17話 ユレイズ・ライヴィジルの無駄ごと
ユレイズの母・フィリアザは、体の弱い女性であった。
しかし、フィリアザは誰よりも息子のユレイズを愛し、また、ユレイズも国王陛下の息子という肩書ではなく、ただのユレイズとして愛してくれるフィリアザのことが、大好きであった。
周りからの過度な期待から押しつぶされそうになった時、フィリアザの「貴方は貴方でいいんだよ」という言葉に、ユレイズは何よりも救われた。
……フィリアザの愛の向ける先は、何もユレイズだけではなかった。
フェリアザは屋敷に仕えるただの使用人も労わり、優しさを向けた。
人間に生まれも育ちも関係ないという考えの持ち主で、通常の貴族であれば、普通の平民の使用人など信用できないと遠ざけようとするのだが、フェリアザは違った。
「――おはようございます、フェリアザ様」
「えぇ、おはよう、リーララ。いつもお疲れ様」
「いえ、これが私の仕事ですから」
その中でも、平民生まれの使用人・リーララなどは顕著であった。
リーララは五歳の頃、無慈悲にも親にとある地方貴族売られた。
彼女はそこで休む暇もなくこき使われていたが、ある日、熱湯を顔にかぶってしまい、右目に大きなやけどを負ってしまう。
女性の外見に目立った損傷があると、ライヴィジル王国周辺では、それだけで忌み嫌われ、生活が困難になる。
リーララが初めに売られた地方貴族も、彼女に生涯治らない傷跡がついたと分かると彼女を見捨て、別の貴族へと売り出した。
しかし、何処の貴族もやけどを負ったリーララなど必要とせず、彼女は買われては売られ、買われては売られを繰り返した。
貴族から平民へ、平民から闇市へ……。様々な場所を転々としながら、リーララが最後にたどり着いた場所が、なんと王妃であるフェリアザの元であった。
初め、リーララはもちろん警戒した。たらいまわしにされている間に、リーララの体には奴隷である証の奴隷紋が刻まれ、こんな自分に価値なんてないはずだと、フェリアザを訝しんだ。
しかし、フェリアザはリーララに慈愛の目を向け、自身の専属メイドとしてそばに置きながら、彼女をまるで、本当の娘のように愛した。
そして、いつしかリーララの警戒心はとけ、フェリアザに忠誠心を誓うようになった。
……表面上だけは。
フェリアザはその後、少しずつだが病から回復し始め、今まで以上にユレイズと共に過ごすようになった。
ユレイズと共にお茶をし、城下町へ出かけ、買い物を楽しんだ。
そんな日々を過ごす中、ユレイズがいつも通りフェリアザの部屋へ向かっていると、後ろから「少しいいでしょうか」と、リーララに呼び止められる。
「どうしましたか? リーララ。僕に何か用でしょうか」
「はい。実は、フェリアザ様にお茶を持ってきてほしいと頼まれたのですが、急ぎの用事が出来てしまい……。ユレイズ様さえよろしければ、このお茶を、フェリアザ様の元まで届けてほしいのです」
「そういうことなら、お安い御用ですよ。リーララの分まで、しっかりと届けてきますね!」
「……ありがとうございます、ユレイズ様」
リーララの頼みを快く引き受け、意気揚々とフェリアザの元へと向かうユレイズ。
そんな彼を、リーララはしばしの間、悠長に見守っていた。
「――お母様、ただいま参りました!!」
「あら、ユレイズ。よく来たわね。……って、その手に持っているのは……?」
元気よく自分の部屋に入ってきた息子に、フェリアザは微笑むが、すぐに彼がティーカップを持っているのを確認し、小首をかしげる。
「実は、先ほど、廊下でリーララと会い、こちらをお母様に届けてほしいと頼まれたのです!」
「ふふ、ありがとうユレイズ。リーララの代わりにお茶を届けに来てくれたのね」
「はい! ささ、熱いうちに早く召し上がってください!」
「えぇ、じゃあ、いただくとするわね」
上品にティーカップを持ち上げ、喉にお茶を流し込むフェリアザ。しかし、次の瞬間、彼女は激しくせき込み、ティーカップを床に落とす。
「お母様ッ!?」
突然息を荒くし始めるフェリアザに酷く動揺し、焦りだすユレイズの頬に、彼女はそっと手を伸ばす。
「大丈夫ですか、お母様!! ……そ、そうだ。誰か人を呼んでこなければ……」
「だい、じょうぶだから……ユレ、イズ……。こんな母親で、ごめんなさいね……」
「お母様……? 急に、何を……」
彼女はもう、自分が助からないと察したのだろう。
フェリアザは悔いが残らないようにと、部屋から出ていこうとするユレイズを引き留め、これまで胸の内に秘めていたことを彼にさらけ出す。
「……みんなに平等で優しい、そんな素敵な王子様になってね」
「はい……」
「……強くて頼りになって、大切な人を守れる、そんな強い男の子になってね」
「はい……!」
「……貴方は貴方らしく、自由に生きれるようになってね」
「はい……!! だから、そんな最後みたいなこと、言わないでください……!! いままでも、これからも、ずっと、僕のことを見守ってくださいよ……」
涙をボロボロと流すユレイズの言葉には頷かず、フェリアザはただ、黙って彼を見つめる。
そして、フェリアザの目からはだんだんと目の光が失われ……。
ユレイズを見つめる彼女の目は、ぞっとするほどに冷たい、死人の瞳になった。
その後、フェリアザの死因が毒殺だと分かり、彼女が死ぬ直前に飲んだお茶に、毒が盛られていたことと、彼女を殺害した犯人が判明した。
「……リーララ。君がフェリアザを殺したということは本当か?」
「はい。私がフェリアザ様の飲むお茶に毒を盛り、殺害しました」
フェリアザ殺害の犯人は、彼女の専属メイドであるリーララ。
しかし、王妃であるフェリアザを殺したのにもかかわらず、リーララは処刑されず、国外追放にとどまった。
「どうして……!? どうしてですか、お父様!! あいつはお母様を殺したんだ!! お母様と同じように、長い間苦しませて殺すべきだろ!!」
リーララの処罰に憤りを隠せないユレイズを、彼の父親である国王陛下は、失望した目で見つめる。
「ふぅ……落ち着け、ユレイズ。人の命をそう簡単に裁くことなどできない。それに、彼女の体には奴隷紋が刻まれておるのだ。他国に追放されれば、まともに生きていくことなんて不可能であろう」
妻を殺されたのにもかかわらず、怒りすら感じさせずに淡々と告げる国王陛下を、ユレイズはキッと睨みつける。
その日から、ユレイズは何もかもが信じられなくなった。
昨日まで頼りにしてきた従者たちも、実の父も、そして、フェリアザの殺害を、予期せぬ形で手助けしてしまった自分も、何もかも。
そして、今回の件からユレイズは平民に対し、強い不信感と嫌悪感を抱いた。
全ての平民がみんなリーララのような人間でないことは分かっている。
でも、人の善意を平気で踏みにじり、救ってもらった恩も忘れて殺害に手を染める。
そんな平民をまじかで見てしまえば、もう信じることなんてできるはずがないだろう。
フェリアザ殺害の件は、5歳のユレイズにはあまりにも衝撃的で、信じられなくて。ユレイズは10年経っても、一日だって忘れたことはなかった。
しかし、ユレイズは表向きには、フェリアザが最後に言ったお願い事を実現した。
平民への不信感と嫌悪感を胸の内にしまい、誰に対しても温厚で、優しい好青年を演じた。
魔法や剣術の腕も精一杯鍛え、同年代の貴族の中では負けなしの強さを誇るほどに成長した。
それでも、どうしても平民への不快感はぬぐい切れなかった。
魔法学園に入学する3か月ほど前に取り決められた、学園史上初の、平民の少女の入学。
ユレイズは信じられなかった。平民の少女――ミルフィユの入学を認めたのは、何を隠そう、国王陛下。
何より伝統を重んじる父親が、魔法学園の長い暗黙の了解に背くような行為をするだなんて、ユレイズには到底考えられなかったからだ。
――何か裏があるのではないか
ユレイズはミルフィユ入学の裏で、何か壮大なことが動いているのではないかと思い、彼女のことを徹底的に調べつくした。
ミルフィユは平民であるために、幼少の頃については調べてもなかなか出てこなかった。
彼女は自身の6歳の誕生日に両親と姉を失っており、孤児になった彼女は教会に引き取られることになる。それぐらいしか、ミルフィユの幼少の頃の記録はない。
しかし、ユレイズにとっては、この事実はかなりの衝撃であった。
なんでも、教会の神父がミルフィユは将来、この国の救世主になるだろうと言い、それがきっかけで、彼女が学園に入学することが決まったという。
なんともまぁ怪しい。きっと、彼女には何か、それこそ、リーララと並ぶくらいの
”裏”があるに違いない。
(……絶対に、正体を暴いてやる)
もう、これ以上自分の幸せな人生を、平民によって壊されたくない。
そうしてユレイズは、ミルフィユへの不信感を募らせながら、学園の入学式に向けて準備を進めるのであった。




