口を開けてる。

完全に鏡の中の少女と動きがリンクしてる。


「……え、これどういう状況?まだ夢でも見てるん?」


頭の中で、さっきの記憶を引っ張り出す。

夜道。

ビラ配りしてた女の子たち。

《ルミナスドロップ》

街頭のざわめきとクラクション……


「……あ」




「――っ!!みずき!?目ぇ覚めたん!?」

勢いよく入ってきた女性が、こちらを見て駆け寄ってくる。


え、誰……ただでさえ混乱してるのに、知らない女性まで登場しちゃってどうしたらええんよ。

ほんでもって、この人!距離感が近い!!というか、近すぎる。

この焦り方、ただの知り合いちゃうやろ。


……もしかして。

頭の中で、ひとつの可能性が浮かぶ。

そう、きっとこの女性はこの少女の……


「お……おかあさん……?」


ぴたり、と空気が止まった。


「……は?」


女性の表情が、すっと無になる。

「誰が誰のおかあさんよ」


低い声。


「わたしはあんたのマネージャーの木村直美!!」

「あ、違うんや」

「違うわ!!」

ワァ、この女性、ツッコミのキレ味抜群!


「……って、ちょっと待って」

女性――木村さんが、じっとこちらを見る。


「状況がわかってないっていう顔やな?」


ぎく。


「……あんた」


一歩、距離を詰められる。


「もしかして記憶ないの?」


これはまずい展開?

でも説明するのはめんどうだし、どう説明したらいいのよ。

ていうか、そもそもいま何が起こってるのかなんて私のほうが聞きたいくらい!!

だったら――


「……うん」


とりあえず、乗っかっとくのが吉とみた!

木村さんが息を呑む。


「そっか……」


ぽつりと、落ちる声。

「まあ、無理もないか……あんなことあったあとやし」


…え、待って、あんなこと、とは…?

けど、ここで深追いしても情報の洪水に飲み込まれるだけのような気がして口を閉ざす。

とりあえず、まずは情報収集だ。


「……ここ、どこなんですか?」


あえて、他人行儀に聞く。

木村さんは少し迷ってから、口を開いた。


「病院。あんた、倒れて運ばれてきてん」

「倒れて……」

「それで、私は――」


一拍、間を置く。


「ドリームホロウのマネージャー」


ドリームホロウ……

その名前を聞いた瞬間、胸の奥が、わずかにざわついた。

知らないはずの響きなのに、身体のどこかが覚えてるみたいに。


……ドリームホロウ、ねぇ。

頭の中で転がしてみる。

甘そうで、空っぽみたいな名前。


「……へえ」


とりあえず、軽く相槌を打つ。

マネージャーはそんなこちらをじっと見てから、

「……ほんまに、覚えてへんのやな」

と、小さくため息を吐いた。


「まあええわ。無理に思い出さんでええよ」

そう言って、少しだけ視線を逸らす。

「どうせ……しんどいことばっかやし」


…うーん、これは何か訳アリな感じ?

空気が完全に重くなってしまう前に、私は口を開いた。

「……いえ、ラッキーです」

「え?」

「しんどい記憶がないなんて、得やないですか」

にっと笑うと、木村マネージャーがぽかんとした。

「普通は忘れたくても忘れられへんもんでしょ」

肩をすくめる。

「だったら、今のうちにリスタートしといた方が得やと思うんですけど」


少しの沈黙。



「……あんた」

木村マネージャーが、じっとこちらを見る。

「そんなキャラやったっけ?」


知らんがな!!とは言えないので

「さあ?」

と苦笑いしながら返しておく。



――とりあえず。

ここがどんな場所かはまだわからん。

けどまあ、なんとかなるやろ。うん、きっとどうにかなる。


「……ドリームホロウ、ね」


小さく呟く。


その名前がこれから自分にどう関わるのかなんて、このときはまだ全然わかってなかったけど。

少なくとも、"ただの楽な場所じゃない"ってことだけは、なんとなくわかる気がした。



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