19話 気の許せる人
「ようやく、いなくなったか……って、アレスティファさん!?」
「くッ……!!」
ロゼリがようやくいなくなったことにほっと息をつく間もなく、ユレイズは様子のおかしいミルフィユを見て、声を荒げる。
ミルフィユの魔法はロゼリを撃退したのにもかかわらず持続しており、訓練場の地面には霜ができはじめる。
何より、ミルフィユの苦悩に歪んだ表情と、先ほど、魔法を使う直前に彼女が自分に託したお願い事を思い出し、ユレイズは彼女と向き合う。
「ごめん……アレスティファさん!」
ユレイズはミルフィユに謝りながら、彼女の首筋に手を当てる。
すると、彼の手からはびりびりと電気が流れ、ユレイズの魔法をもろに喰らったミルフィユは、疲労しきっていたのであろう。たったそれだけで、一瞬にして気を失ってしまう。
「……さて、と。俺はこの後、どうするべきだろうか?」
そうつぶやきながら、ユレイズは気を失っているミルフィユに預かっていた髪飾りをつけなおしてやる。
すると、彼女の髪が一気にして雪のような白色から漆黒の髪へと変化し、ユレイズは一瞬、息をのむ。
しかし、今は呆気に取られている場合ではないと思いなおし、ユレイズは彼女と女子生徒を保健室に運ばなければと考えると同時に、女性の体に触るなんて……という考えが頭をよぎる。
いや、くだらないことを考えている暇はない。今はやるしかないんだ。
「あとでリシュラに怒られそうだな」
めんどくさいあの宰相の息子のことを思い出し、ふぅとため息をつきながら、ユレイズは女性二人を担ぎ上げ、保健室に向かって一歩一歩、踏み出すのであった。
「……ん」
ミルフィユが不意にぱちりと目を開けると、見覚えのない天井が目に入る。
ここは、いったい……?
「お、ようやく目を覚ましたようだな、アレスティファさん」
「……えっと、ライヴィジル、様……?」
「うん、記憶喪失とかはなさそうで安心した。自分が気を失う前に何をしていたか、思い出せる?」
「たしか、私はロゼリと名乗る女性と戦い、彼女を撃退しようと、封じ込んでいた魔法を発動して……」
「へぇ、魔法を封印してたんだ」
「あ……」
余計なことを言ったと、口に手を当てるミルフィユに、ユレイズは苦笑する。
「安心して。今君が話したことを利用するなんて、俺は考えていないから」
ついさっきまで敵対心を持っていたのが嘘のように、ミルフィユと二人きりで穏やかに話すユレイズに、彼女は目を見開く。
「……ごめんね。俺、小さいころに平民に母親を殺されてさ。それ以来、平民は無条件で信頼できなくなって、君にもひどいことをたくさんしてしまった。……許されないことは分かってる。でも、謝りたいんだ」
自分に向かって頭を下げ、誠心誠意謝罪してくるユレイズに、ミルフィユは若干焦りながら、顔をあげるよう促す。
「私の方こそ、事情も知らずに失礼な態度をとってしまい、申し訳ございません」
「いや、それはしょうがないよ。俺の対応が悪いから、君も俺に警戒心を抱くようになったわけだしさ」
これまでのユレイズでは考えられないほど、ミルフィユとの一対一の会話には一切のとげがなく、彼の本来の姿はこっちなのだと、ミルフィユは密かに思う。
「……では、一つだけ私の望みを叶えてはくれませんか?」
「唐突だな……だが、君の望みであれば、俺のできる範囲なら何でも与えよう。爵位か? 金か? はたまた、国か?」
「いえ、そんな大層なものでは……」
大真面目でそう聞いてくるユレイズに、今度はミルフィユが苦笑いを浮かべる番であった。
「ただ、私の前では国の王子としてではなく、一人のユレイズとして過ごしてほしいのです」
「そんなことでいいのか? 君に利益は何もないように感じるが……」
「もともと、利益なんて求めていませんから。私が本来の貴方に興味がわいた。ただ、それだけのことです」
なんだそれは、とユレイズは軽く突っ込みながら、穏やかな笑みを浮かべる。
ミルフィユの望みはまるで、生前のフェリアザが自分を励ますために言ってくれた言葉によく似ていると、ユレイズはそう思った。




