夢の続きは見ないはずだった①
夜は、だいたい負け試合だ。
この時間の電車は残業帰りの会社員と、飲み会帰りの楽しそうな会社員で満ちている。
人と人の間に身体を滑り込ませ、ようやく息をつく。
今日も一日、よく働いた。いや、働かされすぎたと言うべきか。
スマホを開けば、未読の通知がずらりと並ぶ。
部下からの確認、取引先からの修正依頼、上司からの「これどうなってる?」
「……いやいや、全部今日言いましたやん」
思わずツッコミが漏れる。
もちろん返事は来ない。既読もつかない。世の中そんなもんだ。
電車の窓に映る自分の顔を見る。
自分で言うのもなんやけど、顔立ち自体は悪くはない。昔と比べて若さはないが、ちゃんと整えてるし、年相応に気も使ってる。
けど、なんやろな。
「“ちゃんとしてる人”って顔やなあ」
それ以上でも、それ以下でもない。
昔はもうちょっと、違う顔してた気がする。
笑い方とか、目の輝きとか、そういうの。
……まあ、思い出補正やろけど。
駅に着いて、改札を抜ける。
夜風が思ったより冷たくて、コートの襟を立てた。
そのとき。
「お姉さん、よかったらライブ来てください!」
ぱっと差し出された、カラフルなビラ。
顔を上げると、女の子たちが並んでいた。
同じ衣装、同じ笑顔、でもよく見ると一人ひとり違う表情。
――若いなあ。
それが最初の感想だった。
眩しいとか、羨ましいとか、そういう綺麗な言葉より先に出たのがそれで、自分でもちょっと笑ってしまう。
「ありがとうございますー!」
ビラを受け取ると、ぱっと花が咲いたみたいに笑う。
ええなあ、この感じ。
誰かに受け取ってもらえるだけで、こんな顔できるんや。
営業やってるとわかる。
人の“いい顔”って、そう簡単に引き出せるもんちゃう。
「……頑張ってな」
ぽつりとこぼれた言葉に、女の子がぱっと顔を明るくする。
「はい!ありがとうございます!」
そのまっすぐさに、少しだけ胸がチクっとした。
ビラに目を落とす。
《ルミナスドロップ》――アイドルグループ。
…へえ、地下アイドル。
そういえば昔、テレビの中の歌って踊るお姉さんに憧れて、同じように歌ってたことがあったっけ。
マイクなんて持ってないから、歯ブラシをマイク代わりにして。
……あれ、何歳のときやったかな。
その後もしばらく歌手になりたい、音楽を習いたいと駄々をこねた私を見て、母はピアノを習わせてくれたんだっけ。
記憶の奥の方が、少しだけざわつく。
「――まあ、今さらやけど」
苦笑して、歩き出す。
ビラの中で笑ってる女の子たち。
その中の一人と、ガラスに映る自分の姿が、ふと重なった気がして。
一瞬だけ、足が止まる。
もし、あのとき。
別の道を選んでたら――
「……ないない」
自分で自分にツッコミを入れて、首を振る。
そんな“もしも”を考えるほど、暇じゃない。
明日も仕事やし、さっさと帰って風呂入って寝るだけや。
そう思って、一歩踏み出した、そのとき。
甲高いブレーキ音が、夜を裂いた。
視界の端で、何かが猛スピードで迫ってくる。
「……え?」
振り向くよりも早く、
世界が、叩きつけられた。




