表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/1

夢の続きは見ないはずだった①

夜は、だいたい負け試合だ。


この時間の電車は残業帰りの会社員と、飲み会帰りの楽しそうな会社員で満ちている。

人と人の間に身体を滑り込ませ、ようやく息をつく。


今日も一日、よく働いた。いや、働かされすぎたと言うべきか。


スマホを開けば、未読の通知がずらりと並ぶ。

部下からの確認、取引先からの修正依頼、上司からの「これどうなってる?」


「……いやいや、全部今日言いましたやん」


思わずツッコミが漏れる。

もちろん返事は来ない。既読もつかない。世の中そんなもんだ。


電車の窓に映る自分の顔を見る。

自分で言うのもなんやけど、顔立ち自体は悪くはない。昔と比べて若さはないが、ちゃんと整えてるし、年相応に気も使ってる。


けど、なんやろな。


「“ちゃんとしてる人”って顔やなあ」


それ以上でも、それ以下でもない。

昔はもうちょっと、違う顔してた気がする。

笑い方とか、目の輝きとか、そういうの。


……まあ、思い出補正やろけど。






駅に着いて、改札を抜ける。

夜風が思ったより冷たくて、コートの襟を立てた。

そのとき。


「お姉さん、よかったらライブ来てください!」


ぱっと差し出された、カラフルなビラ。

顔を上げると、女の子たちが並んでいた。

同じ衣装、同じ笑顔、でもよく見ると一人ひとり違う表情。



――若いなあ。


それが最初の感想だった。

眩しいとか、羨ましいとか、そういう綺麗な言葉より先に出たのがそれで、自分でもちょっと笑ってしまう。


「ありがとうございますー!」


ビラを受け取ると、ぱっと花が咲いたみたいに笑う。

ええなあ、この感じ。

誰かに受け取ってもらえるだけで、こんな顔できるんや。


営業やってるとわかる。

人の“いい顔”って、そう簡単に引き出せるもんちゃう。


「……頑張ってな」


ぽつりとこぼれた言葉に、女の子がぱっと顔を明るくする。


「はい!ありがとうございます!」


そのまっすぐさに、少しだけ胸がチクっとした。

ビラに目を落とす。


《ルミナスドロップ》――アイドルグループ。


…へえ、地下アイドル。


そういえば昔、テレビの中の歌って踊るお姉さんに憧れて、同じように歌ってたことがあったっけ。

マイクなんて持ってないから、歯ブラシをマイク代わりにして。


……あれ、何歳のときやったかな。


その後もしばらく歌手になりたい、音楽を習いたいと駄々をこねた私を見て、母はピアノを習わせてくれたんだっけ。


記憶の奥の方が、少しだけざわつく。





「――まあ、今さらやけど」


苦笑して、歩き出す。

ビラの中で笑ってる女の子たち。

その中の一人と、ガラスに映る自分の姿が、ふと重なった気がして。

一瞬だけ、足が止まる。


もし、あのとき。

別の道を選んでたら――



「……ないない」


自分で自分にツッコミを入れて、首を振る。

そんな“もしも”を考えるほど、暇じゃない。


明日も仕事やし、さっさと帰って風呂入って寝るだけや。


そう思って、一歩踏み出した、そのとき。

甲高いブレーキ音が、夜を裂いた。

視界の端で、何かが猛スピードで迫ってくる。


「……え?」


振り向くよりも早く、

世界が、叩きつけられた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ