11話 脅威
魔王軍。それは、今から約2000年前、ライヴィジル王国で急激に増加した、人ならざる魔族たちで結成された集団の総称である。
しかし、魔王軍は1500年前に聖女アステナとの戦いに敗れ、魔王軍をまとめる魔王と呼ばれる存在もろとも、聖女アステナに封印されたと言われているが……。
(まさか、魔王軍の封印が解けた……!?)
自身の目の前で先ほどから癪に障る笑みを浮かべている緑髪の男――アルゼイラに、ミルフィユは密かに怒りを募らせる。
魔王軍四天王とかいう胡散臭い肩書は信じていないが、彼がまとう魔力は、明らかに人間のものではない。ミルフィユですら勝てないと思わせるほどに、アルゼイラの魔力は強すぎる。
「ふふふ、あなたの絶望した顔も、素晴らしいですねぇ。私に果敢に挑んだことは褒めてあげても良いですが……目覚めたばかりの私に怖気づくとは……所詮は人間の子供。やはり、この程度ですよね」
ミルフィユにはもう興味をなくしたかのように彼女に冷たい目線を向けながら、アルゼイラは唐突に、右手をパッと開く。
「!?」
「い、いやぁぁああああああああ!!!」
アルゼイラの右手がとらえていた女性は、驚くべき速さで地面へと向かっており、罠だと分かっていても、ミルフィユは全速力で女性の方へ走る。
「だ、誰か、助けて!!!!!」
「くッ――!!」
ミルフィユは痛いぐらいに女性に向かって腕を伸ばし、間一髪のところでを受け止めることができた。
「――アレスティファ君!!」
良いタイミングで現場に駆け付けたリシュラに、ミルフィユはアルゼイラの方から目を離さず、恐怖のあまり気を失った女性を押し付ける。
「ディスユイル様は、女性と一緒に安全な所へ逃げてください」
「でも……!!」
「いいから、早く!!!」
ミルフィユがそう叫んだ瞬間、彼女の腹部に鈍い痛みが走る。
「……え?」
小さく漏れ出た声と同時に、ミルフィユの口からつぅっと血が流れ出る。
ふらりと倒れそうになる瞬間、ミルフィユの目は、先ほど自分がアルゼイラに向けて投げた槍状の氷が、自身の腹部に刺さっているのを捉えた。
「アレスティファ君!!」
倒れ込んだミルフィユを受け止めながら、リシュラは上空で愉快そうな笑い声を上げるアルゼイラの方をキッと睨みつける。
「――何がそんなに面白い? 何も悪いことをしていない、ただ善良に生きてきた彼女らをいたずらに傷つけて、何が楽しいんだ!?」
アルゼイラは怒りをあらわにしたリシュラをあざ笑ったかと思うと、スッと顔から表情を消し、静かに口を開く。
「ふふふ、一つ、愚かなあなたに教えて差し上げましょう。……私が一番嫌いな人間はねぇ、人の娯楽に冷めるような発言をする、あなたみたいなやつなんですよ」
アルゼイラはそう言うや否や、瞳をカッと開く。
すると、リシュラたちの周りが突風でつつまれ、リシュラは目を開けられない中で、気を失っているミルフィユと女性を覆いかぶさるようにして、懸命に守ろうとする。
「ふふふ、なんともまぁ醜い姿なのでしょう。しかし、一方的な勝負もつまらないですねぇ。あなたの実力は、その程度なのですか?」
「――今、なんといった?」
アルゼイラがあおるような発言をすると、リシュラは先ほどとは明確に雰囲気が変わり、その口調は、静かなながらも威圧感がにじみ出ている。
突風の中にいるリシュラを目を凝らしてみてみると、いつもの蒼眼は鳴りを潜め、ぞっとするほどの紅色の瞳になっていた。
「俺とお前が同じ土俵に立てるなど、腑抜けたことを思っているわけではあるまいな?」
「――ッ!?」
一瞬だけ、アルゼイラはリシュラの威圧にもまれそうになるが、いまだこちらが優勢であることを思い出したのだろう。
ニヤリと笑みを浮かべながら、挑発的な口調でリシュラに話しかける。
「実際そうでしょう? あなたの方こそ、私と同じ土俵に立ててはいないではありませんか」
「……そうか、ならば」
リシュラはアルゼイラの言い分に納得したかのように首を縦に振りながら、腕を天高く掲げる。
何をするのだろうか、と、アルゼイラが疑問に思うのもつかの間、リシュラは手のひらを力強く握りしめたかと思うと、リシュラたちを包み込んでいた突風が、あっという間に消え失せる。
「!? な、何をした!!」
「言ったであろう? お前ごときが、俺と同じ土俵に立てるなど考えるなと」
口調が崩れているのにも気が付かないアルゼイラの問いに、リシュラは静かにそう答える。
「……失せろ、今すぐに」
今は分が悪いと考えたのであろう。
アルゼイラは悔しそうな表情を浮かべながら自身を突風で包んだかと思うと、次の瞬間には跡形もなくその場から姿を消す。
「……アレスティファ君、ごめんな……」
アルゼイラの姿が消えたことを確認すると、リシュラはミルフィユの方へ目を向け、まるで痛みに耐えるかのように彼女を見つめる。
その後、リシュラはいまだ気を失ったままのミルフィユの腹部に己の手をかざし、何かを小さくつぶやく。
すると、ミルフィユの腹部に刺さっていた槍状の氷は溶け消え、最初から怪我なんてしていなかったかのように、彼女の腹部は元通りになる。
「今度は必ず、守るから……」
リシュラはほとんど無意識にそうつぶやき、自身の腕の中にいる女性を地面によこたわせ、いまだ気を失っているミルフィユをギュッと抱きしめる。
ミルフィユのかすかに感じられる体温が、何よりも彼女が生きていることを示しており、リシュラはそれが泣きたくなるほど嬉しかった。




